第3話 残された2人

俺にその連絡が来たのは部活の終了間際のことだった。

「みんな、今日の練習はここまでだ。しっかり、ダウンしてからあがりなさい。

日向、お前はすぐに荷物を整理して職員室にきなさい。できるだけ急いで。」

慌てた様子の部活の顧問の様子を訝しみながらできるだけ急いで職員室へと向かう。


職員室では先生たちが忙しそうに動き回っており、普段とは違うその様子に無性に不安がかき立てられる。

「日向大地君。こっちだ。」

担任に呼ばれて担任と顧問や教頭が固まっている場所へと向かう。


担任の先生は何かを堪えるように重々しく口を開いた。

「水野が・・・、水野 鏡也が病院に搬送された。意識不明の重体だそうだ。お前たちは仲が良かっただろう?全校向けの発表は明日だが、お前のほうにはなにか連絡が来ていないか?」


・・・は???  なにを言われているのかまったく頭に入ってこない。

「・・・鏡也が重体??  意識不明ってそれってどういう??」


尋ねるとこちらを心配そうに見ていた教頭が答える。

「詳しい経緯は不明だがどうやら水野君は倒れてくる塀から伊佐木 英梨さんを庇ったらしい。その際に頭を強く打ち、今は集中治療室にいるそうだ。詳しいことは検査結果が出てからとのことで我々のほうにも情報は来ていない。入院しているのは君の自宅もある町のようだ。」


言葉はすべて右から左に抜け、全然意味をなさない。

のろのろと鞄からスマホを取り出し、画面を見ると何件もの着信とメッセージが。

だんだん、これは現実なのだと意識が追い付いてくる。


ようやく認識し始めると断片的な情報が脳裏をよぎる。

「英梨が・・・伊佐木さんも一緒だったんですよね?彼女は・・・無事なんですか?」


「幸いなことに彼女は軽傷で命の危険はないようだ。だが、念のため検査をするとのことでまだ病院にいるようだ。不安なら帰りにお見舞いに行くといい。」


「はい・・・、ありがとうございました。もう、行ってもいいですか?まだ、信じられなくて。」


「ああ、気をつけて帰るんだぞ。念のため我々がだれか送っていったほうがいいかな?」


心配そうにそう言った先生たちのほうを向き、力なく首を振る。

「大丈夫です。ちょっと、一人になりたいので・・・。失礼します。」


そう告げて俺は熱に浮かれたような足取りで職員室を後にする。

「なんだよ・・・なんなんだよ、これ。後でってさっき言っただろうが・・・。なにか、なにかの勘違いとか・・・。」

すがるような思いで鉛のような足を動かしながら、俺は未だかつてないほど真剣に夢であってくれと願った。




なんとか電車に乗り込み、揺れに身を任せていると脳裏にこれまでのことが浮かんでくる。

俺、日向 大地は昔から人より要領がよかった。

勉強も運動も少し努力すればたいていなんでも人より良くできた。

小学生なんてのは単純なもので自然とそんな俺の周りには人が集まり、いつもみんなの中心にいた。

中学にあがってもそれは変わらなかったが人よりできる奴は妬まれやすい。周りに人がいるのは変わらなかったが俺をチヤホヤ持ち上げるだけのやつが増え、上辺だけの付き合いが徐々に増えていた。

鏡也と出会ったのはそんな時だ。だれも本気で向き合おうとしない俺にあいつだけは本気で立ち向かってきた。

最初は変な奴だと思っていたが、関わる機会が増えるにつれてだんだん仲良くなり、英梨も含めて3人でいることが多くなった。

鏡也が純粋に友情だけで側にいないことは薄々わかっていて、それでも俺はあいつに救われていた。

今の俺がいるのは鏡也のおかげだ。そして、あいつの隣にいる英梨の優しいまなざしを思い出す。

今、鏡也がいなくなったら俺は・・・、そして英梨はどうすればいい・・・。


「・・・無事でいてくれ。」

つぶやくと同時に電車がホームに着き、俺は走り出した。




病院についた俺は息を整える余裕もなく看護師さんに病室の場所を聞き、音をたてないように走り出す。


真っ先に目に入ったのは血で汚れた制服を着てけがの手当てをされた様子の英梨の姿だった。


「…英梨。」

声をかけると集中治療室の前のベンチに腰掛ける彼女は緩慢な動作でこちらを向く。

その精気のない瞳に普段のよく感情を映す明るい目を思い出して胸が痛む。

自然とかける声は彼女をいたわるものになった。


「・・・鏡也はどうなんだ?・・・英梨は大丈夫なのか?・・・その恰好は・・・。」


ビクッ!?として自分の体を抱いて小さく英梨は震え始めた。

「きょうや・・・へんじをしないの・・・。わたしがなんどよんでも・・・なにもいわないの。

ちは、・・・どんどんでてるのに・・・。からだは・・・どんどんつめたくなって・・・。

きょうやが・・・、きょうやがいなくなっちゃうッ!?」


「英梨!もういいから、もういいから・・・。」

震える彼女を壊れ物を扱うように抱きしめる。すっかり冷えてしまったその体を少しでも温めようと。その心をちょっとでも癒そうと。


泣きやんだ彼女は少し力の戻った瞳をこちらに向けると恥ずかしそうにしながら腕の中から出て行った。

言葉を探すように視線を彷徨わせてから躊躇いがちに口を開く。


「・・・ありがと。取り乱してごめんなさい。わたしは・・・もう大丈夫よ。」


強がる彼女に心配そうに視線を向ける。しかし、彼女の努力を無にするまいと、できるだけ普段の調子になるように精一杯おどけながら尋ねる。


「それは・・・よかった。役得だったね。それで・・・大地はどうなんだ?」


とても痛そうに胸をギュッと握りしめ、絞り出すように彼女は答える。

「脳死・・・だそうよ。脳の損傷がひどいから生体機能も直に止まるでしょうって・・・。」

「そんなッ!なんとか・・・ならないのかよ。」


力なくつぶやく声に彼女もうなだれるように首を振る。

「手は・・・、尽くしたそうよ。現代の技術ではもうどうしようもないって。私にも、もう鏡也の魂は・・・、感じられない・・・。」

だんだん尻すぼみになっていくその声にあきらめのムードが漂う。


「本当なら今頃、みんなで祭りに参加していたはずだったのにな。」

俺が力なくもらしたとき、不意に病院の廊下に月の光が差し込んでくる。


「満月の光・・・。祭り・・・。死者の魂・・・。!?」

ハッとなった彼女は信じられないような、希望が見つかったような顔で勢い込んで尋ねてきた。


「大地!あんたウチの神社がなにを祀っているのか知ってる?」

「いや、あんまり詳しくは・・・。イザナギを主神にしてるくらいしか・・・。」


それまで青白かった頬を上気させ、熱に浮かされたように彼女は言う。

「ウチは、境界神社は表向きイザナギを祀っているけど、本当は黄泉の国との門を管理しているのよ。今日私が奉納するはずだったのも鎮魂の舞なの!それで修業中に見つけちゃったんだけど、ウチの秘伝には黄泉還りの術が存在するのよ!これで・・・、鏡也を呼び戻せるかも!」


突然の告白に頭が混乱する。はぁ?いきなり術とか言われても付いていけないんだが・・・。

「ち、ちょっと落ち着けよ。そんなことできるわけ・・・。」

「大丈夫、何とかして見せる!死なせてなんてやるもんですか!ひっぱたいてでも連れ戻してやるわ!」


息まく彼女に引きずられるように病院を出る。

すまん!鏡也。すぐ戻ってくるからな!


「急ぎましょう。祭りが終われば・・・『門』が閉じるわ。」


彼女に連れられながらやはりこれは夢ではないかと俺は強くほっぺをつねった。

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