第31話 彼女の訪問

「お、お邪魔しま〜す」

「お邪魔します」


 藤宮さん達が僕の家に来ることになった。それは嬉しいのだが……いかんせん家の造りが古いため、あまり人を呼びたくなかったのだ。


「さぁ、あがって!ここが藤宮さんと僕の愛の巣だよ」


 僕の渾身のギャグに二人はというと……


「……」

「……」


 沈黙していた。


「アレ?おかしいな……ふじみ……ふごぉ」


 アレ?おかしいな……今日の藤宮さんのパンツは黒だったかな?いや、そうではなく……僕の瞼が落ちただけだった。


(最近の藤宮さんは技のキレが洗練されている)




 ◆

「……はっ!ここは?」


 僕は居間で仰向けに寝かされていた。そして、おでこにヒンヤリとした感触。もしかして……藤宮さんのお手て……


 ピトッ


「なんだ、こんにゃくか……」

 …………

 ……

「ん?こんにゃく?」


 なぜこんにゃくが僕のおでこに?


「お!起きたか」

「クロエ君大丈夫?」


 二人は心配そうにしている……のか?


「悪ぃな、いつものノリでサクっとヤッちまった……あはは」

「一瞬でクロエ君が倒れたからビックリしたよ〜折羽ちゃんが何をしたのかもわからなかったし」

「藤宮さんは将来アサシンにでもなるつもりなの?」

「いやぁ……どうかな?お前以外には使わないと思うぞ?」

「僕だけの為に、わざわざ技を磨いてたなんて!ザワザワする〜」

「相変わらずよくわからん性癖してんな……」


 ところで……


「なぜ僕のおでこにはこんにゃくがあるのでしょうか?」

「あっ!それは私の家のおまじないで!」

「なるほど黒魔術か!これで僕を亡きものにして藤宮さんとイチャイチャ生活を始めようと……やっぱりエネミーだね」


 なるほどと納得して姫乃さんを見つめる。


「ちッちがうよ!黒魔術じゃないよッ!」

「じゃあ悪魔への生贄の儀式とか?」

「なるほどな〜」

「もう!折羽ちゃんもなるほどな〜じゃない!おばあちゃんから教わったの!」

「魔女の方だったか……」

「西洋の神秘だな」

「…………」


(この二人の会話についていけない……)


「まぁ、冗談はこのくらいにして勉強しようぜ!」

「そうだね

「……藤宮な!今度意識無くしたら、姫乃がアイアン・メイデンに入れるってよ」

「アーメン……」


 僕は台所からお茶菓子を持ってきて(大量に、それはもう大量に)三人で畳に座る。


「そういえば家の人は?」

「妹さんもいないようだけど……」

「うん、みんなで出かけてるよ!今日は遅いんじゃないかな……」

「……ふーん」

「……」


 僕はなるべく冷静に自然に迅速に返事をした。


「そういえば、僕が寝ている時にどこかの部屋にはいった?」

 ………………

 …………

 ……

「……いや、トイレ借りたくらいだ。な姫乃」

「……うん。トイレと台所からこんにゃくを」

「……そっか、信じるよ」


 それからは藤宮さんがお菓子を食べ、僕は勉強、お菓子を食べ、勉強、お菓子、勉強、お菓子、お菓子、お菓子……いつのまにか僕は台所に立ち藤宮さん達に料理を振る舞う事になった。


 アレ?おかしいな……僕は今日何をやっているのだろう?


「なぁクロエ〜」

「何、藤宮さん?婚姻届なら役所はもう閉まってるよ」

「婚姻届じゃないんだが……アレだよアレ!」


(……この二人はいっつもこんな会話してたの?)


 藤宮さんはリビングに置かれたものを指さしている。そこには……


「ピアノだね」

「ピアノだな」

「ピアノ……」


「お前ピアノ弾けるのか?」


 藤宮さんの声が少し嬉しそうに感じたのは気のせいじゃないだろう……


「僕の唯一の特技だね!というか、さなが好きだからね」

「クロエ君……さなって?」

「ん?あぁ……さなってのはコイツの妹だよ」

「そうなんだぁ」


 僕は藤宮さんの好物、リブロースステーキを藤宮さん好みのウェルダンに焼きつつ、どんな質問もウェルカム状態で語る。


「藤宮さんはピアノに興味あるの?」

「いや……その……なんつーか……」

「なになに折羽ちゃん!聞きたいッ聞きたいッ!」


(にっくきあんちきしょーめ!藤宮さんに近づき過ぎだ!こうなったら、あんちきしょーの分はちょっとレアに焼いてお腹をデストロイにしてやろうかッ)


「その……ピアノっつーか……歌がな」

「うんうん!」

「……好きなんだよ」


 藤宮さんは顔を赤くしてモジモジしている。こうして自分の事を少しづつ話してくれるようになってからは、表情も豊かになり可愛さの限界突破を常に更新している。

 そんな藤宮さんを見ていると僕の感情も限界突破した。


「藤宮さん歌好きなの?よし結婚しよう」

「するか馬鹿ッ……ってか、笑わないのか……」

「「へっ?」」


 藤宮さんの質問に不覚にもあんちきしょーと声が被ってしまった。


「なんで笑うの?藤宮さんの好きな事だよね?だったら僕の好きな事じゃん!」

「なんだよその謎理論……」

「ジャイ〇ニズム」

「そうだよ、折羽ちゃん!笑わないよ」

「……そうなのか?」


 藤宮さんは僕とあんち……ゴホンッ!姫乃さんを上目遣いで見つめてくる。


「んもぅ!藤宮さんてばマジ天使ッ!」

「沈むか?」

「……陸が好きです」

「でも……」

「……藤宮さんのほうがもっと好きです」

「はぁ……話が進まないから今度にしてやる」

「折羽ちゃん、今度……沈めるんだ」


 話を戻そう。


「私は演劇やってるけど、歌って何か通じるものがあるよねー」

「へぇ……」

「クロエ君全く興味なさそうだね」

「いやいや、演劇に興味がないんじゃなくて、星宮さんに興味がないだけで……」

「私もだんだんクロエ君がわかってきたよ。もう何を言われても動じなくなってきた……」

「強くなったな姫乃!」

「折羽ちゃん……」


 二人は無言で見つめ合う。これは百合展開か……


 ゴトッ


「はいストップ!二人共ご飯できたよ!」

「あ、あぁ……サンキュ」

「ありがとうクロエ君」

「ちなみに星宮さんのには激辛ソース入ってるから!」

「えっそうなの!やったぁ!私激辛大好きなんだよね!」

「……ちっ」


 作戦失敗か……まぁ冗談だけどね。


「美味し〜クロエ君って料理上手だね」

「私の好物をわざわざ買ってたのか?」

「うん!いつ藤宮さんが結婚の挨拶に来てもいいように用意してたんだ〜」

「結婚の挨拶に来るのは、まずお前の方じゃないのか?」


(アレ?おかしいな……折羽ちゃん、結婚する事自体否定しなくなってない?)


 それからは学校での出来事や姫乃さんの部活の事、藤宮さんがなぜ歌に興味を持ったかなどを話しながら夕食を食べ進めた。

 ………………

 …………

 ……


「じゃあまた学校でな!美味かったぞクロエ!」

「ご馳走様クロエ君!来週の週末も空けておいてね」

「またね藤宮さん!それと……星宮さん。できれば今度は藤宮さんと二人がいいな!」

「それじゃあ、教えるヤツがいない」

「ガッデムッ!!」


 二人は僕に手を振りながら帰っていった。そして、僕は自宅に入り妹の部屋の襖を開ける。


「…………さな」

 …………

 ………

 ……

「……お兄ちゃん?」

「ごめんな……さな」

「いえいえ!大丈夫です!それよりお兄ちゃんこそ大丈夫?」

「うん……いつか二人には話すよ」

「はい」

「……もう少し、落ち着いたらね」

「はい!」


 それから僕は日課を繰返す。




 ◆

 一方、女子二人は街灯で照らし出された住宅街を歩いていた。


「美味しかったね〜折羽ちゃん!」

「……あ、あぁ」

「……?折羽ちゃん」

「なぁ……姫乃」

「うん?」

「……気づいたか?」

「……うん」

「……


 二人が言う無かったとは……


「全部……」

「あぁ……


 ……なかった


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