第2話 帰り道

校門を出たところで感じる強い日差しに目を細める。

隣を歩く英梨に目を向けると白いブラウスからのぞく二の腕がまぶしくてこちらも直視できない。

目のやり場に困っていると彼女がクスッと笑う。

「なにキョドってるのよ。そんなに私と帰れるのがうれしい?」

「ひさしぶりだとちょっと距離感がね・・・。でも、最近はひとりで帰ることが多かったから、だれかと一緒ってだけでうれしいよ。」

笑顔を向けると英梨はちょっとムッとする。


「誰でもいいっていうのは気に入らないわ。素直に わ た し といれてうれしいっていいなさい♪」

「わっ!?ちょっっ!!あ、あついだろ!!!!?」

突然腕を組まれることに動揺する。

ヤバい・・・クラクラしてきた・・・。


「私は鏡也と一緒にいれてうれしいんだから、これくらい我慢なさい♪

誰かさんはまだ待たせるみたいだしぃ~。」

笑顔でジト目をつくるというなかなか器用なことをする彼女を申し訳なさと恥ずかしさで直視できず、僕は顔をそらす。


「イヤちょっとこの度も大変申し訳なく・・・。」


小さくなっている僕にちょっと柔らかくした声で彼女が切り出す。

「あの時は待つって言ったけどいつまでも待つ気はないわよ、私。そろそろ愛想つかされる可能性も考えて?気にしてるのがあなただけってことも。」


一気に体が冷える。ひとときも忘れたことのない、当時の情景が一瞬で蘇る。



中学1年のとき、それまで常にトップをとり、天狗になっていた僕の前に突如、大地が現れた。

あらゆる分野でことごとく僕を上回り、最初は対抗心を燃やしていた僕も徐々にやる気を失い、僕を持ち上げていた人たちもだんだん離れていった。

そんな僕に英梨は手を差し伸べてくれた。


「私、鏡也のことが好き。あなたが一番だから好きなんじゃなくてあなたがあなただから好きなのよ。

優しいところも、周りを喜ばせようとするところも、一緒にいて楽しいところも全部好きなの。ずっと側にいて欲しい。」


僕はその言葉に救われて今でも心の支えにしている。


当時ガキだった僕は何を思ったのか告白の返事を待ってもらい、一番をとったら彼女に自分から告白することを約束した。

それなのに未だ大地には勝てず、2人の関係は5年間宙ぶらりんのままだ。


「告白の返事を待ってほしい、大地に勝って自分の価値を証明してから英梨に告白したいって気持ちは今も変わってないよ。確かに最近はなぜこだわってるのか、妥協してもいいんじゃないかって思う時もあるけどさ・・・」

組まれた腕を引き抜き、英梨と向き合う。

彼女が薄く頬を染める。


「でも、キミのことを大事に思うからこそ妥協するわけにはいかないんだ。俺はキミの隣にふさわしいと、一緒にいることを誇れると、自他ともに認めた状態で側にいたい。

だからもう少しでいいから待っていてほしい。」


赤くなった顔を隠すように英梨が走りだす。

慌てて追いかけるとふいに振り返って彼女が叫ぶ!

「もう!分かったわよ‼もう少し待っててあげるからもっと頑張ってよ?まったく、優しい私に感謝しなさい!!・・・ほんとにもう!惚れた弱みだわ。」


顔がニヤケるのを抑えるのが難しい。

「・・・ありがとう。  ・・・最後なんて?」

「・・・うるさい。なんでもないわ!」



一時間ほど電車に揺られると僕らの住む町につく。小学校の通学班が同じだった僕たちは駅からも同じルートだ。少しでも長く話したくて自転車を押して歩く。


ずっと話していても話題にはあまり困らない。そんななかで自然と今日のお祭りに話題が移った。

「英梨も巫女デビューかぁ。むしろ今までなんでやらなかったんだ?」

「ほら、うち小さいけど歴史ある神社じゃない?だからお父さんの合格基準もなかなか厳しくて・・・。今年やっと合格したのよ。」


彼女がやれやれと肩をすくめる。どことなくうれしそうな彼女を見やって僕までつられてうれしくなる。

「おめでとう。だったら今日は楽しみだな~。さぞ美しい舞がみれることだろう。」

「やめてよ~。あんまりハードル上げないで~。でも鏡也に見られてるなら気合入るわね。しっかりやらないと。」

意気込んでいる彼女を見ていると目じりが緩む。


「そんなに気合を入れなくても大丈夫だよ。きっとたくさん練習してるんだろうし、ちゃんと成功するよ。」

褒めると彼女もうれしそうに微笑む。


「ありがと。鏡也に褒められるとうまくいく気がする!」

彼女の笑顔と燦然と輝く太陽、どちらがまぶしいのか難しいなと僕は思う。



互いに照れからしばし沈黙が2人の間を支配する。

ガコン、ガコンと響く工事の音に気が紛れてありがたいなと感じていると、英梨が眉を顰めて尋ねてくる。

「ねぇ、なんか変な音しない?」

キョロキョロしていたときにソレに気付いたのは偶然だった。

「いや・・・特に何もなさそ・・・!?」

嘘だろ!?クレーン車がこちらに倒れこんできてるぞ!!

自転車を投げ捨て、英梨を抱え込んで庇う。

頼むッ!!間に合えっ・・・!!


重たいものが後ろから降ってきて勢いで地面に頭をぶつける。一瞬で視界が赤く染まる。

霞む意識に英梨の叫びが響く・・・


「鏡也っ!?キョウヤッ!!  お願い!返事してぇ!?いやーーーーー!」


薄れる意識の中で僕はただ、彼女の無事だけを祈った。

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