碧巨人ヴィレ -約束と意思-

漣職槍人

1-001.プロローグ‐はじまりの約束‐

「よう親友。来たな」


 僕の命の恩人兼親友――後藤大樹ごとうだいきは今日も見た目だけ元気だった。

 意気揚々と右手を上げて。まるで街中で偶然あった友人へ気軽に挨拶する姿に。僕は大樹が重病の患者であることを忘れたくなる。ここが病院じゃなくて。大樹の部屋で。大樹が自分のベッドの上で胡坐をかいてのものだったならどんなによかっただろうか。

 僕は病室が嫌だ。そこにいると自分が病気なんだと無意識に強く思い込んでおかしくなるからだと思う。僕自身入院経験があるからかそんなフィルター越しの目で見てしまう。でも入院している人を見るとそれは間違いじゃないと思える。

だからそんな思い込みを押しつぶして隠すと僕もいつも通りに、おう、と挨拶を返した。


「それで?頼みたいことって何?」


 いまも酷く乱れた内心に触れるのに気をつけて。普段どおりを取り繕う僕は言葉を返す。表情の乏しい子供だとよく大人たちに言われる僕。話し方も起伏が無く淡々としているから、人からは棒読みみたいと評される。そんな僕が取り繕っているのだから、きっと傍から見たら誰もいまも僕が心のうちで親友の姿に心を酷く痛めているなんて気づかないだろう。


 切り出された話に大樹の表情は穏やかなものから一転して真剣なものに変わった。


「お前も知っての通り。俺はもう長くない」


 ああ。そういうこと自分で言うんだ。聞きたくない僕の心情に呼応して、胸の内側がざわざわした。耳を塞いで音を遮って、目を塞いで今の大樹から目を逸らしたい。


「というかさ。医者が言うにはもう肉体は死んでいるらしいんだ。不思議だろ?」


 冗談めかして言う姿が痛々しい。泣くことも嘆くことも我慢した。小学校高学年の子供らしくない僕は唯いつもどおりの親友の顔を続ける。


「じゃあ何で生きてるんだよ?」


 求めに応じて聞き返した。

 待ったましたとばかりに立てた親指を自分の胸に突き刺して。


「心さ」


 自信に満ちた表情で言った。


「心で生きてるのさ。この精神が、意志が肉体から離れるまでは俺は生きている」


 相変わらず暑苦しい言葉だ。テレビの中で見るヒーローのようだ。

 いや、ようだ、じゃない。

 少なくとも大樹は僕にとって現実に存在する唯一無二のヒーローだ。そして大樹本人も本気でヒーローを目指した奇特な人間だった。町をパトロールして困った人を見つけたら手を差し伸べて手助けし。何が起きても対処できるようにと体を鍛えて。理不尽な暴力負けないようにと格闘技だって学んでいた。

 大樹のヒーロー活動を街じゃ感謝する人もいれば似非ヒーローなんてバカにするやつだっているけど。ためらいなく差し伸べられるやさしさが人の心を開く瞬間を。誰かが救われる瞬間を。大樹について歩いて傍らで見守って。そして同じように助けられた僕は知っている。

 大樹をヒーローなんだって思っているから、みんな否定も肯定も口にするんだ。


「まるでゾンビだね」


 僕は死んでも生きてるように動く化け物を思い出して冗談めかす。


「くそう。言い得てる気がして反論ができないな」


 パンッと拳を手のひらに叩きつけて喜色の笑みを浮かべる姿はちっとも悔しそうにみえない。


「本当にゾンビだったらよかったのにな。それならもっと一緒に長くいられた」


 弱音を吐いて僅かにうつむく。下に逸らされた目線は戻ってこない。そうして急に垣間見せた弱さに僕がもう耐えられなくなったころ。ついに大機は用件を口にした。


「三年後の八月二十四日。夜の十九時に裏山のタイムカプセルを埋めた場所へ行ってくれ」

「タイムカプセルを掘り起こせってこと?」

「違うよ。タイムカプセルはそこから五年後だ。そういう約束だろ。別の約束があったんだけど。俺はもういけないから、変わりにお前に頼みたいんだ」


 自分で行けよ。生きろよ。親友の弱音に悪態つこうとしたけど。無理だった。


「お前意外に頼めないんだ。他のやつじゃダメなんだ」


 上げられて戻った大樹の目線と重なる。弱さなんてまったく感じさせない。現実に存在する唯一無二のヒーローがそこにいて悪態は胸の奥に引っ込んでしまった。でも真剣でいて力強い表情にはどこか鬼気迫るものが垣間見えた気がした。


「もちろん強制じゃない。覚えていたらでいい。行った先で何があっても、その先の選択はお前に任せる。お前の好きな道を選べ」


 なぜだろうか?命がけの言葉。そう呼べるものを聞いた気がした。

 僕は強く拳を握り締めて彼の求めているであろう言葉を口にする。


「わかったよ」


 何の重みも無い。無責任な自分の言葉が嫌だった。


「お前に頼んで、頼むやつがお前でよかった」


 その言葉を聞いた大樹は肩の荷が下りたとでも言うようにほっとした顔をする。

 そこ顔に僕は選択を間違えなかったことに少しだけ救われる。

 そして僕たちはいつものようにくだらない雑談で言葉を交わした。

 次の日満面の笑みを浮かべて親友・後藤大樹ごとうだいきは。

 僕のヒーローは死んだ。

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