第5話 魔王の妹は弟1

「ミレイユ!!」


 慌てて駆け寄る俺とスラリン。

 トイレから戻ったら、ミレイユが地面に横たわっていたからだ。


「大丈夫かミレイユ!?くそっ、俺を召喚してるからなんだよな!?どうしたら良いんだよ……!」


 俺は慌ててミレイユを抱き寄せる。


「ああ、戻ったかテリー。安心せよ、HPの消費を抑えておっただけじゃ。というかスラリン、話したのじゃな?」


「はい~、ミツルギ様の人格を知ってぇ、話しても問題ないと思いましてぇ~」


「そうか、スラリンがそう認めたか。うむ、流石は妾が召喚した勇者じゃな!」


 苦しそうにそう言うミレイユに、俺は顔が強張る。

 ミレイユの経験値の事は、言うわけにはいかない。

 だから慎重に言葉を選ぶ。


「なぁミレイユ……俺を召喚していても、HPが減らないようにする方法は、ないのか?」


 そう、スラリンから話を聞いて、解決する方法は二つ思いついた。

 一つは、ミレイユのレベルを上げて、減りを感じないようにさせること。

 その為には、ミレイユに掛かっている呪いを解かなければらない。

 そしてもう一つは、俺を召喚する事でHPを消費している状態を、なんとかできないかと思ったのだ。

 先程まで元気だったミレイユが、今は苦しそうにしている。

 そんな姿を見て、悠長に呪いを解く時間を掛けていられない、そう思った。


「あるには、ある。じゃがそれは、できぬ」


「あるのかっ!?なんでできないんだよ!?」


 今も苦しそうにしているミレイユに、少し大きな声で言ってしまって後悔する。

 でも、それくらい、見ていられなかった。

 俺の父親も、そうだった。

 苦しい時でも、俺に心配をかけないように……気丈に振る舞っていた。

 あの時、無理をしないで休んでいれば……助かったのに。

 俺は昔を思い出す頭を振り払う。

 今度は、あんな想いをしたくない。

 それが例え、今日出会ったばかりの奴でも。


「……テリー、お主は元の世界に、帰りたいじゃろう?」


「!?」


「じゃから、できぬ。妾が召喚の代償を支払わぬという事は、元の世界との繋がりを絶つという事。それは、もう元の世界に戻してやれぬという事なのじゃ……」


 俺は、頭を鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた。

 ミレイユは、俺の事を考えていてくれたんだ。

 自分の事を助けてほしいのに、俺の事まで考えて……!


「すまぬな……勝手に呼んで、手前勝手に守れと命じて……そんなテリーに妾はこんな事しかできぬ。じゃが、絶対に元の世界にテリーを帰すと……それだけは約束する。じゃから……できぬ」


 俺は、なんて言ったら良いんだ。

 これが、魔王?

 こんな優しい奴が、なんで命を狙われるんだよ!?


「ミツルギ様……」


 スラリンが、心配そうな表情で俺を見てくる。

 スラリンだってそうだ、話してみたら、主想いの良い奴だ。

 くそっ……俺が勇者だっていうなら、守りたいと思った奴を、守らせてくれよ!

 そう強く願ったその時、俺の体が輝き始める。


「な、なんだ!?」


「これは……!テリー、新たな『スキル』に目覚めたのか!?」


 新たな、『スキル』!?


「ミツルギ様、失礼します!『鑑定』!……これはっ!?」


「ど、どうしたんだスラリン!?」


 俺のステータスを見たスラリンが驚いているので、少し不安になる。

 だけど、俺の不安は杞憂だった。


「ふふっ……もぅ、ミツルギ様はぁ~」


 なんて、スラリンがすぐに微笑んだからだ。


「スラリン、スキル欄を見たのじゃろう?さっさと言わぬか。まぁ、大体分かるがな。妾のHPが回復しておるでな」


 え!?

 そういえば、ミレイユの顔色が戻っている。

 先程まで苦しそうにしていた表情が、今は最初に出会った時のように、しっかりとしている。


「はい~。ミツルギ様は、『パッシヴスキル』で、『慈愛の心リジェネレーション』を覚えていらっしゃいます。これは、ミツルギ様の範囲10m以内の、ミツルギ様が味方と認識している者のHPを回復する超稀少『パッシヴスキル』ですね~』


 はい?慈愛の、なんだって!?

 なんだその女の子が習得しそうな『パッシヴスキル』!!

 やめて、なんか恥ずかしいから!


「まったく、テリー……お主、どこまで優しい奴なんじゃ?その『パッシヴスキル』は本来、聖女の持つものじゃぞ?」


 やっぱりぃ!?

 なんで俺にそんな『パッシヴスキル』が目覚めてんの!?

 いや今回は助かったけどね!?

 それでも、は、恥ずかしいぃぃぃっ!!


「ともかく、これから妾はテリーと一緒に居れば、HPが減らぬ。やったなテリー、お主と妾は赤い糸で結ばれておるぞ?」


 なんて笑って言うミレイユに、俺もつられて笑ってしまった。

 そうだな、名前は恥ずかしいけど……その効果は絶大だ。

 なにより、ミレイユが苦しまなくて良い。

 なら良いさ。

 そんな風に考えていたら、奥の方から声が聞こえる。

 なんだ?ミレイユを呼ぶ声?

 その声はだんだんと近くなり、すぐ傍で聞こえ……


「ミレイユ姉様ミレイユ姉様ミレイユお姉様ぁぁぁぁっ!!」


 ドスゥッ!!


「ぐほぉっ!?」


 走ってきた幼児体型のお子様に、俺は跳ね飛ばされた。


「ミツルギ様~!?」


 ガン!!ドサァッ


 壁にぶつかり、地面に転がる俺。

 な、なんなんだ……!?


「ミレイユお姉様、ご無事ですか!?あの肉食獣に襲われていませんか!?今オレが退治しますから、ご安心を!!」


「待て待てユキ。ソレは妾が召喚した勇者じゃ、手荒な真似をするでない」


「えぇぇぇ……アレがぁぁぁぁ……?」


 なんて、羽虫を見るような視線を向けてくる。

 ゾクゾクッ……!

 あれ、なんか背中を変な衝撃が駆け抜ける。

 妖艶な美女に抱きついた、イケメン幼児に蔑まれるってどんな状況なのこれ!

 ミレイユがユキと呼ばれた幼児と離れ、俺の元に歩いてくる。


「ほれ、立てるかテリー。すまぬな、こ奴は力加減というものを知らぬ故、許してやってほしい」


 そう言って、手を差し出してくるミレイユ。

 俺はその手をとって、立ち上がる。


「ミレイユお姉様が、下等生物に手を!?」


 なんか滅茶苦茶な事を言われている気がする。


「紹介しようテリー。妾のいも……弟のユキじゃ」


「芋弟ってなんだ?」


「言葉の揚げ足を取るでない」


「ミレイユお姉様になんて口の聞き方をするんだ!この下等生物がー!!」


 紹介を受けたばかりだが、ユキが俺に向かって飛び蹴りを放ってくる。

 さっきは突然の事で避けられなかったが、今度は視えている。

 ひょいっと体をずらして、避けた。


「なにぃっ!?にょわー!!」


 ドガァァァァン!!


 凄まじい音を立てて、壁が壊れる。

 おい、あんな威力が命中してたら、俺の体も木端微塵だったんじゃないのか。


「なぁスラリン、いきなり攻撃をしてきた奴に、『鑑定』するのは良いよな?」


 礼儀も何もだろ?とスラリンに聞いたら、苦笑しながらそうですね~と返ってきたので、了承と受け取る。


「『鑑定』」



ユキ♀(10歳)


人工生命体(ホムンクルス)

Lv.52

HP    84344/90210

MP    0/0

こうげき力 654320

しゅび力  12677

ちから   654320

まりょく  0

たいりょく 12677

すばやさ  22222

きようさ  532

みりょく  680



 ちょ!こうげき力おかしくない!?

 きようさ低くてこうげき力がずば抜けて高いって、ボスト○ールかお前は!?

 ステータスにも驚いたけど、一番引っかかった所はそこじゃない。

 いやそこも凄い驚くんだけど。

 ユキ♀。

 ♀。

 メスゥゥゥゥゥッ!?


「おいミレイユ、そいつ今弟だって言ったよな?」


「う、うむ。正確には、弟の役をしておる」


「どういうことだよ……」


「その、ユキは先代の魔王が創りだしたホムンクルスでな。妾が目覚めてから、一緒に居る事が多かったのじゃが……妾がふと、弟が欲しいと零した事があってじゃな……それなら、自分が成ると言ってじゃな……」


 視線をあさっての方向に向けながら、そう言うミレイユ。

 成程なぁ……だから、男の格好をしているのか。

 いわゆる男の娘……あれ、それは男が女の格好をしてるんだっけ。

 そこら辺は詳しくないから分からん、妹はそういうの好きだったから、詳しそうなんだけどな。

 あいつ、飯ちゃんと食えるだろうな……?まぁ今のご時世、コンビニやスーパーに行けばレトルトもなんでも買えるし、カードは渡してるから大丈夫……だよな。


「なぁミレイユ、そういや俺が召喚されるの、もしかして二度目で成功したんじゃないか?」


「な、何故それを!?」


 ミレイユが驚いてるけど、だってなぁ。


「体がいきなり光に包まれて、これは飛ばされる!って思ったのに、何も起こらなかったんだよ最初」


「オレが邪魔したからな!なのにミレイユお姉様、オレが少し離れている間に、こんな下等生物を召喚なさるなんて……!」


「ユキ、何度も言うたじゃろう。今の妾では、勇者達から身を守る事ができぬ。だから、勇者に助けてもらうのじゃと」


「この下等生物にぃ……?」


 あらやだ、また羽虫を見るような目で見られる。

 さっきは男だと思っていたからあれだけど、女の子と分かったから、悪くない……!

 いや待て、何を考えているんだ俺は!

 あんな子供に蔑まれるとか、屈辱の極みなはずだろ!

 というか、こいつ作られた美貌だからか?凄い綺麗な顔をしている。


「こんな奴に頼らなくても、オレがミレイユお姉様を守りますよ!!」


「ユキ、その気持ちは嬉しいがな……無理なのじゃ。勇者には特別な『スキル』がある。この世界には存在しない、『スキル』がな。それに対抗できるのは、本来の力を行使できる妾か……同じ勇者しかおらぬ」


 そうはっきりと言うミレイユに、ユキは涙を流した。


「っ!!オレ、ミレイユお姉様を守りたい……こんな下等生物に、ミレイユお姉様は絶対渡さない……!おいお前!」


「な、なんだよ」


「名を名乗れ!オレはミレイユお姉様の忠実なる配下で弟のユキだ!」


「俺は御剣 照矢だ」


「御剣、照り焼きだな!光栄に思え、オレがその名を覚えてやる!もちろん敵としてなっ!」


 そう言って、走って行った。

 照り焼き、か。

 俺の妹にも、そう何度もからかわれた。

 はは、懐かしいナァ。

 ……。


「待てやコラァッ!!その呼び名だけはぜってぇ許さねぇかんなぁ!!俺は照矢で、照り焼きじゃねぇんだよぉぉぉぉ!!」


 俺はユキに訂正させるべく、追いかける。

 くそっすばやさに差がありすぎる!

 だんだんと離れていくユキに、俺は自分のすばやさの無さを嘆くのだった。


「ミレイユ様、楽しそうですね~?」


「ああ。テリーがユキを見ても、嫌な顔をしなかったのが嬉しくてな」


「そうですねぇ~。先代の魔王様がお創りになられただけあって、凄い性格をしていますものねぇ~」


「そうじゃな。それに、人工生命体……神をも恐れぬ所業じゃ。それを目の当たりにしても、あ奴は態度を変えなんだ。良い奴を、引けたようじゃな」


「はい~」


 なんて二人が会話しているのを、俺は聞こえてはいなかった。

 畜生、見失った!

 あの野郎、いや野郎じゃないけど、覚えとけよっ!!

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