第231話 虹色の閃光

 

 自身の身体に戻ったデルフは思いのほか落ち着いていた。


 慣れたわけではない。

 心の奥底にしまったわけでもない。


 ただ、この気持ちを受け入れ共に生きることにしただけだ。


「……ルー、頼む」


 小さな呟きに気が付いたルーはやっと出番かと言いたげに飛び出して黒の刀身の小刀に変化した。


 小刀のルーを掴み構え黒の誘いが宿る。


 それを見たファーストも魔力を跳ね上げた。


 ファーストの身体を中心に立ち上っていく底を知らない魔力の渦。


 それも束の間、その強大な魔力は一瞬にして消失した。

 いや、違う。


 一見すると失ったように見えたがファーストの両手に先程の比にはならないほどの輝きを宿していた。


 その輝きは虹を彷彿させる様々な色に変化している。


「凄まじい魔力だ」


 ファーストはその拳を振りかぶりその場からデルフに向けて放った。

 拳から飛んできた光線とも呼べる魔力の塊がデルフの真横を通り過ぎた。


 その凄まじい風圧でデルフの長い髪が靡く。


 デルフの視力でも捉えきれないほどの速度。


 威力にしても運良く外してくれたが直撃すれば腕の一本や二本、下手すれば存在自体の消滅もあり得る攻撃だ。


 しかし、今まで正確無比のファーストが狙いを外したことに疑問が生じる。

 推測するにどうやらファーストも集約させた自身の魔力の制御が難しいようだ。


(だが、カリーナならこの一発で慣れたはず。もう外してくれる過度な期待はしてはいけないな)


 デルフはすぐさま地面を蹴ってファーストとの距離を詰める。


 その際にファーストは再び拳を振るい魔力を放ってきた。

 だが、デルフは走りながらその高密度の魔力を黒の誘いを宿した小刀で切断する。


『デルフ、気が付いていると思うがこの魔力弾よりも拳の直撃だけは何としても受けてはならんぞ』

(ああ、分かっている)


 距離を詰め間合いに入ったデルフは小刀を素早く振る。

 それをファーストは腕を上げて軽く受け止め反撃に蹴りを放ってきた。


 同じくデルフも蹴りを繰り出し両者の足が交差する。

 蹴りが衝突し合う鈍い音の衝撃が周囲に響く。


 それから絶え間なくお互いの拳と足が飛び交い両者一歩も譲らない攻防戦が繰り広げられた。


 だが、着実にデルフの黒の誘いがファーストの魔力を削っていく。


(黒の誘いを防いでいると言ってもそれは魔力を切り離すことによって。だが、それは根本的な解決にならない)


 黒に冒された魔力を切り離す時間を与えなければ徐々に侵食が進んでいく。

 時間がないファーストはさらに魔力の出力を上げ侵食をなんとか防いでいる。


 例えるなら火が消えないように薪を次々とくべている状態だ。

 だが、薪をいくら用意しても当然個数に限りがあるように無尽蔵に思える魔力も限界はある。


 時間が経てばデルフの勝利に約束されている。

 しかし、それはデルフの体力が持てばの話でもあった。


「はぁはぁ……」


 ファーストには未だデルフの攻撃がまともに入っていない。

 逆にファーストの攻撃はデルフに積み重なっている。


 防いだとしても身体を痺れさせる衝撃から続く鈍痛は次第にデルフの動きを鈍くさせる。


「まだ、なくならないのか!」

『考えていたよりもカリーナの魔力が大きい!』

「なら、もっと上げればいいだけだ!」


 デルフは許容量の限界まで黒の瘴気を出現させる。


『デルフ! これ以上は!』


 リラルスの言葉と同時に殴られた痛みとはまた別の痛みが内側から出現し身体中を駆け抜ける。


「がっ……」


 その痛みには流石のデルフも一瞬動きを止めてしまった。


『デルフ! 前じゃ!』


 痛みで朦朧とするデルフが前を向くと虹色に輝く拳をファーストが振り抜いていた瞬間だった。


 即座に義手をファーストの拳の軌道に持ってくる。


 だが、ファーストの普通の拳にも耐えられなかった義手が盾となるはずがない。

 案の定、義手を突き抜けデルフの右胸に直撃した。


「がっ……」


 壁に衝突し喉の奥から濁流のような黒い血が溢れ出る。


 だが、それよりも酷いのは直撃した右胸とその周囲だ。

 広がった衝撃の波によって肋骨は砕け右胸にはくっきりと握りこぶしの形が残っていた。


 貫かれなかったことが不思議なくらいだ。

 だが、そんな重傷を負ったにもかかわらずデルフはすぐに立ち上がった。


『!? デルフ……』


 リラルスはその傷はいつの間にか消えていたことに気が付く。


『ッ……デルフ』

「大丈夫だ」


 そう小さく重く呟くとデルフは豪速でファーストとの距離を詰める。


 ファーストはあれほどの大技を放ったというのに魔力はまだ衰えていない。

 そして、黒の誘いに冒された魔力を切り離して飛び上がった。


 デルフもそれを追いかけて飛び上がる。


 飛び上がったファーストは地上から三階分ほどはある高い天井の近くまで来ると下から迫ってくるデルフを視界に入れると両手を振りかざした。


 すると、その両手の掌の上に自身の全てと思えるほど膨大な魔力を凝縮させデルフを軽く飲み込むほどの虹色に輝く魔力の球体を作りだした。


「!!」


 飲み込まれれば何一つ残らない程の魔力がその球体の中を渦巻いている。

 そして、ファーストはその大玉をデルフに放り投げた。


「ルー、踏ん張ってくれ!」


 デルフは全身に溢れる黒の瘴気を小刀となったルーに集中させる。

 すると、ルーの刀身に脈のような紫の線がいくつも浮かび上がり点滅を始めた。


「“羅刹一突らせついっとつ”!!」


 デルフは向かってくる大玉に向かって渾身のカリーナから授かった技を持って受けて立つ。


 そして、小刀の切っ先が大玉にぶつかった。

 途轍もない質量が小刀から腕に感じ押し返されそうになるがデルフは力を入れ続け踏ん張る。


「くっ……」


 一瞬、デルフの力が緩む。

 だが、それも束の間でデルフの目は大きく見開いた。


 それとともに強大な力が左腕に集約する。


「おおおおおおおおおお!!」


 もはや顔の寸前まで迫っていた大玉を押し返し始め完全に腕を伸ばしきったとき大玉は弾けて消失した。


『いけ! デルフ!』


 デルフは大玉を壊した勢いのままファーストの心臓部にさらに伸ばす。


 だが、ファーストの左胸に小刀が触れたときまたも壁にぶつかったような衝撃が左腕に走った。


「まだ残っているのか!?」


 ファーストは左胸に残ったなけなしの魔力で膜を作っていたのだ。

 しかし、壁のように感じたが厚さはもはやガラスと言った方が正しい。


 魔力が残っていたことには驚いたがこの程度の膜ならば恐れる必要はない。

 デルフは柄をさらに力強く握りしめ小刀を全力で押す。


 すると、パリンと言う音を立てて砕け散るファーストの魔力。


 デルフはそのまま左胸に腕を伸ばすがふとファーストの、カリーナの顔が目に入った。


 変わらず虚ろな瞳だが見た目はデルフが良く知っているカリーナの姿をそのまま成長した姿だ。


 覚悟を決めたはずのデルフの脳内にかつての、カルスト村で暮らしていた遠い記憶が蘇る。


「ッ……!!」


 その記憶の中にあったカリーナの笑顔が浮かぶとデルフの瞳が揺らいでしまった。


 覚悟を決めたとしてもいざそれを前にしてしまうと揺らぐのも無理はない。

 それも親友の命では仕方がない。


 それでもデルフは自分では気付かず涙を零しがらも震える腕を一気に伸ばす。

 しかし、速度が足りなかった。


『不味い!』


 ファーストは身を逸らして躱しデルフの頭を両手で掴む。

 そして、頭を大きく引き豪速でデルフの頭に頭突きをする。


「がっ……」


 どんっと鈍い響きとともに脳を揺さぶられデルフの視界は真っ白に染まった。

 だがそれも束の間、デルフの意識は真っ黒の空間に誘われた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る