第25話 魔王と痛恨の一撃

「え?強くなってる実感が無い、ですか~?」


 そう、俺のステータスは確かに上がっている。

 だけど、その実感が無い事を、スラリンに相談した。


「そ~ですか~?なら~……ユキを呼んできますねぇ~?」


 え?なんでユキを?

 そう思っていたら、ユキが息を乱してやってきた。


「はぁっ!はぁっ!いきなりスラリン様に呼ばれるから、この世の終わりかと思ったぞテリー!!」


 なんでだよ。

 ってそうか、ユキはスラリンの事怖がってるんだったっけ。

 というかですねスラリン、今貴女はここに居ましたよね?

 どうやって呼んだんだ……。


「いや、俺が呼んだわけじゃないんだけど……」


「え?」


 ユキが固まる。

 そこには笑顔のスラリンが。


「私の独断でお呼びしました~。ご迷惑でしたか~?」


「そそそそそそんな事ないですっ!オレ、いつだって暇ですっ!!」


 直立不動ってこういう事を言うんだろうか。

 シャキンという音がしそうなくらい、ビシッと敬礼してる。

 ちなみにこの部屋はミレイユの部屋で、ミレイユは今寝転がりながら本を読んでる。

 時々こっちをチラチラ見てるけど……気になるなら混ざれば良いのに。


「それでスラリン、なんでユキを?」


「ええとですね~、強くなった実感が欲しいのでしたら~、ユキに一度本気で殴られてみれば、分かるんじゃないかと思いまして~」


「俺を殺す気かっ!?」


 思わず叫んだ。

 だって、ユキの力は60万超えてるんだぞ!?

 いくら俺のしゅび力が高くなったからって、まだ耐えられる数値じゃない!


「いえいえ~、確かにダメージはかなり受けるでしょうけれど~、ミツルギ様のHP、それ以上じゃないですか~」


 言われて気付く。

 そういえば、俺の最大HPって890000あるんだよな。

 なら一応、死にはしないのか。


「一度ぉ、ミツルギ様もHPが半分以下になる苦しみを味わえばぁ、ミレイユ様の苦しみを少しくらい~、分かってあげられると~思うんですよぉ~」


 なんて黒い笑みをするスラリンに、俺とユキは抱き合ってガタガタと震える。

 それを見たミレイユが、近寄ってきた。


「ふむ?ユキ、テリーと仲良くなったか?」


 そして、そんな事を聞いてきた。


「えっ!?えっと、はい、その……テリーがオレの事も守ってくれるって、言ってくれたから、オレ……」


 そう真っ赤になって俯きながら言うユキ。

 なんだこの可愛い妹、じゃなくて弟。

 全力で守ってあげたくなるじゃないか。


「そうかそうか。このたらしめテリー」


「人聞きの悪い!?」


「うふふ~、ミツルギ様の外堀が埋まっていきます~♪」


 スラリンが今日は色々と黒いのは気のせいだろうか。


「というわけで~、ユキ~お願いしますね~」


「は、はいっ!すまんテリー、オレはスラリン様には逆らえないんだっ!」


 そう言って腕をぐるぐる回すユキ。

 い、いや、それは構わないんだけど、なんでそんなやる気満々なんですかねぇ!?

 くそっ!男は度胸だ!


「こ、こいっ!ユキ!!」


「おりゃぁぁぁっ!!」


 ゴスゥ!!


「ぽっ!!」


 ドゴオオオオオオン!!


 思いっきり顔を殴られ、壁まで吹き飛び壁にめり込んだ。

 す、凄い、何が凄いって、本気の一撃って、痛いとかまず感じなかった事だ。

 なんか凄い衝撃を受けた、それだけだった。

 後から、凄い痛みがやってくる。

 なんだ、これ……高熱に頭がやられたかのような、グラグラとしてめまいがする。

 HPを見てみると、残り5万程しかなかった。

 最大HPがこれより低い人からしたら、十分高い数値だというのに……俺は、立つ事ができない。

 これが……体の中の割合ダメージという事なんだろう。

 ミレイユは、いつもこんな感じを、味わっていた、のか……!

 それなのに、気丈に振る舞って……凄い、今初めて分かった、ミレイユの凄さが。

 万全の状態でなら、なんだって言える……こういう状態で言える事にこそ、意味があるよな……。

 フラフラと、立ち上がる。


「て、テリー!?ごめん、痛恨の一撃出しちゃったみたいで……!し、死なないよな!?な!?」


 ユキ、それ敵側の言い方なんだけど……。


「だ、大丈夫、だ。正直、キツイ、けど……回復って、誰かできる……?」


 その言葉に、皆目を伏せる。

 え?もしかして、誰も出来ないの?


「す、スラリンも?」


「はい~。魔物は基本的に、『回復魔法』は使えないんですよ~ミツルギ様~。ほら、『魔王』様が『ベホマーズンガ』とか使えたら、人間側は詰むでしょうー?」


 そんな理由!?

 いや正当な理由だけど!!

 というか『ベホマーズンガ』!?

 俺、唱えれたとしても恥ずかしくて言えない気がする!


「スラリン、テリーをからかうのはその辺にしておくのじゃ」


「あう~、申し訳ありませんミレイユ様~」


 ちょっと怒ってるミレイユに、スラリンは本当に申し訳なさそうに謝った。


「テリー、妾達魔の者は、聖属性に基本的に適応しておらぬ。じゃから、『聖属性魔法』に属する魔法は、大抵の者は使えぬのじゃ。一部、変異種がおってな、使える者もおったのじゃが……」


 そう言って、目を逸らす。

 そうか、その魔物はもう……。


「あ~、ケイちゃんは男漁りに出て行ったきりですからねぇ~」


「おとっ!?」


 思わず叫んじゃったよ。

 あ、頭がフラッと……もう、だめ……。


 ドタン


「テリー!?」


「ミツルギ様!?」


「テリー!」


 三人が俺を呼ぶ声がする。

 だけど、俺の意識は、遠のいていった。



☆☆☆☆☆



「やはり、ケイを探しに行ってはどうじゃ?あ奴は唯一、治癒を行える魔族なんじゃぞ?」


「はい~……ですけど、連絡がつかなくてですね~。今も元気にハッスルしてるんじゃないですかね~」


 困った顔で言うスラリン。

 ここに来て、スラリンも本当に悩んでいたのだ。

 もし『勇者』である照矢が、ユキのような怪力の持ち主からダメージを受ければ、こちらは一気に壊滅する事を危惧したのだ。

 油断、それは誰にだってあるものだから。


「あ奴はサキュバスではなかったはずじゃが?」


 魔族のサキュバス、インキュバスといった種族は、人間達の精力を糧とする。

 それは気力と直結している為、著しく精力を失うと廃人と化してしまう。

 その為、摂取量には注意が必要だ。

 多くの者から少しずつ、夢を見せて奪うのが、正当なやり方なのだが。


「そうですね~、ケイちゃんは『そういう事』が好きな、ド淫乱ですから~」


 その言葉に、ミレイユは顔が真っ赤になる。

 スラリンはそんなミレイユを見て、微笑みながら続ける。


「多分ですけど~、乱交でもしていて……人間達に捕まっちゃったんじゃないでしょうか~?まぁ、ケイちゃんなら捕まっても殺されはしないでしょうし、上手くやっていくと思いますよ~」


「い、いや、それじゃと……ま、まぁよい。スラリンがそう言うなら、ケイは無事なのじゃろうしな」


 ミレイユはスラリンの言葉を、疑うことなく信じる。

 それは、自分の知らない過去を全て知っていて、それで尚、自分にこうして仕えてくれるからだ。

 そしてスラリンもまた、そんなミレイユを慕っていた。

 自分の事など何一つ覚えていないだろうに、それでも自分を疑わない主を。

 奇妙な間柄でありながらも、二人は互いの事を真に想いあっていた。


「で、じゃ。テリーはどうする?」


「一晩寝れば、回復すると思いますから~。今日はこのまま、寝かせて差し上げましょう~」


「ふむ、そうじゃな。ならば今日は、読書に耽(ふけ)るとするのじゃ。スラリン、人間達の書いた物語の本、新しい物はあるか?」


「ふふ、分かりました~。ちょっと待っててくださいね~?」


「うむ、分かったのじゃ!」


 そう笑顔で言うミレイユを、スラリンは微笑ましい気持ちで見守るのだった。



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