第31話 魔王と勇者と

「ミレイユ!?」


 玲於奈とハルコさんを連れて、ミレイユの部屋に入ると、ミレイユがベッドで寝ていた。

 慌てて駆け寄る俺に、ミレイユは慌てる。


「い、いやこれはじゃな!その、スラリンに襲われておっただけじゃぞ!?」


「!!が、がお~!ミレイユ様を襲っちゃいますぅ~!」


 凄い棒読みのスラリンに、逆に落ち着いてしまった。


「で、どういう事?」


 今、俺の目の前でミレイユとスラリンが正座している。

 スラリンが、なんで私まで~という顔で見てくるが、キッと睨んだら俯いて目を逸らした。


「な、何の事じゃ?」


「なんで、顔色が悪かったか聞いてるの」


「そ、それは、テリーの気のせいじゃ」


「俺のパッシヴスキルで、今は治っただけだよな!?」


 そう突っ込んだら、しぶしぶとミレイユは事情を話してくれた。


「その、やっぱりテリーは帰りたいじゃろうし……じゃから、召喚の代償は今も払っておってじゃな……その……」


 しどろもどろになりながら言うミレイユに、俺は少し吹きだしつつも、できるだけ優しく伝える。


「ありがとう、ミレイユ。でも、その事なら、もう本当に良いんだ。だって、俺が帰りたかった理由、もう無くなっちゃったんだ」


「え?」


 きょとんとするミレイユに、今も後ろで黙って待ってる玲於奈を紹介する事にする。


「紹介するよ。俺の妹で、御剣 玲於奈って言うんだ」


「ども、玲於奈って言います。兄ちゃんが世話になってンみたいで、すンませン」


「お、お主が、テリーのいもう、と?」


「ン」


 そうコクンと頷く玲於奈に。


「か、可愛いのじゃー!!」


「ンン!?」


 ミレイユは、抱きついた。


「なンじゃこのかわゆさは!?とてもテリーの妹とは思えぬのじゃー!」


 ほっとけ!俺も昔からよく言われてたよ!


「な、なンなン!?兄ちゃん、コレどういう事なンだよ!?」


 相手が『魔王』だからか、どう対応したら良いのか分からないんだろうな。

 今もなすがままの玲於奈に、俺は笑いかける。


「攻撃はなしで、死んじゃうから」


「そンなっ!?」


 玲於奈が絶望に染まった顔をして、吹き出してしまった。


「『鑑定』……ってぇ!?嘘だろ、この『魔王』超弱ぇぇンだけどっ!?」


 うん、気持ちは分かる。

 俺も最初にそう思った。

 妹がガタガタと震えだした。


「ど、どうしよう兄ちゃん、つついただけで殺しそうで、動けないンですけど……」


 あんまりと言えばあんまりな言い方に、俺は笑いを我慢できなかった。


「笑うなテリー!!」


 そう言うミレイユも、笑ってた。




「ごめんなさい」


 それから少し経ち、落ち着いてからミレイユが、玲於奈に謝っていた。


「まぁ、別に……」


 その言葉を聞いて、ミレイユは笑った。


「テリーと同じセリフを聞いたのじゃ」


 そうだったっけ。

 そんなの覚えてないけど……。


「そンで、確認なンすけど、私って元の世界に帰れるンすかね」


 玲於奈がそう言うのを、ミレイユは悲しそうな表情で言った。


「うむ……残念ながら、お主と元の世界の糸は切れておる。召喚した者に、戻す事はできぬじゃろうな……」


「そっすか」


 玲於奈は別に、それを聞いてもなんとも思っていないようだった。


「というわけでさ、ミレイユ。俺を元の世界に戻す為の代償、今この場できってくれ」


「「「!?」」」


 その言葉に、皆驚いた顔をする。


「どういう事、兄ちゃン?」


 玲於奈に、ミレイユが俺の為にしてくれていた事を話した。


「ンだよ……めっちゃ良い奴じゃン……それに比べて、あンの豚野郎共がっ……!」


 玲於奈が、滅茶苦茶怒っているのが分かる。

 さもありなん、だな。


「ミレイユ、頼む。俺はもう、帰る気は無いんだ。ミレイユ達を守る、そう約束したろ?俺の帰りたい理由も、妹の……玲於奈の元に帰りたいって理由だけだったんだ。その最大の理由が、こっちの世界にできた。なら、もう俺の居場所は、ここなんだ」


 そうミレイユに伝えたら、ミレイユの瞳は潤んでいた。


「……良いのじゃな?もう、本当に……帰る事は、できなくなるのじゃぞ?」


「うん、良いんだ。やってくれ、ミレイユ」


 そう、心から思っている事が伝わるように、真剣にミレイユの目を見つめた。


「……分かった。レオナも、それで良いのじゃな?」


「ン、兄ちゃんが決めた事に、口出ししねぇよ?それに、兄ちゃんが帰るなら、私も帰る方法探すっつーめんどくせぇ事が増えるし、このまま居てくれン方が、楽で良い」


「お前な……」


 そう苦笑する俺に、ミレイユも微笑んだ。


「今、召喚の儀は終わりを告げる。その源を、これにて断つ。了!」


 光が、ミレイユと俺の体から飛んでいった。

 今のが、繋がり、だったんだろうか?


「……これで、テリーはもうこの世界の住人じゃ」


「テリヤ様、おめでとうございます~!今日はテリヤ様がこの世界の住人となった記念すべき日、そして妹様とお会いできた良き日です~!ですから~パーティーを致しましょう~!」


 なんてスラリンが笑顔で言ってくる。


「うむ、それは良いな。ケイも帰ってきた事じゃし、それも含めてじゃな。早速手配せよ、スラリン」


「は~い~!」


 そう言って、スラリンは出て行った。


「兄ちゃん、詳しい話、聞かせてもらって良い?」


「ああ、もちろんだよ」


「そうじゃな、テリーの部屋も別に用意せねばならぬし……」


 ちょ、それをなんの説明も無しに言ったら!!


「あン?兄ちゃん、どゆ事?」


 ほらぁっ!!玲於奈がめっちゃ殺気立ってこっち見てますからぁ!?


「うむ?テリーとはずっと同じ部屋で寝泊まりしておったでな。おはようからおやすみまで、ずっと一緒じゃったから、テリーの部屋がまだなくての」


 やめて!火に油を注がないで!?先に説明をして!!


「に~い~ちゃ~ン~?」


 お、おかしいな。

 さっきまで天使に見えていた妹が、地獄の閻魔も裸足で逃出すようなオーラを放っていますよぉ!?


「このエロガッパがぁぁぁっ!!」


 瞬間、玲於奈の鉄拳が飛んできたので、慌てて飛び退く。


「ち、違うんだ玲於奈!これには深い理由がだなー!?」


「なら逃げンじゃねぇー!!」


 いきなり殴られそうになったら、誰だって逃げますよねぇ!?


「待ちやがれ兄ちゃンー!!」


「玲於奈が落ち着いたらなー!!」


「私は冷静なンだよ!!」


「どの口が言うのー!?」


 俺は玲於奈から逃げる為に、城内を走り回る事になったのだった。



☆☆☆☆☆


 チッ、見失った。

 兄ちゃンめ、あんな美女と毎日寝泊りしてやがっただと?

 断罪(ギルティ)だ、個人的に。

 兄ちゃんを探してたが、見つかンなかったンで、元の案内された、ピンク一色の部屋へ戻ってきた。

 すげぇ部屋だな。


「戻ったか、レオナ」


 そう言ってくれるのは、絶世の美女って言っても過言ではない、『魔王』だった。


「ドモ。見失っちまった。うちの兄ちゃんが、大変失礼な事をしてたみてぇで……すンませン」


「いやいや、テリーは妾を守っておってくれたのじゃよ。お主が想像するような事は、何もしておらぬ。安心するが良い」


 そう微笑むこの人は、包容力のある女性に感じた。

 これが、『魔王』?イメージと全然違げぇ。


「妾はな、テリーを召喚した。その際に、テリーをいつでも元の世界へ帰せれるように、代償を支払っておった。それが、常時HPにダメージを受ける状態でな……」


 あンだって?帰す為にはそんな代償があるンかよ。

 少なくとも、私を召喚した国の奴らの中に、そんな事を言ってる奴はいなかった。

 つまり、召喚だけして、帰す気なんて最初からなかったっつー事だな。

 あの糞野郎共……。


「テリーはそんな妾を見て、あるスキルに目覚めたのじゃ。それが、近くに居る者の傷を癒すものでな。じゃから、テリーは常に妾の傍に居てくれた、というわけじゃよ」


 そういう事だったンか。

 っていうか、兄ちゃん……それ、男が覚えるスキルじゃねぇ気が……ま、優しい兄ちゃんには合ってる気はすっけど。


「すまぬな、レオナ」


 そう、目の前の『魔王』が頭を下げた。


「妾は、我が身可愛さに、お主の兄を召喚した。お主から、大切な兄を奪ってしまった。許される事ではないと、理解しておるつもりじゃ。じゃから……」


 真剣に、謝ってくれてンのが分かった。

 はぁ、私、こういう奴は嫌いになれない。

 『魔王』?そんな事は関係ねぇンだよなぁ。


「良いよ、許すよ。結果的に、私は兄ちゃんと会えた。だから、気にすンな『魔王』様」


「レオナ……ありがとう。それと、妾の事は呼び捨ててくれぬか?その……友として」


 そう恥ずかしそうに照れながら言う『魔王』……いや、ミレイユに、私は手を出す。


「よろしく、ミレイユ」


 私の出した手を握り、凄く良い笑顔をしてくれた。


「うむ!よろしくなのじゃ!」


 こりゃ、男なら虜になンな。

 そう思った。



☆☆☆☆☆



 玲於奈から逃げていると、以前ユキに呼ばれた場所に来ていた。

 そこでは、ユキが座り込んで、うずくまっていた。


「どうしたんだ?ユキ」


「テリー……テリー!!」


「おっと!?」


 抱きついてきたユキの頭に手を置く。


「どうしたんだ?」


「私、『勇者』が攻めてきたって聞いたら、怖くて……それで……!」


 ああ、そういう事か。

 俺は安心させるように、ユキの体を抱きしめる。


「大丈夫、俺が守るって言ったろ。それにもう解決したから」


「ホント……?」


 ユキが、その瞳を潤ませながら、見上げてくる。

 俺は安心させるように、微笑みながら伝える。


「ああ、俺がここに居るのが、その証拠だろ?」


「そっか……でも、テリーもいつか、帰っちゃうんだろ……。次に召喚される奴が、テリーみたいな良い奴とは限らないし、オレ……」


「帰らないよ」


「え?」


「俺は、この世界で生きていく事にしたんだ。だから、ずっと守ってやる。ミレイユも、スラリンも、ユキも」


「っ~!!」


 ユキが、俺を抱きしめる強さを強くする。

 ぐ、う?ちょ、ま!ユキの力は、いくら強くなった俺でも、耐えきれる力じゃないわけで!?


「ちょ、まっ、ユキ!しぬ、死んじゃうから俺!?」


「あっ!ご、ごめんテリー!!」


「ふぅ……味方に殺されるのだけは、かんべんな?」


 そう笑って言ったら、ユキも笑った。

 うん、子供は笑ってないとな!

 そして、ユキもつれてミレイユの元へ戻った。

 そこにはすでに玲於奈もいて、もう怒っていないみたいだった。

 ミレイユが説明してくれたみたいだ。

 それから、ユキにも玲於奈を紹介して、その日はパーティーになった。

 食べきれないくらいの料理が運ばれてきて。

 驚きなのは、ハルコさんが底なしだった事だ。

 途中からスラリンと競争し始めて、料理が無くなりそうになって、ミレイユが止めた。

 玲於奈も笑ってたし、俺も笑ってた。

 その日は、とても楽しい一日になったのだった。

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