第9話 魔王と寝る

 案内された部屋は、最初に通されたピンク色の部屋だった。


「なぁ、もしかしてここって、ミレイユの部屋なのか?」


「そうじゃが?」


 何を当たり前の事をって感じで返事をされた。

 一番最初から自分の部屋へ通したんかいっ!

 風呂もそうだったけど、ミレイユはなんとも思わないんだろうか?

 良く知らない男を自分の部屋へ通したり、ふ、風呂に一緒に入ったり……。

 それとも、この世界ではこれが普通なんだろうか……だとすれば、郷に入れば郷に従え、というし……俺の行動は逆に失礼なんじゃないだろうか……?

 で、でも無理だよ!綺麗な人の裸を見たら、顔が熱くなるし……あそこは風呂だったから、まだなんともなかったけど……普段だったら、下半身に血が集まってるよ!健全な男子高校生舐めんな!

 と一人で葛藤してたら、スラリンが食事を運んできてくれた。

 運んできてくれた、んだけど……。


「カロ○ーメイト?」


「「?」」


 二人が首を傾げている。

 だけどこれは、俺もよく知っているというか……長方形のブロックで、栄養を取るのに適したあのカロ○ーメイトにそっくりだった。

 美味しいし(人による)栄養もバランス良く取れるし、何より時間が掛からず手軽。

 忙しない現代社会で、栄養ドリンクと同じくらい人気食品だ。

 異世界にも、そんな波がきてるの!?


「えっとぉ~ミツルギ様?これはカロ○ーメイト?ではなく~、お肉ですよぉ~?」


「肉!?この見た目で肉!?」


 サイコロステーキとでも言うのか!?


「まぁまぁ、食べてみてくださいよぉ~」


 そうスラリンが言うので、手を合わせる。


「そ、それじゃいただきます」


「「?」」


 あれ?二人が何してんの?って感じで見てくる。

 あっ、こっちにはこういう習慣ないのかな?


「えっと、俺のいた世界ではというか、俺の周りでは、の方が正しいのかな。食事の前に手を合わせて、食べれる事、食材や作ってくれた方に感謝するって作法なんだよ。他の意味もあったかもしれないけど……俺が漠然と覚えてるのはそんだけでさ」


「ほぅ、感謝……か。良い作法じゃな、妾達も取り入れるとしよう」


「分かりましたぁ~」


 そうスラリンが言うと、部屋から出て行った。

 え?もしかして魔物達に浸透させるの?

 魔物達が、「いただきます」って言いながら食べるの?

 凄いイメージができあがり、身震いしてしまった。

 そんな事を考えていたら、スラリンが戻ってきた。

 早いな!


「伝えるように言ってきましたミレイユ様~」


「うむ、ご苦労じゃったな」


 スラリンって、もしかして結構立場上なのか?

 魔王の専属メイドみたいな立ち位置みたいだし、そうなのかもしれないな。

 名前詐欺というかなんというか……どうしても雑魚のイメージなんだよな、見た目可愛いんだけど。

 まぁ、俺の中にあるゲームの意識が強いせいだろう、払拭(ふっしょく)せねば。


「では、食べるとするか。いただきます」


「「いただきます」」


 目の前にあるカロ○ーメイトにしか見えない肉を、フォークで少し斬って口に運ぶ。

 口の中に含んだ瞬間、肉汁の旨味が飛び出て、口の中いっぱいに広がっていく。

 な、なんだこれ!?噛むと肉の弾力を感じるのに、舌の上で溶けていく!

 こんな肉があるなんて!?

 どこの食レポだよっ!って自分に突っ込みたくなるが、それくらい美味い!!


「な、なぁスラリン、これもっとないのか!?」


 名前が分からないので、これと言うしかなかった。

 けどスラリンは、口に人差し指を添えて、微笑みながら言った。


「まだ色んな食事を運んできますから、同じのばかり食べるのは勿体ないですよ~?」


 なん、だと!?このレベルの食事が、まだ!?

 俺は目を輝かせて、この肉を食い終わってから待っていた。

 そんな俺を見て、ミレイユは笑いだす。


「くくっ……テリーはよく食べるのじゃな。なら、シェフにはいつもより早く次を出すように伝えねばなるまい」


「畏まりましたぁ~。では、そのように~」


 そう言って、またスラリンが出ていく。

 そうか、基本的にミレイユの言葉を、スラリンが伝える感じなのか。


「ああ、勘違いするでないぞテリー」


「うん?」


「妾は命令は大抵自身で行う。じゃが、今はほれ……妾はテリーと離れると、あれじゃから……」


 なんて、最後の方はごにょごにょとしか聞こえなかったけど、言わんとする事は分かった。


「そうだよな、ごめんな俺のせいで……」


 だから、謝る事にしたのだが、ミレイユはそれに反発してきた。


「何を言うのじゃテリー!それは違うぞ!妾がテリーを勝手に呼んだのじゃ!テリーはむしろ、妾に怒っても良いのじゃぞ!?」


 頬を上気させ、真剣に言ってくれてるのが分かる。

 ミレイユがこうだからかな……俺は、召喚された事に怒りなんて湧いてこなかった。


「怒ってないよ。ミレイユに召喚されてから、今の今まで……俺、楽しかったんだ。だから……怒ってないよ」


 ミレイユに伝わるように、できるだけ落ち着いて言葉を伝える。


「テリー……」


 ミレイユの瞳は、少し潤んでいた。

 優しいミレイユの事だ、きっと気に病んでいたんだろう。

 早めに俺の気持ちを伝えられて良かったと思う。


「もぅ~。ミツルギ様ぁ、ミレイユ様はチョロインなんですからぁ~、あんまりカッコイイ事言ったらダメですよ~?」


 気付けば、スラリンがそこに居た。

 いつ戻ってきたのか、全然気付かなかった。


「誰がチョロインじゃスラリン!?」


「あれぇ~、ミレイユ様チョロインなんて言葉、知ってたんですか~?」


「知らぬが、スラリンが馬鹿にしてる事だけは伝わってきたのじゃ!!」


「そんなぁ~、私がミレイユ様を馬鹿にするなんて、ありえませんよぉ~」


 なんてぎゃいぎゃいと言いあっているミレイユとスラリン。

 俺はまだ、この世界に来て1日目だというのに、もうこの二人の事が好きになっていた。

 恋愛感情ってわけじゃない、と思う。

 だけど、二人を見ていたら、自然と笑みが零れるんだ。


「ははっ。ははは!」


 そんな俺を見て、言い合っていた二人がきょとんした顔で俺を見た後、二人とも笑顔になってくれて。

 ああ、良いなぁこういうのって思ったんだ。

 それから、スラリンが運んでくる食事のフルコースを堪能して、腹が満たされた俺は質問する事にした。


「えっと、俺ってどこで寝れば良いの?流石にミレイユの部屋でって事はないよな?」


 と聞いたら、また二人が何言ってるんだこいつって顔で見てきた。

 俺なんか変な事言った!?


「あのですねぇ、ミツルギ様~。ミレイユ様はぁ、ミツルギ様が近くに居ないと、HPが減っていくんですよぉ?」


 あ、忘れてた!風呂と食事でおもいっきりど忘れしてた!


「そんなミレイユ様に、一人で寝ろだなんて~、ミツルギ様は鬼畜ですねぇ~。段々と弱っていくミレイユ様を見て、俺の物になるなら近くにいてやるぜ?とか言って~、脅すんですねぇ~?」


「そうなのかテリー!?見損なったぞ!?」


「違ーう!?スラリン、なんかのドラマの見すぎだぞ!?」


「てへぺろ」


 おのれスラリン、可愛いから許そう。


「ってもさ、一つの部屋で俺とミレイユが寝るのって、やっぱ不味くないか?」


 普通に考えて、男と女が同じ部屋で寝泊まりするとか、あれだろ……。


「何を言うておる。スラリンも居るぞ?」


「はい~。私はミレイユ様の枕ですからぁ」


 そうだった。最初にそう説明受けたじゃないか。

 って、それはつまり、ミレイユとスラリンとも一緒に寝るわけで、状況悪化してるだろ!?

 いやまぁ、ミレイユが安全という意味では、良いんだけど!

 でも俺も健全な男子高校生なわけで!近くで美女が寝てて興奮して眠れるわけ……!


 とか思っていた時が俺にもありました。

 スラリンの枕が、異様に気持ち良くて、隣にミレイユが寝ているとか何も考えられずに、眠りに落ちていた。


「んん~!良く寝た!今日も絶好調だな俺!」


 起きてすぐに体を伸ばす。

 体調に変な所は無い。

 今日もいたって健康だ。

 頭の上に伸ばしていた手を、下におろす。


 ふにっ


 なんか、柔らかい物に触れた。


 ふにっ ふにっ


 こ、これはまさか……!

 ラッキースケベと言う名の、あれではっ!?


「うぅん……」


 すぐ傍で、ミレイユの寝言が聞こえる。

 ドキドキしながら横を見る。

 俺の手は、枕のスラリンを掴んでいた。


「ですよねぇ!!」


 知ってた!俺にラッキースケベはないんだと!!

 とりあえず叫んでしまった自分の口を塞ぎ、この大きなダブルベッドから降りる。

 テーブルの近くにある椅子に腰かけていると、メイド服を着た人が音を立てずに入ってきた。

 だ、誰!?


「失礼致します、御剣照り焼き様。ワタクシ、冥途長をしておりますハバラと申します。以後、お見知りおきを」


 なんて、綺麗なお辞儀をしてくれるハバラさん。

 それより、俺は聞き逃せない単語について言う。


「ハバラさん、俺の名前は御剣 照矢だから。断じて照り焼きではないから」


「そう、なのですか?失礼を致しました、照り焼き様」


 ……。こいつ、もしかして。


「ユキだろ、お前」


 そう言ったら、変身が解けてユキの姿に戻った。


「フン、照り焼きのくせにミレイユお姉様と一緒に寝るなんて、万死に値するんだ!けど、事情は聞いてるから、それに対してオレがどうこうする事はないけど……でも、理解できる事と、許容できる事は別問題だ!」 


 ああ、それはそうだろうな。

 仕方のない事、と理解はできる。

 でも、心までは抑えきれない、それは分かる。

 俺だって、そんな経験はしてきた。

 特にこいつは、ミレイユの事が大好きみたいだからな。

 そこに、俺みたいな男が突然やってきて、一緒に居る。

 逆の立場なら、俺だって許せないだろう。


「すまないな、ユキ。信じて貰えるか分からないけど……俺は絶対にミレイユに悪い事はしない。約束する」


 そう心を込めて、ユキの目を見て言った。

 信じてくれなくてもいい、俺がそう決めた事を、伝えたいと思った。

 するとユキの顔が、みるみると赤くなっていく。

 あ、あれ?どうしたんだ?


「~っ!?ふ、フン!それはこれからの照り焼きを見て判断する!ここで騒いだら、ミレイユお姉様の邪魔になるし……寝顔だけ見たら、今はこれで退散するけど……また後で来るからな!」


 ユキは顔を真っ赤にして、それでもちゃんとミレイユの寝顔は見てから、部屋を静かに出て行った。

 そんな態度を見て、俺はどこか、妹を連想していた。

 一日帰らなかったけど……心配掛けてるよな。

 連絡する手段とか、あればなぁ……。

 ミレイユが起きてくるまで、のんびりと待ちながら、そんな事を考えているのだった。

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