第40話 彼女と祭り②

「おーい、クロエ戻ってこーい……」

「……」

「ちっ……渚」

「なんだい折羽」

「……はぁ」


 藤宮さんの……いや、折羽のキュン死必須の攻撃を食らった僕は意識を手放していた。時間にして1分もないだろう。そんな、僕を優しく(頬を叩きながら)起こしてくれた折羽。


「さぁ、行こうか折羽! 今日は僕の奢りだぜ」

「変なこと言うんじゃ無かった……」

「言質はとったよ折羽!」


 僕は嬉しくて、何度も折羽呼びをするけれど不快じゃないのかな? そう思って隣をみるとなんとも満更でも無さそうな顔の彼女。


「こっちみんなッ……」

「可愛くてつい」

「ッ〜〜! たこ焼きと焼きそば、カステラ、綿菓子、フランクフルトが食べたい」

「喜んでッ!」


 彼女とこうして祭りを楽しめるのはバイト先の人達のお陰だ。まだ花火まで時間があるので2人で出店を見て回る。


「わぁッ……すごいね折羽」

「お、おう……」


 彼女と一緒に見ているのはガラス細工の店。色とりどりのガラス細工は見ていても飽きない。

 そして、彼女の目を釘付にしているのが赤いリボンの女の子が描かれたコップと、それとは対象的な青いリボンの女の子のコップ。童話に出てくるような可愛らしい顔。そして、満面の笑み。


「……」

「……」


 僕も彼女も2人してじっと見ている。多分、心で思っている事はお互い違うかもしれない。だが、2人が口にした言葉はほぼ一緒だった。


「折羽……欲しいの?」

「うん……渚もか?」

「うん……」

「どっちが欲しい?」


 彼女の優しく蕩けそうになる声に、僕はゆっくりと答える。


「……

「じゃあ、私が買ってやるよ……」

「ちなみに折羽は?」

「私は

「じゃあ、そっちは僕が買うね」


 お互いに、お互いの方のコップを買う。それはプレゼントという意味。彼女とこうしているととても落ち着く。普段と違う印象の彼女を見ているからなのか、それともこれから僕が言おうとしている事が彼女を傷つけてしまうかもしれないからか……


 そして、店の人にお金を払って僕達はゆっくりと境内の方へ歩いていく。途中で、お好み焼きとたこ焼き、フランクフルトを買って。


「……妹さんにか」


 ポツリと呟く彼女……もしかしたら祭りの後に僕が言おうとしている事を察しているかのよう。


(折羽は……鋭いな……でも、その予想よりも……もっと……)


 僕は考えるのは止めて、なるべく明るく答える。


「うん、そう!さなへのお土産にしようと思ってね!」

「そっか……」


 無言で歩く僕と彼女、この時間も愛おしいと思ってしまうのは、やはり僕が彼女に惚れている証拠。

 暖かな風とそれに揺られる彼女、金の髪をかきあげる彼女は大人びていて、もう何度目かと思う程僕の心を刺激する。そして2人で境内にあるベンチに辿り着くと、隣同士で腰掛ける。


「ねぇ……藤、折羽」

「……なんだ、渚」

「聞いてもいい?」

「答えられる範囲でならな」


 僕はその言葉を信じて彼女に尋ねる。


「どうして、なの?」

「……」


 彼女は少し考え込むようにして、ゆっくりと手を後ろに持っていき自分のを解く。


「……むかし」


 そして、昔を思い出すように遠くを見つめて話し始めた。


「妹の彩羽は友達が少なくてな。それで私が彩羽の友達を探すような真似をしてたんだよ」

「……」

「アイツと歳が近い子に積極的に話しかけてた時期があってな……そんな時、1人の女の子に出会ったんだ……」


(そうか……やはりキミが……)


「その女の子と出会ったのは冬の寒い日だった……今にして思えば違和感はあったんだが……1人で公園にいたんだよ」

「……うん」

「その姿が、なんつうか……儚くてな、声をかけずにはいられなかった」

「……女の子の名前は?」

「いやぁ、恥ずかしい話……名前は聞いてない」

「……そっか」

「その子は結構痩せててよ、だから私が持ってたおにぎりを渡してやったんだ」


(うん……僕も見てたから)


「当時は今みたいに卵焼きを上手に作れなくてな……それでもその子があまりにも美味しそうに食べるから、私も嬉しくてな」


(その光景も見てたよ)


「ニット帽とマスク越しじゃ、わからなかったが、かわいい顔をしてたよ」


(その時は……もう)


「寒いだろうと思って、"店に入るか"って聞いたんだが、"人を待ってる"って言うからな」


(うん……)


「そんで別れ際に、私は当時身につけてた赤いリボンを渡したんだ」


(うん……)


「そして、その子はお礼にと青いリボンをくれた。それが……これだ」


(うん……)


「気まぐれで声をかけたのに、まさかお礼までされるとは思わなくてな、『今度妹を紹介するよ、また会おうなッ!』って言って別れたんだが……」


 …………


「あれ以来……会えないんだよなぁ」

「………………」


(ありがとう……藤宮折羽さん……)


「渚……? 大丈夫か?」

「……うん、大丈夫。素敵な話だね……きっとその子もありがとうって思ってるよ」

「……そうだといいなぁ」






 僕は涙を必死に堪えて彼女に向き直る。


「折羽……」

「なんだ……渚」

「花火が終わったら……話したい事がある」


 僕は真剣な顔で彼女と向き合う。彼女はじっと僕の顔を見ると覚悟したかのように頷く。


「……わかった」

 ………………

 …………

 ……


 午後8時になり、花火が打ち上げられる。

 僕と彼女は境内のベンチから黙ってただ空を見上げていた。花火の音だけが鳴り響く闇の世界。沈黙が2人を包むが、その沈黙は暖かく心地よい。


 いつしか彼女が僕の心隣に座り、ゆっくりと手を握ってくれる。


「ッ!!」

「……今日だけだぞ」


 囁く彼女の横顔は花火に照らされて輝いて見えた。とても鮮やかな……紅色


 花火が終わる。周りでは拍手の音と祭り終了のアナウンス……いよいよ彼女に伝える時が来た。

 暫くの間……僕達は人の波が去るのを待っている。流石に人の目がある時に言う内容ではないのでこの選択しかない。だが、その時間が永遠と思う程に長く……苦しい。


「折羽……あのね」

「うん」


 彼女は僕の正面に立つと、しゃがんで両手を握ってくれる。


(ダメだよ……そんな事しちゃ……)


 僕は泣きそうになるのを必死に我慢しながら、震える手に力を込めて彼女の目を見つめる。


「ぼ、僕は……」


(ダメだ、声が出ない……)


「……ゆっくりでいいよ」


 彼女は優しく、僕が落ち着くのを待ってくれている。その事に少し勇気を貰えた気がした。


「僕は……僕と妹は《孤児》なんだ」

「……うん」


 この事実を聞いても、まだ優しく手を握ってくれる。


「それで……その、実は妹の沙苗とは……んだ」

「……」


 流石にこの事実は、彼女も驚いている。でも僕はまだ言わなければいけない事がある。


「それで……その、引き取ってくれたのが今の黒江家のおばあちゃんだったんだ。でも、おばあちゃんも1人暮らしで……話を聞いたら家族がみんな居なくなったから寂しかったんだって言ってた」

「……うん」

「でも……僕達を引き取って半年もしない内に……亡くなったんだ」

「ッ!」


 今の発言は彼女を驚かせただろうか?僕は恐る恐る彼女の方を見ると……


「折羽……さん?」

「大丈夫だ……続けてくれ」


 彼女は少し目元が濡れていた。それでも必死になって僕の話を聞こうとしてくれている。でも……最後に言わなければいけない。最後にして、最も重要な事を……


「ふぅ……はぁ……」


 僕は何度も深呼吸をする。そして必死になって口を開こうとする。汗が出る、唇が乾く、頭が痛い……それでも手に伝わる温もりだけは優しく僕を包んでくれる。彼女の手の温もりが勇気をくれる。彼女の瞳が前に進めと言っている。彼女の心が……


 僕は意を決して彼女と向き合う。

 そして………………

 ………………

 …………

 ……






「妹の沙苗は……もう、んだ」









「……………………えっ」


 彼女の時が止まる音がした。

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