第17話 魔王の妹は弟2

 ミレイユと城下街に行って、一日過ごした次の日の朝。

 何故か帰ってから、スラリンに必要以上に纏わりつかれてたんだけど。

 俺、何かしたんだろうか?

 あ、ちゃんとミレイユの教育方法について話しておいた。

 うん、スラリンも恥じらいなんて持ってなかった。

 というか3594歳のスラリンは、恥じらいを恥じらいと感じないようだった。

 そもそもが魔物なんだよな。

 普段から素っ裸なスライムが、恥じらいなんてあるわけが無かった。

 そのまま言っちゃって殴られたけど。

 今は食事も終わって、お茶を飲みながらまったりモードだったりする。

 ミレイユはスラリンから勉強を教わってるみたいだ。

 邪魔しちゃ悪いので、俺は椅子に座ってキィーコキィーコと音を鳴らしている。

 なんか意識して鳴らしていると、リズムよく鳴らしたくなるから不思議だ。


 キィーコキィーコ……キィーコキィーコ


「「……」」


 あれ、なんかミレイユとスラリンがこっち見てる。


「テリー……」


「ミツルギ様ぁ~……」


「う、うん?」


「「キィーコキィーコ五月蠅いわ(です~)!!」」


「ご、ごめんなさいー!!」


 俺はミレイユの部屋から逃げ出した。

 しまった。

 邪魔をしないようにしていたのに、おもいっきり邪魔をしてしまった。

 ミレイユは定期的にスラリンから習い事をしているようで、今日はその日なんだそうだ。

 俺一人では魔王ダンジョンへ入る事もできないし、レベル上げもできない。

 かと言って、何かしようにも……俺は無趣味だ。

 これといって、何かしたい事があるわけでもなく……。

 妹がゲーム好きだったから、それに付き合ったり、買い物について行ったりするくらいだった。

 仕事の手伝いとか、何かをしてくれって言われたら、率先してやるんだけどな……自由な時間ができてしまうと、途端に何もする事がなくなってしまう。

 どうしようかな。

 そうだ、どうせなら城の中を探検してみるか。

 そう思って、城内を歩いてみる。

 そして、ある事に気付いた。

 ミレイユと移動している時は、ほとんど見かけなかった魔物達を、今はよく見かけるのだ。

 城の掃除に走り回るメイド服を着た魔物もいる。

 丁度、窓を拭いている魔物を見つけたので、話しかける事にした。


「あの、すみません」


「え?ふぇぇ!?み、ミツルギ様ぁ!?あわわわわ……!!」


 なんかすっごい驚かれてる。

 ど、どうしたんだろう?


「す、すみませんすみません!私、何か不敬を働いてしまいましたでしょうか!?おゆ、おゆゆゆゆ……!」


「ええ!?ち、違いますよ!?何もされてません!されてませんから落ち着いて!?」


「ほ、ほほ保温等ですか?」


 保温、等?ああ、本当か!!


「本当本当!その、掃除を邪魔しちゃってごめん。ちょっと聞きたい事があっただけなんだ」


「な、なな、なんでござい、ましょう?」


 なんでこんなに怯えられているんだろう……?


「いや、ミレイユやスラリンと一緒に行動してる時って、魔物達の姿をほとんど見かけなかったのに、今日はたくさん見かけるから、どうしたのかなって思って……」


「は、はい、それは、ミレイユ様とスラリン様は、定期的に部屋から出ない日がありますから……お二方の邪魔にならないように、その日にやれる事をやる日なんです……!」


 ああ、そういう事か。

 だから、普段は見かけないのか。

 なら、あともう一つ聞いておくか。


「そっか、ありがとう。それとあと一つ聞きたいんだけど……」


「は、はいっ!なんなりとお申し付けください!だ、だから殺さないでぇ……!」


 殺さ……いやいや。


「えっと、なんか誤解受けてる気がするんだけど……」


「ご、誤解なんてとんでもないです!ミレイユ様と対等にお話をして、更にはあの!あのスラリン様をお叱りするミツルギ様ですよ!?」


 ああ、昨日のあれ、見られてたのかな?

 というか殴られたの俺だよ?


「あのスラリン様の攻撃を受けてもケロッとしているミツルギ様に、あのスラリン様がお叱りを受ける事を許容するミツルギ様、お、恐ろしいですぅ……!」


 うん、うん?

 スラリンのせいか。

 なんでそんなにメイドさんに恐れられてんのスラリン。


「えーと、理由は分かったよ。でも、俺はミレイユを守る為にここに居るんだ。そして、皆はそのミレイユの仲間なんだろ?なら、俺にとっても仲間だよ。だから、怖がらないでくれると嬉しいな」


「み、ミツルギ様……!」


 あれ?なんか頬を赤く染めた?


「っ!!し、失礼致します……!」


 あ、走って行っちゃった。

 窓拭き、邪魔しちゃったな。

 よし、俺が綺麗にするかっ!やる事ないしな!



「なにしてんの、照り焼き」


 キュッキュッと窓拭きをしてたら、ユキに話しかけられた。


「窓拭きだけど?」


「オレが聞いてるのはそういう事じゃなくて。なんでミレイユお姉様の傍に居ないんだよ照り焼き」


「邪魔だって言われて」


「ミレイユお姉様がお前を?あぁ、今日は勉強の日か」


 どうやら、ユキも知っているようだ。

 って当たり前か。


「なら丁度良い、暇なんだろ照り焼き。ちょっと付き合え」


「暇じゃないよ?窓拭き途中だし……」


「ひ・ま・な・ん・だ・ろ!?」


「は、はい」


 ユキに腕を引っ張られて連れられていく。

 凄い、流石力60万超え。

 全力で踏ん張ってもビクともしないぞ。

 ユキに引きずられていると、途中でさっきの魔物さんの横を通り過ぎた。


「その、ありがとう、ございます……」


 小声で、そう聞こえた。


「どう致しまして」


 だから小声で、そう返事をしておいた。

 その子も、微笑んでくれた気がする。



 連れられて来た場所は、なんか薬品の匂いのする、薄暗い部屋だった。


「ここが、オレが生まれた場所だ」


「え……?」


「ミレイユお姉様から聞いただろ。オレは、ホムンクルスだ」


「ああ、そういやそうだったな」


「それだけかよ」


「それだけ、とは?」


 なんだっていうんだ?

 先代の魔王が創りだした人工生命体なんだろ?


「創られた命なんだぞ!?」


「そうだな」


「そうだなって!お前、気持ち悪くないのか!?」


「なんで?」


「聞いてるのはオレだよ!?」


「別になんとも思わないけど」


「っ!?」


「俺にとってお前は、ミレイユの妹……じゃなくて弟なだけだぞ?あえてカッコよく言うなら、それ以上でも、それ以下でもないぞ?」


「……変なヤツ」


 その綺麗な顔が笑って、俺は少しドキッとしてしまった。

 いかん、こいつは10歳の子供だぞ?友達がYESロリータNOタッチ!とか言ってたのを思い出す。

 違う、俺は違う!!


「なぁ照り焼き」


「だから、俺は照矢……」


 ユキは、真面目な顔で俺を見つめていて、俺は言葉を続けられなかった。


「ミレイユお姉様は、『勇者達』に殺された。オレを創ってくれた、ミレイユお姉様が、だ」


「!!」


「……スラリン様はな、そんな『勇者達』を殺してるんだ」


 え?どういう、事だ?


「オレ、見たんだよ。『勇者達』は、子供だったオレを殺しはしなかったから。だから、オレは『勇者達』がミレイユお姉様を殺したのを、見た」


 それは、どれだけ辛い場面だったんだろう。

 自分の大好きな人が、殺される場面を見る、なんて。

 俺なら、発狂してしまいそうだ……。


「頭が、沸騰しそうだった。すぐにでも駆けだして……敵わなくても良い、せめて一撃でも『勇者達』を殴ってやりたかった。でも……出来なかった。その体が、一瞬で爆発したから」


「なっ!?」


「オレも驚いたよ。そこに立ってたのがさ、『勇者達』の爆発した返り血を浴びて、立ってるスラリン様だったんだ」


「スラリンが、『勇者達』を殺した?そんな力があるのなら、どうしてミレイユを守らなかったんだ!?」


「オレにも、その理由は分かんないよ。でもさ……スラリン様は、ミレイユお姉様の事を大切に想ってる事だけは分かるんだ。だから……お前に忠告しといてやる。スラリン様に殺されたくなかったら、今すぐ元の世界へ帰れ」


「!!」


「オレ、お前を見ていて、分かった。お前は良い奴なんだって。他の『勇者達』とは違うって。だけど……スラリン様が、どう思ってるかは分からない。もしかしたら、他の『勇者達』みたいに、抹殺対象かもしれない」


「……」


「だから、忠告だ。オレじゃ、守れない。オレじゃ、ミレイユお姉様はおろか、お前だって守ってやる事はできない。だから……!」


「ありがとう、ユキ」


「え?」


「俺の事を心配してくれたんだよな。ミレイユの事だけじゃなく、俺の事まで」


「ち、違う!ただ、ミレイユお姉様がお前の事を気に入ってるみたいだったから!お前が死んで、ミレイユお姉様が悲しむ顔を見たくないだけだっ!」


「そっか。それでも、ありがとう。それでさ、せっかくの忠告だけど……俺は帰らないよ」


「!!どうしてだよ。殺されるかも、しれないんだぞ?」


「俺はそうは思わない」


「なん、で?」


「まだ出会って数日だけど……俺はミレイユの事も、スラリンの事も好きになった。信じられる、そんな奴らだと思ってる。だからもし、それで俺が死んだとしたら……俺の目が間違ってたってだけだ」


「お前……死ぬのが怖く、ないのかよ?オレはすっごく怖い。まだ10年しか生きてないけど、ミレイユお姉様が殺される所を見て、体がガクガク震えたんだ。怒りと憎しみが、体を支配している時には感じなかったけど……少し冷静になったら、体が震えて……立ってられなくなるくらい、怖かったんだ……!」


 ユキは、体を抱えて座り込んだ。

 大好きな人の死、そして恐怖。

 まだ幼い心に、傷を負ったんだ。

 仕方がない事だと思う。

 なら、まだ高校生の俺だけど……大人として、守ってやらなきゃ男じゃないよな!


「なら、俺がユキも守ってやる」


「……え?」


「ミレイユも、スラリンも、そしてユキも……俺が守るよ。まだ、たいして強くない俺だけど……一応『勇者』だからな。まだまだ強くなれるだろ?そんでもって、強くなって……絶対に守るって約束する!」


「っ……!照り、焼き……」


「あのな、何度も言うけど俺は照矢であっ……」


 突然ユキが俺に抱きついてきて、言葉を全部言えなかった。


「信じて、良いんだな?オレ、の事も、守ってくれるんだな?」


「ああ、安心しろよ。俺は約束は絶対に破らない」


「……分かった、オレ、照り焼き……テリーの事、信じる」


 ユキが、俺の事を初めてテリーと呼んでくれた。

 その事が嬉しくて、俺はユキを抱きしめ返した。

 俺の腕の中で涙を流すユキは、ずっと胸の中で誰にも言えず、抱え込んでいたんだろう。

 妹の玲於奈も、最初は俺に何も言わなかった。

 助けてほしいのに、それを言えない。

 だから、俺が勝手に付きまとった。

 そして、玲於奈が襲われている衝撃の場面に出くわして、助け出した時……玲於奈は言った。


「兄ちゃん、迷惑かけたくなくて……付き纏われてる事、何も、言えなくて……ごめんなさいっ……!」


 あの時、玲於奈を探していて本当に良かった。

 もし俺が探していなかったら、玲於奈は幼い心と体に、一生消えない傷を負っていた。

 その事件がきっかけだと思う、玲於奈の外見が変わった。

 今までは大和撫子みたいな感じだったけど、一気に最近の女子高生みたいな可愛らしくも、気の強そうな感じに。

 それでも、どう変わっても、玲於奈は玲於奈だ。

 俺にとって、大事な妹である事に変わりはない。

 玲於奈は強くなった。

 ユキもきっと、強くなれる。

 それまでは、俺も見守ろうと思う。



☆☆☆☆☆



 あらあら、ユキに見られていたのは知っていましたが、まさかミツルギ様にお話してしまうなんて……。

 でも……。


「まだ出会って数日だけど……俺はミレイユの事も、スラリンの事も好きになった。信じられる、そんな奴らだと思ってる。だからもし、それで俺が死んだとしたら……俺の目が間違ってたってだけだ」


 ミツルギ様、素敵ですねぇ~。

 もう惚れちゃいそうですよぉ~。

 ふふ、これは少し……本気をだして落としちゃいましょうかねぇ。

 ミツルギ様が、こちらの世界に残りたいと、本気で想って貰えるように……。

 そうすれば、ミレイユ様も自由に動けるようになりますし……。

 今もHPが減って苦しいのに、ミツルギ様に自由にして貰うために、やせ我慢していますからねぇ。


 スラリンは城の至る所に、自分の一部を潜ませている。

 それは液状であったり、影であったり。

 本体はミレイユと共に有るが、その存在はどこにでも居るのだ。

 くすくすと微笑みながら、照矢とユキを見守っているのだった。


☆☆☆☆☆

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