第2部 黒キ神と白キ神

第1話 出発


「いかないで!きょうや、きょうやーーーー。」


泣かないで、英梨えり。僕はここにいる。

そう言って彼女を抱きしめようとしたときに目が覚め、今まで見ていたのが夢だったと知った。


この夢を見るのは今回で何回目だろう。

この記憶だけは、前世の最後の記憶だけは、何度見ても郷愁よりも後悔をかき立てられる。


この世界に生まれ直して、転生してからもう8年ほどたっただろうか?

僕は龍人族の赤鱗アカビ 蒼夜ソウヤとして再び生をうけ、最初のころは魔王国の普通の子供として生きてきた。

5歳のころから夢やデジャヴといった形で徐々に前世の鏡也きょうやだったころの記憶がよみがえり始めた。

最近では度々夢に最後の光景が出てきて、見るたびにかつての世界を思い返さずにはいられなかった。


僕は死んでしまったが、英梨は無事だったのだろうか。

結局、最後まで大地には負けっぱなしだった。任せるのは業腹だが、僕がいなくなった後、英梨を慰めてくれたのだろうか。

大地は情にあついやつだからきっと一緒に悲しんでいるんだろうな。

遠い世界に思いをはせ、流れる涙をそのままにしていると、コンコンっとノックの音がした。


「ソウヤ、起きているか?今日は出発の日だから早起きするように昨日母上に言われただろう。」

そう言って入ってきた5つ年上の兄、紅夜こうやだった。

赤黒い髪で釣り目の彼は普段は怖そうな見た目だが、笑うと一気に優しそうな顔になる好青年だ。

今は心配そうにしながらこちらへやってくる。


「どうした?怖い夢でも見たのか?」


僕は涙を拭うと笑顔を取り繕う。

「ううん。だいじょうぶだよ、コウ兄ぃ。すぐ行くって母上に伝えて?」


僕の頭を軽くなでるとまだ心配そうにしつつ、兄は部屋を去ろうとする。

なおもニコニコとしているとあきらめたように笑った。


「なにか心配事があるならすぐに言うんだぞ?ソウヤは俺の弟なんだから。」

「ありがとう。でもへいきだよ!」


最後に振られた手を見送ると扉が閉まる。

そっとため息を吐き出す。


「さすがに、前世の友人が心配だなんて相談できないよ。」

そうこぼして、兄のぬくもりに残してきた妹や両親のことも思い出してしばらくしんみりとする。


「なにも、・・・できないもんな。」

切り替えようと頬を強めに叩き、出立の支度を始めた。


玄関に荷物を持って出ると、すでにみんな揃っていた。


「ソウヤおっそ~い。ウチをこんなに待たせるなんてゆるされないぞ~。」

「ゴメン、セツナ。ちょっとねぼうしちゃって。」

声をかけてきた幼馴染2人のほうへと駆け寄る。

声をかけて来たほう、セツナ・ハゼリアは近所に住んでいる神官の娘で、公園で家族で遊んでいるときに声をかけられ、そのあとからよく遊ぶようになった。


「ほ、ほら、まどうしゃの時間にはまだなってないし、きっとだいじょうぶだよ。」

このおどおどしてるのは闇月ヤヅキ 幽紀ユウキ。セツナのいとこで半吸血鬼ハーフヴァンパイアだ。

すみっこからじっとこちらを見つめる彼をセツナが引っ張り、僕が茶化してだいたい3人で過ごすことが多かった。


「みんな揃ったようだな?ではこれより定例夏季休暇旅行を始める。」

そう音頭をとった父にパラパラと拍手が送られ、5回目になる3家族合同旅行が始まった。



僕らの住むネーベルネスト魔王国は世界にある二大大陸の北半分を領地にする大国で住んでいるのは龍人をはじめとする多種多様な魔人族だ。

広い国土には多様な風土が広がり、それぞれの環境に適した種族が生活している。

例外はここ、王都カグツチをはじめとしたいくつかの都市部だけと学校で習った。



「ねー。2人は宿題どれくらいおわった~?ウチはぜんぜんやってない☆」

駅に向かう途中、セツナが歩くのに飽きたようでおしゃべりを始める。

6歳から成人になる15歳まで通うことになる王立学校では毎年夏季休暇に合わせて宿題が出される。2か月ある休みに合わせてそれなりの量が出ているのだ。


「ぼくはだいたい終わったかな~。ユウキは?」

「ボクも終わったよ。まさかまたまったくやってないなんてことないよね?セッちゃん!?」

後半、悲鳴のような声なった幽紀の言葉に過去の悪夢が思い出されて頭を落とす。


「エヘヘー。」

笑ってごまかそうとする彼女が無性に腹立たしくなり、頭を叩いた。

ポカン☆と実にからっぽな音がした。


「ちょっと、なにするの!」

「おまえが、わるぃー。」

そのまま小競り合いになる僕らを幽紀がオロオロと見守っている。

ちょっとするとよってきた僕の兄、紅夜と幽紀の姉、幽那ユウナによって慣れた手つきで引き離される。僕らの小競り合いは日常茶飯事だ。


「こらこら、まだ目的地にもついていないのに暴れるんじゃないよ。」

フーッ、フーッと威嚇している僕を兄が諭す傍らで


「セッちゃん、暴れちゃだめでしょー?」

ニッコリと幽那さんに怒られてセツナがしおれる。

一人っ子のセツナは幽那お姉ちゃんが大好きなのだ。


「ユウナ姉、ありがとう。」

幽紀が幽那さんに駆け寄っていくとニコッとほほ笑んだ幽那さんがやさしく幽紀の頭をなでる。


「ユウくんも2人のケンカをとめられるくらい、強くなろうね。」

「うん、ボク、がんばるよ!」


そのまま抱きしめられた幽紀がうらやましかったのか恐る恐る近づいたセツナもそのまま聖母のような微笑みで抱きしめられる。


その光景を見た僕は話に聞く白天教会に飾られた聖女画とはこういうものなのだろうと感動に浸った。


ポカリと兄に頭を叩かれる。

「こ~ら。お前はちょっと反省しなさい。」


僕は兄のほうを向いて殊勝な顔を作るとごめんなさいと誤った。

なぜかもう一回叩かれた。


解せない。

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