第30話 彼女の心配

「おいクロエ、お前大丈夫か?」

「……んにゃ……えっ?藤宮さん?」

「お前、今寝てたぞ?ちゃんと夜寝てるのか?」


 藤宮さんはわざわざ僕の席まで来て心配をしてくれている。なぜ僕が寝不足かというと、バイトはいつも通りなのはいいけど、普段やらない勉強を夜にしているからである。


「藤宮さんとの夏のアバンチュールの為に、勉強を〜」

「お前どうやって高校はいったんだよ……」

「コネで……」

「コネかよッ!ショックだわ」


 藤宮さんとの会話が、日に日に増えて嬉しいけど、心配させるのは申し訳ないなぁ。

 その会話に、にっくきあんちきしょーが入ってくるのが最近の定番。


「クロエ君コネで入ったの?」

「……」

「地味にショックなんだが……」

「でもでも、私の友達が言ってたけど、入学テストトップの人の名前……って聞いたけど……」

「はっ?姫乃……なんの冗談だ?」

「本当の事だよ?だってその人が入学の挨拶断ったから友達におハチが回ってきたって」


 藤宮さんと姫乃さんが僕を見つめる。


「藤宮さん、そんなに見つめられたら妊娠しちゃう」

「男は妊娠しない。じゃなくて……今の話しマジか?」

「違うくろえ君だと思うよ」

「この学年に黒江君は一人しかいないよ」

 ………………

 …………

 ……


 三人は睨めっこを始めたかの様にだんまりしている。そして観念したのか女性二人が先に折れた。


「まぁ、言いたく無ければ聞かないがな」

「確かに、この前のテストの結果を見ると信じられないよね」


 今の話は冗談だったということにしてもらって、話の続きを始める二人。


「なぁ、もうそろそろお前の家で勉強始めないか?」

「だよねぇ……あと一ヶ月もないもんね」


 その提案に、僕は暫く考えたが、このまま赤点をとって藤宮さんと夏休みに遊べないのは嫌だ。


「うん……わかった、来週からでいい?」

「おう!」

「私もいいんだよね?」

「本当は藤宮さんと二人きりがいいんだけど、仕方ないよ」


 僕の返事に顔を見合わせる二人。そして互いに何か通じ合って視線を交わらせている。


(なんだかなぁ……)


 きっと僕のこの感情は嫉妬なのだろう。いつも一人でいた藤宮さんに友達ができるのは喜ばしい事だが、何か胸の奥がモヤモヤする。


(ダメだダメだ!こんな小さな器じゃ彼女の理想に届かない)


 僕は心の中の黒い渦を振り払い藤宮さん達に話しかける。


「言っとくけど、僕の家ボロいよ?」

「ん?あぁ……私は気にしないぞ?」

「私も問題ないよ」


 二人の返事を聞いて僕は少し安心するのだった。そしてお昼休みに藤宮さん達と食堂に行く。


「そう言えば藤宮さん」

「なんだ?」

「この前、藤宮さん家に行った時、卵焼きはデザートだって言ってたよね?」

「あー……うん」

「なのになんで、僕の卵焼きは食べてくれないのに、学食の卵焼きは食べるのさ!」


 僕は憤慨しながら藤宮さんに問い詰める。

 ちなみに彼女の今日のメニューは……


『とり天定食(うどん付き)、卵焼き、鯖の塩焼き、めかぶ、プリンとあんみつ』


「……この前も思ったけど、折羽ちゃんってよく食べるよね」

「美味いからな!」


 ニコッと笑う彼女。最近は藤宮さんの笑顔が増えた気がする。


「私、折羽ちゃんのそういう所、尊敬するよ」


 藤宮さんの飾らない姿、その精神、雰囲気、そして長い金髪、そして鋭い言葉の刃。その、どれをとっても同性異性問わず憧れの対象なのだろう。


「もう藤宮さん!僕の質問に答えてよ!」

「いやぁ……なんかお前の飯を見てると、何かをあげなくちゃと良心が……」

「愛を込めて作ったのに〜」

「まぁ、学食の卵焼きが美味いってのもあるんだがな……機嫌直せよクロエ?」

「折羽って呼んでいい?」

「百年早いッ」

「やったー!差が縮んだね!」

「これで手打ちだ!とり天やるよ」

「わーい!ありがとう」


 楽しげな二人を他所に、いつもの空とかした人物が一人……


「私って一体……」


 姫乃さんの苦労はまだまだ続く。

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