第4話 黄泉還り
病院を出て、青白い満月が照らす中で英梨を乗せて自転車で走る。
彼女のうちの神社には何度か行ったことがあるので道には迷わない。
「事故があったのに、今日の祭りはやってるのか?」
「・・・祭りは、儀式の一環なのよ。本来私がやるはずだったけど代役でお母さんが行ってるはずよ。・・・まだ、だれも死んではいないのだから。」
そう言って俺の服を強く掴む彼女に胸が締めつけられる。
浮かんだ感傷を振り払うために俺は一層強くペダルを踏みこんだ。
病院から神社まではさほど時間はかからない。祭りの喧騒が近づくと八つ当たりめいた感情が浮かんでつい顔をゆがめてしまう。
英梨も同じなのか声に苛立ちが混ざっている。
「裏手に回って。こっちから入れるから。」
彼女の誘導に従って神社の裏側に回り込む。普段人の通らなそうな路地を進むと小さい門に着いた。
「ここから入るわ。ちょっと取ってくるものがあるから大地はここで待っていて。」
キッと前を睨んだ彼女はそう告げると走り出す。
自転車を止めて数分待つと巫女服に着替え、木箱を持った彼女が帰ってきた。
「お待たせ。時間がないわ。急ぎましょう。」
「お、おう。その装備はなんだ?この後何をするのか聞いていないんだが・・・。」
速足の彼女の後ろをおっかなびっくり着いていきながら尋ねる。
振り返る暇も惜しいといいたげな彼女の背中が答える。
「この先にうちの一族しか知らない封印された門があるのよ。言い伝えでは黄泉の国との境界を封じる扉だと。この神社は神事をもってその封印を維持し、境界を守るためにある・・・と教えられてきたわ。」
身近に常識ではありえないことに関わりのある人物がいたことに戸惑いを隠せない。
混乱しながらも聞かずにはいられない。
「だが・・・お前は、英梨は今回その門を開く・・・と?」
「ええ、禁忌とされて厳重に隠されてはいたけれど、門を開き死者を呼び戻す術を研究している人もいたのよ。・・・みんな、大切な人にもう一度会いたいと、願わずにはいられないのよ。」
涙のにじんだその声を聞き、横に並んで優しく背中をたたく。
「封印を破ると、何が起きるんだ?」
「わからない、・・・わからないけど、なにと引き換えにしても私は鏡也にもう一度会いたい。まだ、ちゃんと答えを聞いていないもの。」
涙を湛えたその瞳は、強い決意に満ちていた。
「ここよ。下におりるわ。」
「こんなところがあるとは・・・。」
神社の裏手には小高い丘があって地元では古墳だとか言われていた場所だった。
そこに隠されるように地下への道があった。
真っ暗な道を英梨の懐中電灯の明かりを頼りに下る。
それほど深くなく、すぐに底にたどり着いた。彼女が備え付けられている電球のスイッチを入れる。
「これっ・・・は、すごいな。こんなものが、こんなところに・・・。」
目の前に、金属製だろうか。緑がかった複雑な文様が彫られた荘厳な扉が姿を現す。
様々な呪符や縄で厳重に封じられている様をみて、なにより扉から漂ってくる重厚な気配に身震いする。
俺が呆然と呑まれている間に英梨は準備を進めていたらしい。
気が付くと床に結界が書かれ、儀式の準備が終わったようだった。
彼女と目が合うとその瞳の強さにそのまま飲み込まれそうになった。
「準備ができたわ。これより黄泉還りの術を執り行います。」
一旦口を閉じると、英梨は躊躇うように目を伏せる。
「なにか起きたら、・・・お父さんとお母さんに伝えて?『ごめんなさい、これだけは譲れなかった』と。」
絶句して、口をパクパクさせていると英梨は陣の中に入り、扇を広げた。
地面に書かれた結界が光り始める!
「我、今再び二つの世界の交流を願う者なり!」
そこから始まった儀式のあまりの美しさに俺は心を奪われた。
英梨の透き通る歌声と鬼気迫る舞はこの世のものとは思えないものだった。
最初ゆったりと始まったその舞は徐々にテンポを増し、それに合わせて彼女の汗が飛ぶ。
その汗の1粒でさえ儀式の一部であると感じられるほど、洗練されたその動きは俺の心に強く刻み込まれた。
扇を閉じる、パチンッという音が儀式の終わりを告げ、最後に一節彼女が詠う。
「我が意志と力を以て、遠きものへと繋ぐ扉を今、開かん!」
結界が一際強く輝き、消える。
「…なにも、起きないな。」
先に我に返った俺は、世界で一番美しいと感じた彼女の残像を振り払おうと頭を振る。
英梨は最後の姿勢のまま固まっていたが、力が抜けたようにへたり込む。
そのまま発した声はしわがれていた。
「・・・どうして?・・・どうしてなにもおきないの?・・・・・・・・なんでよぉぉぉぉぉぉぉっ!」
慰めようと彼女に手を伸ばした時、彼女が扇を扉に向かって投げつけた。
ガンッと音がして中央に貼られた呪符が剥がれ落ちる。
その瞬間、扉が強い光を放った。
今の光はなんだ?混乱する中で霞む視界を凝らして彼女の姿を探す。
「・・・英梨、大丈夫か?・・・・・・・英梨??」
返事がないのを訝しんでいると視界が戻ってきた。
見回しても扉のほかには電球と書かれた陣しかない・・・。
その場には俺のほかには誰もいなかった。
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