第10話 魔王と御剣の妹

 兄ちゃんが、帰ってこなかった。

 その日も、何の変哲もない一日だった。

 学校に行って、放課後に友達と馬鹿やって。

 皆と別れてから、家に帰ってテレビをつけて。

 スマホのLI○Eグループで、友達が絶えず話しているのに、時々入って。

 ドラマの話で盛り上がったり。

 でもそこにいつもなら、兄ちゃんからの、なんの面白味も無いメッセージが届くのに……昨日は、届かなかった。


「兄ちゃん……なんでだよ。なんで帰ってこないんだよ馬鹿兄ぃ……」


 私は、ご飯も食べずに泣いていた、心が。

 お腹すいてたし、お菓子で済ませた。

 いつも、しょうがないなって顔で、ご飯の準備や家の掃除、洗濯をしてくれてた兄ちゃん。

 兄ちゃんが帰ってこないから、家がゴミだらけだ。

 うん、私が散らかしてるだけなんだけど。


「あンの馬鹿兄ぃ……可愛い妹を置いて、何フラフラ出歩いてやがるっ!こうなったら、私の連絡網使って絶対みっけてやる!女のとこにいるようだったら、私の綺麗さ見せつけて自信なくさせてやンよ!」


 そう思って、友達や友達の友達、知り合いに至るまで、色んな手段を使って兄ちゃんを捜索した。

 Twit○erで探し人のお知らせを流したり、それはもう徹底的に。

 けど、流れてくる情報は、知らない、見ていない、友達になりませんか?

 とかいうのだった。最後はおとといきやがれ。

 ただ、その中で、兄ちゃんと同じ学校に通っているという人から、気になる情報がまいこんだ。

 なんでも、いつも通り野球部に混じって(毎回何やってるんだよ兄ちゃんは)野球をしていたら、突然兄ちゃんの体が光ったそうだ。

 また私をからかう嘘かよと舌打ちをしていたら、嘘じゃないと必死で言ってきた。

 私と関わりを持ちたくて必死に言い寄ってきている、とは違う気がした。

 Twit○erで公表しながら会話してたので、それを見かけた他の人が話しかけてきた。


"あ、それ私も見ました。御剣先輩の新しい手品かなって、皆で笑ってました"


 なにしてンの馬鹿兄ぃ!?

 身内の恥を晒してンじゃねぇぞ!?

 自分の事は棚に上げて、兄ちゃんをディスる。

 帰ったら説教してやンからな。

 そう思って見ていたら、更に動画を撮ってたって奴が出てきて、それを上げてくれる。

 私はその動画を食い入るように見た。

 確かに、兄ちゃんだ。


「捉えたぞ重雄っ!」


 そう言って、バッドを振り当てる。

 球は遠くへと飛んでいく。

 うん、流石は私の兄ちゃんだ!

 そう思って見ていたら、突然兄ちゃんの体が光りだす。

 なンだぁ!?


「来るなっ!巻き込まれるぞ!!」


 私はその言葉を聞いて、ピンと来た。

 異世界召喚か!?

 そう思って期待した目で見ていると、光は収まっていった。

 そこには呆けたツラの馬鹿兄が立っていただけだった。

 私は吹きだして笑いを我慢できなかった。

 だって、じゃーな!って言ったよあの馬鹿兄!

 言って、そのまま居るってなンだよ!?

 馬鹿にも限度があンだろ!?

 ひとしきり笑った後、Twit○erの情報をくれた人達に礼を言って、閉じる。

 案の定、これから会わない?みたいなダイレクトメッセージが来たけど、無視だ。

 私は自分の容姿に自信があるから、Twit○erの自アイコンは友達とのプリ○ラにしてる。

 だからか、よく連絡が来る。

 出会い中は死ンどけよ。


 気を取り直して、考える。

 あの光。

 あれは絶対、兄ちゃんが使った手品なんかじゃーない。

 ラノベで色々読んだ、異世界召喚だ、間違いない。

 聞いただけなら、馬鹿か?頭ン中に虫でも湧いてンじゃねぇの?って笑っただろう。

 けど、実際に見たなら、疑いようがない。

 兄ちゃんは、私を楽しませる為に色んな事をしてくれた。

 だけど、あんな事を一度もした事は無い。

 ずっと兄ちゃんと二人で生きてきたから、分かる。

 兄ちゃんは、女が出来たからって、家に帰ってこないような奴じゃない。

 そんな事、私が一番分かってンだ。

 父さんが過労で亡くなって、母さんも後を追うように亡くなって。

 兄妹二人で生きてきた。

 両親共に高額な保険に入っていた事が幸いして、私達は生活に苦労はしていない。

 別々のアパートで暮らす事もできたが、私が兄ちゃんを引き留めた。

 兄ちゃんは渋ったけど、私が一人で生活してくのを不安に思ったのか、折れてくれた。

 計算通り。

 私は容姿が良い。

 だから、昔から色んな野郎に声を掛けられた。

 私だって、最初からこんなチャラチャラしたカッコでいたわけじゃない。

 でも、絡んでくる奴は皆、大人しそうだと見ると、手を出してくる。

 中学生の時なんて、レ○プされかけた。

 でも、いつも兄ちゃんが助けてくれた。


「うちの妹に何やってんだこの糞ガキがぁっ!!」


「ぐぅあっ!?」


 私に襲い掛かろうとしていた男を、兄ちゃんが蹴り飛ばした。

 その後、どこから持ってきていたのか、縄でそいつを縛り上げ、110番通報してくれて。


「大丈夫だったか玲於奈(れおな)、兄ちゃんが来たから、もう大丈夫だからな!」


 そう言って笑ってくれた兄ちゃんに、私は抱きついて泣いた。

 もう、容姿で兄ちゃんに迷惑をかけたくない。

 だから私は、雑誌を見て舐められない姿になる事にした。

 メイクも勉強して、髪も染めた。

 それを見た兄ちゃんは驚いた顔をしたけど……


「玲於奈、今どきの女子高生みたいだなっ!」


 なんて笑って言ってくれたので、私も笑顔になった。


「兄ちゃん、私これで舐められないよね?」


「うん?玲於奈は玲於奈だろ?どんなになっても、俺の大事な妹だよ」


 私は、そんな兄ちゃんが大好きだった。

 誰にも、渡さない。

 兄ちゃんは、私だけのもンだ!

 今日は土曜日で休み。

 兄ちゃんを探しに行く為に、家を出る。

 もし異世界に召喚されてるなら、何か痕跡があるかもしれない、そう思って。

 だけどまさか、私まで召喚される事になるなんて、この時の私は想像もしていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る