第41話 彼女と葛藤

『 妹はもういない』


 私はその言葉の意味がわからなかった。結局祭りの後、彼がそれ以上話をする事は無く、2人とも自宅に帰った。


(両親がいないのはなんとなくわかっちゃいたが、妹まで……)


 だったら彼は1人でずっと暮らしていた事になる。 親も知らず、引き取ってくれた人も亡くし、それで最愛の妹まで……


(たとえ血が繋がってなくても、渚にとってはかけがえのない家族だったはずだ)


 私は自分に置き換えて考えてみた、両親と妹に囲まれて……それが当たり前だと思ってきた。


 朝起きて「おはよう」

 ご飯を食べる時は「いただきます」

 出かける時は「行ってきます」

 帰ってきたら「ただいま」


 何気ない家族の会話。時にはケンカをする事もあるけれど、私はそれでも家族が大好きだ。


(……渚は、その当たり前を知らない)


 厳密には違うだろうが、彼はもう、「おはよう」を言う相手も「ただいま」を言う相手もいないのだ。それを考えただけで胸が苦しくなる。


(祭り自体は楽しかった……だが、せっかくお互い名前で呼びあえるようになったのに、最後の衝撃で何も考えられない)


 今度彼と会う時は、どういう顔をして話せばいいかわからない。彼の秘密を知りたいと思っていた……彼を尾行してまで秘密を求めてしまった。2人で海に行こうと私から言った。祭りにも私から誘った。バイト先にも理由をつけて足を運んだ。家にも何度も……そして私の歌に対する思いも……


(あぁそうか……私はとっくに彼の……渚の事が)




 





 いつも一直線に思いを伝えてくれる彼。

 料理が上手く、外見だけじゃなく内面もしっかり見てくれる彼。

 嫉妬深い所はあるけれど、彼と話す何気ない会話は楽しかった。

 彼の秘密に少しだけ触れる事ができた。

 それを聞いて少し動揺はしたけれど、私は初めからわかってたじゃないか。


 だって私は……と思ってしまったのだから。


「はぁ……ったく、ウジウジ考えるのは私らしくねぇな!」


 今この瞬間、私は心を決めた。

 彼が今まで私に対してしてきた事を、今度は私から彼にしよう。きっとそうすれば、ほんの少しは……彼の悲しみや寂しさを埋める事ができるはず。



ぐぅぅぅぅ


「……」


 そう決意したからなのか、悩んでいた事が馬鹿らしくなってお腹が空いてきた。



「なぁ母さん、腹減ったんだけどー」



 私は彼の理想に近づく努力をしよう。明るく前を向き、どんな逆境をも跳ね除ける、そんな女に。



 そしていつか……今度は私から、渚に本気の告白をしよう。



 いよいよ明日から二学期が始まる。思えば夏休みの間はほとんど彼と一緒に居たな。その事実だけは私にとっての宝物になるだろう。そして、願わくば彼の宝物にもなって欲しい。


「そうだッ!」


 私はふと思いつき、机に向かう。ガサゴソと鞄を漁り取り出したのは1冊のノート。それは彼との交換日記だ。

 実はこの夏休みに入り1冊目のノートが終わってしまったので新しく買っておいた物。



 そして私はノートの初めのページ。まだ何も書かれていない純白のキャンパスに筆を走らせる。

 彼の思いに応えるための……最初の1ページ




 タイトルは……『 アゲイン』

この気持ちをいつかもう一度キミに伝えよう

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