戦争前夜

「先人達は星となり

何時までもこの地上を見下ろしているのだ」


私は引き出しから思い出せない記憶を頼り

あれ程好きだ筈の童話を見付けた

私はこれから高い所へ目指す事だろう

億万の星の中で眼に付いた星は私であると

あなたに伝えなければならない

隣りに居てくれるあの娘は

既に光年の距離がある様な気がした


「雨は土も血も汗も涙も曖昧にさせて

晴れた空に雲として帰すのです」


私が出掛ける明日は汚れなくてはならない

機関銃で瓦礫の町を駆け回り

茂みを這う様進む

倒れてる外人に手を差し延べず

ナイフで喉元を切り付け

負傷した仲間を抱き抱え基地へ急ぐ

血も汗も流して来る事だろう

私はそれを全てためらって涙するのだ

色褪せる事は悲しい事だが

それで流されるならば構わない

戦場には瓦礫の隙間から花が咲いて欲しい

そしてあなたに私の事を忘れて欲しい


「風に葬られ

砂と酷似して混じる」


私は多分そう

亡き後に風は吹き

町は街へと高く積み上がるだろ

そうしているうちにあなたは

名前を聞かない時しか私を想わなくなり

その流れに溶け込んで行くのだろう

私には白い布が顔に伏せられて

線香を炊かれて異境の地で葬られ

崩れる身体から

骨は風化を辿り

そこの土と変わらない様に混じるだろう


「背を見ても追わないで

あなたの道には止まる人しか居ない」


私の背は深く残るだろう

私が死んだばかりに

あなたがその背中を追って死なれては

なんの希望も持てないのです

あなたの道では私は立ち止まる人

何処へ行こうとその背中を追わないで下さい


戦争前夜

私は大好きだった筈の童話を見付けた

明日の出来事は無いかの様な

静かな夜だった

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