第9話 龍の一族


「ソウ!?―ソウ!しっかりして!?どうしよ。・・・・・ちゆまほうかけてるのにぜんぜん血がとまらない!?」

かすむ意識の中にセツナの声が響く。

いい、・・・から。・・・・・・ぼくの、・・・ことは、放っておいて、逃げ、・・・ろ。


「ダメだよ。しんじゃやだよ。ウチが、・・・ウチが、もっとちゃんとれんしゅうしていれば。」

泣き声交じりの嘆願で、あきらめかけた心に小さな灯がともる。

ぼくは、・・・・・まだ、・・・だれもまもれて、いない。

闇に閉ざされかけている視界の中で、力を求めて手を伸ばす。―――






「貴様らァ、こんなザコ相手になに手こずっていたァ!」

そのダミ声に、必死に覚えたての治癒魔法を使っていたあたしーセツナはまだ戦闘が終わっていなかったことを思い出した。


右手では治癒を継続させ、半身だけ振り返り、涙をこらえておじさんたちを睨みつける。

ソウを、ウチの大事な友達をなんとしても守らないと。


チラっとネネちゃんの方を見て心の中で謝る。

ごめん、ネネちゃん。今のウチはソウのことでせいいっぱい。


「さっさと残りも始末しろォー。」

その偉そうなおじさんの怒声を合図に四方八方から光弾が襲い掛かってくる。

歯を食いしばり、なけなしの力で障壁を貼る。


ゼッタイ、防ぎきってやるんだから!!

障壁に光弾が当たる直前、突然ソレは起こった。


「な、なんだ!?―魔法が消えた??」

治癒魔法を含めたすべての魔法が霧散し、空間の魔素がある一点に収束する。





「ね、――ネネ・・・・・ちゃん?」

そこには、いつのまにか拘束から抜け出していたネネの姿があった。

目から精気が失われ、地面から少し浮いた彼女は、周囲から集まる魔素より成る、漆黒のドレスを身に纏う。

その姿は禍々しくも、神々しい。



その場の誰もが、呆然とその神秘的な姿を見つめていた。

空間がしばし彼女に支配される。


スっと彼女が右手を上げ、そこに闇が纏わりつく。

その右手が指さす先に向かって、集まった魔素がずわっと放出された。


その段に至って、思い出したかのように全員回避行動を取り始める。

そしてその闇は挙げられた蒼夜ソウヤの手に吸い込まれ、その全身に纏われた。


「ソウ!?ソウ、だいじょうぶ??」

あたしは慌てて蒼夜に近づこうとするが、濃厚な闇に阻まれる。

気が付けば蒼夜の出血が止まり、周囲の魔素が明確な形を持ち始めた。


「な、なにこれ?ドラゴン??」

光すら飲み込む漆黒の鱗と爪を持つ龍が、そこに顕現した。

仰向けだった体をゆっくりと起こし、頭を振ると青黒い炎が口から漏れる。



「グギャァァァァァァァァアーーーーーー」

その咆哮の恐ろしさにあたしは腰が抜け、おしりで後ずさる。


「ヒッ!?ヤメて。ウチはおいしくない、よ。」

怯えるあたしに目もくれず、ソレはいつの間にか力を失って倒れ伏していたネネの方に一直線に向かう。

妨害しようと騎士たちが出てきた。


「そのような姿になったところで!」

下っ端の騎士をゴミのようにあっさりと薙ぎ払う。

すごい音を立てて壁にめり込み、彼は見えなくなった。


「グルァァァァァァァーーーー」


「だ、ダメ・・・・・だよ。ソウ、それ以上は。」

あたしはようやくいうことを聞いてくれるようになった足を引きづって暴れる龍に近づく。

4人いた騎士ももう残っているのは偉そうなおじさんだけだった。

さっきまで手も足も出なかったその人と、互角、むしろやや優勢に打ち合っている。


「こ、こんなことがァ、ありえてたまるかァ~。」

尻尾でおじさんを強く打ち据え、しりもちをついたその人に闇を纏う黒爪がせまる。


あたしは慌ててその腕に飛びつき、なんとか止める。


「ソ、ソウ。もう、やめよ?もうだいじょーぶ。ウチたちはだいじょーぶだから。」

グルル、っとのどを鳴らす獣を、震えを堪えて必死に抑える。


抑えていた腕から力が抜け、伝わった!と安堵感にあたしの力も抜けそうになる。

安心したところでゴフっと獣が血を吐き出した。


「ソウ!!」

力が抜け、魔素で構成された肉体が解ける。

まだ動ける状態じゃないのにこんな無理してたなんて!ソウのバカ!?


じわ、っと治りきっていない傷口から血が滲むのを見て、あわてて治療を再開する。

このくらいならいまのウチでも!



目の前の友達の危機に注意が向きすぎて、後ろでゆらっと敵が立ち上がったことに気づくのが数秒遅れた。

気づいたのはその叫びが耳に届いた時だった。



「俺様をォ、バカにするなァァァァァー」

振り下ろされる剣に思考が停止する。

迫る死へのカウントダウンを頭の片隅で意識しながら今までで一番強く祈る。


神様!!



目の前に現れたのは、美しく命を輝かせる、赤い閃光だった。


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