第5話 境界神社


「英梨・・・。えりぃ」

時折自分の口から声が漏れていることにさえ気づかず、俺はただ茫然としていた。


どれほど時間がたったのだろうか?ドタドタとこちらに向かう音に意識が浮上し、緩慢なしぐさで振り返る。


降りてきたのは英梨のお父さんを含めた数人だった。

「・・・大地君、だね?ここで何をしていた?さっきの光はいったい・・・。」


にじむ涙をこらえ、絞り出した声はしわがれていた。

「おじ、・・・さん。えりが・・・、ぎしきで、い、いなくなって・・・。」


それを聞いた彼はなにかを堪えるようにギュッと目をつぶり、ため息をついた。

「・・・そうか。みんな、後の処理は私が行う。撤収作業を頼む。

 大地君はついてきなさい。話しておかなければならないことがある。」


そういって踵を返したおじさんの背中をノロノロとついていく。

最後に一度、振り返って扉を眺める。

最初に見たとき心奪われたその扉は、今はとても得体の知れない不気味なものとして映った。



「さて、なにから話そうか。」

英梨のお父さんに案内されたのは神社の本殿だった。日頃解放されていない、ご神体の前に二人で腰掛けるとおじさんが語り始める。


「英梨は、娘は恐らく異界と私たちが呼ぶ別世界への門を開いたのだろう。鏡也君が重傷だと聞いた時から可能性は考えていた。・・・娘は好奇心が旺盛だったし、なにより彼のことをとても大切に思っていたようだったからね。」

悲しそうにおじさんが続ける。


「黄泉還りの術の記述を処分しなかったのは間違いだったのかもしれない。黄泉の国から魂を呼ぶ術だと記載されているが、あれは異世界から魂を呼ぶ術なのだ。」


「魂を、・・・呼ぶ?それじゃ、英梨はなんで、・・・消えて?それに異世界?」

疑問しかない俺におじさんが続ける。


「あの子は、おそらくどこかで術を間違えたのだろう。その結果本来呼び寄せる術で逆に自分を送り出してしまったのだと思う。」


おじさんはそこでなにか気になるように振り返り、一度立ち上がるとご神体の剣を携えて戻ってきた。

「私たち伊佐木の一族は初代が使用していた天沼矛(あめのむぼこ)の一部から作られた、世界の境界を司る剣とこの地にある異世界との境目を守護してきた。」


「いせ、・・・かい・・・。」

俺が呆然と呟くとおじさんはクスッと笑う。

その仕草に英梨のはにかんだような表情が重なり、血の繋がりを感じずにはいられない。

この人も大切な人が突然いなくなったんだ。

そう思うと自分の苦しみが少し和らぐ気がした。

それまで他人ごとに思えたこれまでの話が徐々に俺にも関わりのあることに感じられてくる。


「そうだ。黄泉の国との境がある黄泉平坂が有名だが、世界には空間が曖昧な場所、他の世界につながりやすい境界になる地がいくつもある。ここはその一つだ。」


「今は封印されているが、かつては交流があったこともある。英梨はおそらく知らなかったのだろうが本来世界を渡るためにはこの剣を使う。」

スラッと抜かれた剣に目がひきつけられる。思わずゴクリッとのどが鳴った。


呼ばれている。


ひきつけられるなにかを感じて伸びそうになる手を押さえつける。

これが使えれば、また英梨に会えるのか?


「それ、・・・は、俺でも、使えますか?俺でも、英梨を、助けに・・・。」

「・・・大地君、君は。」

迷いと苦悩をにじませながらおじさんが剣を差し出してきた。

藁にもすがる思いで一筋の光へと手を伸ばす。


渡された剣は普段部活で使っている竹刀よりよほど手になじんだ。

軽く構えると喜びを示すように剣が光を放つ。


「やはり、・・・任せるしかないのか。・・・本来なら私が。」

悔しそうにもらすおじさんの言葉が、俺の胸に突き刺さった。


不意におじさんが剣を床に置き、頭を下げた。

俺が突然のことに少し慌てていると、この上なく真剣な声が発せられた。

「こんなことを頼めた義理ではないが、君にしか頼めない。お願いだ、この剣を使って世界を渡り、英梨を助け、連れて帰ってほしい。娘を、この世界に返してくれ。」


「・・・どうして、俺なんですか?」

どうにか絞り出した声に、おじさんは無念そうに首を振る。


「先ほどの光、この剣は君に共鳴しているようだ。

私よりも君が使ったほうがチカラを発揮するだろう。

それに君も娘を助けたいと、もう一度会いたいと思ってくれているだろう?」


そう問いかけるおじさんの声は震えていて、隠しきれない親の愛が伝わってくる。


俺は・・・。俺も大切な友人を立て続けに2人も失うわけにはいかない!

覚悟を決め、おじさんを、・・・友達のお父さんをまっすぐ見つめる。


「顔、上げてください。どこまでできるかわかりませんが、俺行きます!

英梨を一人で放ってはおけない。」

「ありがとう。・・・ほんとうにありがとう。」


おじさんの目じりに光る涙を見て、俺は一層気を引き締めた。





剣を持って先ほどの扉まで戻ると手に持った剣が熱を帯び始めた。


「あちらの世界について詳しいことは伝わっていないが、英梨と合流できればここと同じような境界を見つけることができるはずだ。大地君には申し訳ないと思っている。」


頭を下げるおじさんに対し、精いっぱい見栄を張る。

「大丈夫ですよ。俺はなんでもできる完璧王子なんで。

すぐに英梨見つけて戻ってきます。」


近寄ると扉が歓迎するように光を放つ。共鳴して手に持つ剣も光り始める。


「任せたぞ。無事に帰ってきてほしい。」

微笑むおじさんに手を振り、走り出す。


「いってきまーす。」


そうして俺は光の中へ飛び込み、未知の世界へと旅立った。

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