第5話 再婚、離婚。ただ安定と普通の家族が欲しかった。
悲しみを紛らわす為に、よく飲みに行っていました。1人でバーに行くこともよくあり、そこで知り合ったバーテンダーと再婚することになりました。だいぶ年下でしたが、その頃はひとりが辛く、子供が出来た為に再婚することになりました。私は1人で産んで育てるつもりでした。娘を手放してしまい、子供が出来たことは本当に嬉しかった。今度は何があっても育てると思っていました。
相手は結婚すると言ってくれたので、今度こそ普通に幸せになると思っていました。
でも、現実は違っていました。
バーテンの仕事を辞め、しばらくヒモのような状態に。祖母がくれたとゆう30万も家に入れてくれることもなくバイクを買い、その日に事故って廃車。ようやく日雇いの仕事を始めても、お金の使い方が酷く、私は出産2週間前まで会社勤めをしていました。
この会社が、産休も育休も取らせて貰えず、辞めさせられたのも、本当に悔しかった。今なら抗議できたかもしれないと思いますが、その時は言いなりになるしかありませんでした。
最初の娘の時にはまだそんなに酷くはなかったのですが、息子が続けてできてからです。
妊娠中に首は絞められ、壁は殴られ破壊され、気に入らないと暴力にでるようになっていました。
まただと、どんなに辛かったか。やっとDVの父から解放されたのに、またかと。
それでも帰る実家もなく、頼るところもないので、とにかく子供が少し成長して、タイミングをみて離婚しようと思っていました。それまでは我慢だと。
息子が産まれてからは、年子の子育ては想像以上に大変でした。そこに相手の世話までと、限界だったところに、毎日のように渡したお金を使い果たして改札を出られず、迎えに来いとの電話です。赤ちゃん2人置いていくことも出来ず、アパート2階で連れて行くのも容易ではないのに、そんなことはお構い無しでした。
子供達2人とも熱を出していた時に、いつもの電話がきました。娘が1歳半、息子が7ヶ月の時です。
もう無理だと、友達呼ぶなりしてどうにかして帰宅して欲しいと告げると、もういいと一言でその日は帰宅しませんでした。
自分の実家までどこからか知りませんが、歩いて帰宅したそうです。こちらには帰らずに。そのまま二度と戻ることはありませんでした。
またマザコンでした。うちの子が可哀想だと、あんたが悪いと言われました。
孫より息子が可愛い親でした。
変なお宅でキッチンだけ、ゴミ屋敷のように足の踏み場のない状態で、そこに通され座らされた時は驚愕でした。吐きそうになりました。
その上、幼い娘がいるのにヒーターのガードもなく、それに触ってしまい、娘がやけどをして救急病院に行きました。それでも、大して悪びれていませんでした。
おかしい人達だと思っていました。
息子はなんでもできるからすぐあきてしまい、色んなことをさせてきたのだと。とにかく自慢話ばかりでした。
これも後に繋がります。
突然出ていかれた状態になり、お金もなく仕事もなく、一気に不安だけが襲ってきて、死を考えたことも思い出されます。
とにかく、少しでもお金を相手に貰い、仕事と保育所を探しました。
この時に役所の酷さを知りました。
保育園に預けられなければ仕事は決められないのに、仕事がなければ保育園は入れないと言われ、何度もそんな理不尽な話はないと言いましたが、保育園は受け付けてくれはしませんでした。中年の男性の声でした。
まだSNSがある時代でもなく、社会の仕組みなのか役所なのかとにかく恨みました。
それでも心中するわけにはいかないと、私は直接何件か保育園に連絡をしました。
すると、1件だけ事情を汲んで入れてくれると答えてくれました。その園長先生には本当に感謝しました。命の恩人でした。
誰も助けてももらえず、死を考えていた私に救いの手を差し伸べてもらい、初めて人の温かさに感謝しました。
やっと見つけた就職先は、事務所の上に住むことが条件と言われ、背に腹はかえられないので引越しましたが、とても幼い子供と暮らせるような場所ではなく、入って早々にセクハラにもあいました。そこの社長には、あんたみたいな母子家庭がハローワークから入社すると、会社にお金が入るからありがたいねと、嫌なことも言われ、私を世話役に後々にはさせるつもりなのが見てとれたので危険を感じ、何とかお金を貯めて半年で転職と引越しをしました。
転職先がまたヤクザみたいな社長で、1時間ヤクザ口調でマンツーマンで怒鳴られることがあり、他の社員も元ヤクザとか、ここもいてはいけないと思い、3ヶ月程で転職しました。母子家庭がこんなに怖い目に会うのかと、シングルの時はそれなりの給料や会社に務められたのに、あまりの違いに愕然としていました。
ようやく次で、長く務められ子供たちのことも配慮してくれる会社と出会えたと思いましたが、そこでも大卒の男で、私がカバーするような社員なのに、かなり高額な給与だと知り、シングルマザー、高卒、女とゆうとほんとに扱いが酷いのだと知ってしまいます。
さらに、社員でしたが出会った既婚者に、離婚されることなく騙されてしまいます。
借金まみれだった大卒男が、羽振りが良くなり家を買った時に、悔しくてたまらず、何とか少ない年収でしたが新築の建売を購入しました。その少し前には、新車も購入していました。
この時が人生初めて、頑張って手に入れた家と車に囲まれ、子供達と幸せでした。離婚してくれるはずの相手もいました。その時は。
引越してまもなく、身体の異変に気が付きます。
眠れないことが増え、飲酒が多くなり、会社でミスが増え始めます。
食欲がなくなり、だんだん何をするのも辛くなり、楽しいとゆう感情もわかなくなり、トドメは会社で眠気が酷く、ほとんど仕事ができなくなりました。
まさか自分がなるとは思っていませんでしたが、鬱病と診断されました。
しばらく仕事は休んだ方がいいとも言われました。
離婚しないとわかった彼のせいもあると思い、会社は辞めることにしました。
そこの社長も、気に入らない社員を辞めさせ、その後その方の生まれたお子さんが障害で大変だと聞くと、罰が当たったとみんなの前で言い放った姿を見て、最低な人間だと思いました。
イエスマン以外はクビにしていくのを目の当たりにしていましたので、いい機会だと思っていました。その時は。
すぐに別の会社に転職しましたが、鬱病が酷く、数ヶ月で辞めることに。
この時の鬱病は本当に地獄でした。
午前中はほとんど起きれないし、洗濯物も干せないし、食事を作るのも苦痛でした。
その当時は鬱病もまだいいイメージではなく、理解もされず、本当に辛かった。それでも子供のことはしなくてはならず、今ではどう過ごしてきたのか、あまり記憶がありません。
一年以上働けず、借金が膨らみ、個人再生をすることになり、何とか家は残しましたが、お金がなく、ようやく就職した会社も薄給で、賞与もない時があり、本当に苦しかったです。
そんな中、娘は網膜剥離になり、片目の視力をほぼ失いました。
神様を恨みました。なんでこんなめに、こんなに頑張って生きてきてあわなければならないのかと、娘の視力まで奪うのかと。
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