第6話 龍人族の教え
数日が過ぎ、ある程度
「
僕はめずらしく褒められたことがうれしくて、満面の笑みを浮かべた。
「はい、父上。今は複数展開と操作の練習をしているところです!」
父が満足そうにうなずいたことでさらにうれしさが増した。
短剣を2本浮かべ、ぐるぐる回して見せる。今のところ精密操作可能なのは2本だけだ。
「こんな短期間でそこまでできるようになるとは。蒼夜はすごいな。えらいぞ。」
頭を撫でられて一瞬、思考が停止する。こんなに手放しに褒められるのはいつ以来だろうか。
あわあわしていると、すっと離れた父が優しかった表情を真剣なものに直した。
「属性複合を習得したのならば、種族魔法の修練をせねばならん。龍人族は力を持つ種族。己の力を制御する術を学ぶのは力持つ者の義務だ。」
スっとそれまで浮かんでいた笑みが消える。
かつて見た父の使う種族魔法、大きな岩を一撃で消し去ったその威力を思い出して足がすくむ。
「魔人族はその身体的性質から固有の魔法をそれぞれ有している。我が龍人族は
始祖の教えは覚えているな?」
ゴクリと唾を飲み込み、唇を舌でなぞる。父の発する圧に呑まれそうだ。
カラカラに乾いた喉から絞り出すようにその言葉を吐き出す。
「我らの、・・・・・力は守るためにある。家族を、友を、その背にかばうために鱗がある。私欲を満たすために振るわれる爪は、理性の龍息吹で焼き尽くさなくてはならない。」
父の頬が上がり、空気がフッと緩んだ。治まったプレッシャーに気づかれないよう息を吐く。
「そうだ。ちゃんと覚えていたな。今から教えるのは龍息吹だが、街中での使用は厳禁だ。模擬戦でもしばらくは使用しないほうがいい。今の紅夜でも対処は難しいだろうからな。実戦でもどうしようもなくなった時の奥の手にしなさい。」
真剣に言われたことに1も2もなくうなずく。
先ほど思い出した光景がなんども頭にチラついた。僕にアレが打てるのか?
「よし。では訓練に移ろう。今日は少し広い場所を確保してある。」
そう言って移動し始めた父の背中を黙って追いかける。そこで初めて背中に服が張り付いていることに気づいた。
「さて、龍息吹は体内にある魔素袋内の魔素と大気中の魔素を融合、反応させ莫大な力を生み出す魔法だ。」
直線に水が引かれた川のような地形に着くと、続きの説明が始まった。
魔素袋は龍人族以外にもみられる器官だが、龍人族の物が最も大きいみたいだ。
僕に、扱いきれるのだろうか。
「そう不安そうな顔をするな。最初は引き出せる魔素が少なくて発動すらしないだろうからな。それに魔素袋に蓄えられているのは蒼夜に最も馴染む属性の魔素だ。使いこなせれば心強い味方になろう。」
ポンポンっと背中を叩かれたことに少し安心する。魔法の練習は新しい発見の連続で楽しいけれど、最近どんどん覚える魔法の威力が上がっていることに恐怖を抱いてもいた。
今の僕の実力でもやろうと思えば人は殺せるのだ。
その事実を今更ながら自覚する。
この世界では自衛のためにもある程度の戦力は必要だ。それは事実だ。
でも、その力をだれかに振るうことを考えた時、どうしても英梨の最後の叫びを思い出してしまう。
その人の大事な人にあんな思いをさせてしまうかもしれない。
そう思うと力を手に入れることを躊躇ってしまう自分がいた。
僕の迷いを感じ取ったのか父の声が少し優しくなった。
「蒼夜は、・・・・・優しい子だな。だが、魔素を体外に放出する術は必ず学ばねばならない。放っておけば暴走の引き金になりかねないからな。龍息吹はその取っ掛かりであってなにも敵を滅ぼすための魔法ではない。」
父がしゃがんだことで僕との目線が合う。真剣な眼差しに怯んでいても視線を逸らすことができない。目から勇気を注がれているようだった。
「蒼夜にもいつか守りたい人ができて、自分の大切なもののために力を求めるときがくるだろう。
その時に力不足を嘆かないために、せめて自分の力くらいは扱えるようにしておきなさい。」
いつのまにかぽろぽろ流れていた涙を振り払い、しゃがれた声で問いかける。
「ち、父上はなんのために力を求めたのですか?」
ニッと力強く笑った父は僕の肩を叩き、抱きしめる。
その力強い腕と鍛えられた体に包まれる安心感に身をゆだねる。
「それはもちろん蒼夜たちと我が妻のためだ。この身に変えてもお前たちを守ると神と先祖に誓ったからな。」
そう言って身を離した父は愛おしそうに目を細める。
「蒼夜には後悔をして欲しくない。岐路に立った時に選べるのは実力のある者だけだ。大多数の者には選択肢が存在しない。選べる実力をつけて欲しいと願うのは親のエゴだが、必要だと信じて欲しい。」
その想いを受け取りきれずに今の僕はうつむくしかなかった。
「・・・・・今はそれでもいい。落ち着いたら始めるぞ。」
そのため息に僕は己の不甲斐なさを呪った。
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