第28話 彼女と名前

「……藤宮さん、付き合って下さい」

「お?今日は元気ねぇじゃん。どした?諦めたか」

「あきらめてないよ?ただ……」

「ただ?」

「……勉強したくない」

「私と海には?」

「超行きたいッ!勉強する!」

「ハハッ!」


「……」


 僕は藤宮さんと一緒に学食でお昼ご飯を食べている。そしてその中にはもう一人……


「あの……私もいるんだけど……」

「うぅぅ……本当は藤宮さんと二人きりだったのに」

「なんか……ごめん」

「気にすんな星宮、私から頼んだんだし」


 すると星宮さんは驚きの提案をしてきた。


「ねぇ、藤宮さん?」

「なんだ?」

「名前で……呼んでくれないかな?」

「「はっ?」」


 星宮さんからの提案に僕も藤宮さんも息を合わせたように言葉が重なる。


「だって、星宮と藤宮って似てるしややこしいし……」

(読者も見ずらいし……作者も間違うし……)


「何だって?」

「いや……藤宮さんには、姫乃ひめのって呼んでほしい」

「……お前」

「藤宮さん……呼んでくれ……」

「姫乃って名前だったのか!」

「ひどいよ〜うわ〜ん」


 星宮さん改め、姫乃さんはそんな藤宮さんの冗談?に本気で泣きそうにしている。


「だははッ!冗談だよ ……冗談」


 チラリ……

 僕のジト目に藤宮さんは冷や汗をかいている、冗談ではなかったみたいだ。


「わかったわかった……姫乃って呼ぶよ!私も折羽おりはでいいよ」


 その言葉に姫乃さんは、ぱあっと明るい笑顔になった。そこですかさず僕の突撃が始まる。


「藤宮さん、じゃあ、僕も折羽って呼んでいい?僕のことはもちろん、渚でいいよ」


 僕のこの絶妙なタイミング、今までずっと言えなかったことをここぞとばかりに、藤宮さんに押し通す、この時ばかりは姫乃さんに感謝だ!


 藤宮さんの方を見ると、とてもいい笑顔をしている。僕は今日この時のために今まで頑張ってきたんだ、それがやっと報われる!


「寝言は寝て言えブタ野郎!」


「んもぅ!藤宮さんってば辛辣ッ!」


 僕は自分の体が震えるのを感じた。きっと藤宮さんの言葉ならどんなことでも受け入れる事ができそうだ。


「お前が私の名前を呼ぶなんざ千年早えんだよ!理解したか?」

「だったら千年後に逢いに行くよ、藤宮さん」

「ッ!!」


 僕のこの何でもない返しに、藤宮さんの顔がみるみる赤くなる。最近分かってきたことだが、藤宮さんはストレートよりも変化球に弱い所がある!


(んもぅ!藤宮さんてばアウトロー)


 ブオンッ

 僕の右頬にインコースいっぱいの右ストレートが通り過ぎだ。


「デ、デッドボール……バッターは一塁に進塁デース……」


 僕は勉強から逃れる口実を得たと確信し、食べ終わったお弁当を持って、その場を後にしようと席を立ち上がる。


 ガシッ


「……藤宮さん」

「まだ勉強終わってないよな!な・ぎ・さくん?」

「ハ、ハイ……お母さん」


 その言葉を最後に僕の意識は無くなった。結局初日は勉強出来ずじまい。


「私……ほんとにいる意味あるのかなぁ」


 姫乃さんの苦悩は続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る