第230話 揺れる覚悟
「……どうなっているんだ」
砕け散ったはずのウェルムの支配が変わらずにファーストに取り憑いていた。
それを見て混乱し言葉を失っていたデルフがようやく絞り出した言葉はこれだった。
「……なぜ支配が解けないんだ」
ただ、リラルスは一つの可能性について辿り着いていた。
『デルフ、心してよく聞け。……私は同じような魔法を知っている。いや、実際に受けたことがある』
(!?)
『私の記憶を見たお前なら覚えがあるじゃろう。“
それを聞いてデルフも思い出しリラルスの言葉の続きを呟く。
(……一度受けると永遠に解けることはない)
ウェルムの魔法である“精神支配”は一度発動してしまえば後は放置しても効果が続く。
その理由は発動後、術を保ち続けるための魔力は魔法を受けた者の魔力が使われるためだ。
(だけど、リラ。あのときお前は破壊できたはずだ)
『確かに、根本を破壊さえすればいくら永遠に続くとしても途絶える』
(なら!)
リラルスは口籠もるがそれは理由が分からないからではない。
ただ、口に出しづらいのだ。
だが、ここで告げないという選択肢をリラルスは選ばない。
選ぶことはできない。
言わなければデルフはあるはずのない他の方法を探し続けるだろう。
そんな時間をかける暇はもうない。
残酷かもしれないがリラルスはデルフに止めの一撃とも言える言葉を口に出す。
『デルフ、奴の魔法はカリーナの、心臓に宿っている』
「!?」
デルフはその言葉を聞いて瞳が揺らぐ。
リラルスの言葉の意味。
それは“精神支配”の発生源がファーストの心臓だということだ。
つまり、ファーストの心臓を破壊しない限りウェルムの支配から抜けることはできない。
「だけど……それって」
心臓を失うと人は死ぬ。
当然の事実がデルフの頭に浮かぶ。
『……お前が思うとおりじゃ。ちっ、“
リラルスはウェルムがサムグロ王と呼ばれていた大昔の時に言った言葉を思い出して歯軋りする。
支配できないことからリラルスを失敗作と称しファーストを成功作と言った。
ウェルムの研究は単なる天人を作り出すことではなく、自分の駒となる天人を作り出すことにある。
それを可能とするのが“真なる心臓”だ。
ここまではお喋りなウェルムが自ら言っていた。
つまり、真なる心臓とは黒血を作りだし天人と進化させ制御するために“精神支配”を組み込んでいる。
もはや真なる心臓自体が“精神支配”その物だと言っても過言ではない。
心臓に宿る“精神支配”を壊したところでその魔法を作りだしているのはその心臓なのだ。
もし、支配を抜け出す事があってもそれは心臓が破壊されたとき。
すなわち死だ。
その事実に辿り着き痛みを感じるほどの鼓動に呼吸を激しく乱していたデルフだがふとあることを思い出した。
デルフは最後の希望と言える輝きに瞳に色が戻る。
(リラ! ヨソラのときは支配を壊せたはずだ! あのときのようにできないのか!?)
だが、それの希望は一瞬にして打ち砕かれる。
そのことについては当然リラルスも重々承知していた。
むしろ、ヨソラを助けたときと同様の方法をファーストに処方したのだ。
だからこそリラルスは成功したと思い込んでいた。
そして、魔法が再び発動したときには驚きを隠せなかったのだ。
しかし、今は違う。
リラルスはヨソラとファーストの何が違うのか。
それに辿り着いている。
そして、それをデルフに告げることを憚られた。
なぜなら、告げたところで何も変わらないからだ。
それでも事実を突きつけなればデルフは動くことはできないだろう。
リラルスはゆっくりと言い聞かせるように言葉を紡いでいく。
『デルフ……ヨソラとカリーナの違いは時間じゃ。ヨソラは真なる心臓によって天人にされてから間もないが……。カリーナは何年経つ? ……支配が完全に根付いてしまった』
デルフの頭の中に手遅れの文字が浮かぶ。
制限時間を知っていればその時間まで奮闘するがもうゼロになってしまった制限時間を知ったところでできることは何一つない。
強いて言うならば絶望に打ちひしがれるだけだ。
『デルフ!』
だが、その言葉はデルフに届いていない。
ただ、自分の非力さに打ちひしがれている。
『デルフ!』
(本当に……カリーナを殺すしか、ないのか。……!? リラ、これならどうだ!? 先に本当の根源であるウェルムを倒したら支配が解けるはずだ!!)
『ッ……』
痛々しいデルフの様子にリラルスは口詰まる。
ファーストを無視したところで追いかけてくるのは目に見えている。
ウェルムとファーストを同時に相手して、尚且つファーストには手加減をして勝つ可能性は皆無と断言できる。
少し考えれば誰でも分かる、それこそデルフなら尚更。
だが、デルフは本気で言っていた。
リラルスはデルフの目の前に魔力を集め出現した。
そして、間髪入れずデルフの頭に拳を振り下ろす。
それでデルフは正気を取り戻しリラルスに弱々しい目を向ける。
「このままカリーナを見過ごすか、楽にしてやるか。どちらがカリーナのためじゃ」
デルフは決断に迫られる。
答えは分かっているが答えることができない。
答えればそれがカリーナへの裏切りに思えてしまうから。
「……時には楽にしてやることも助けの内じゃ。お前は何のために強くなったのじゃ」
そうしている間にもファーストが新たな動きを見せる。
右腕に纏っている魔力の刃をデルフとの距離が開いているその場で大きく振った。
普通ならば届くはずのない距離。
しかし、ファーストの魔力の刃は向かってくる最中に急に増大し大きく伸び始めた。
魔力の放出の激しさが鋭利さを強調し、もし直撃すればデルフといえども最悪両断されてしまう。
「お前はしばらく休んでおれ」
地面に立つリラルスはその場から消え失せ放心しているデルフの代わりに身体を動かしその場に伏せる。
頭上を魔力の刃が通過しすぐさま体勢を立て直そうとする。
「!?」
だが、視界は既に輝くファーストの足で埋まっていた。
ドンッと顔に衝撃が走り吹っ飛ばされる。
それでもリラルスはすぐにファーストに目を向け吹っ飛ばされた先にある壁に足を乗せて蹴る。
「お返しじゃ」
加速したリラルスはその勢いのままファーストに足蹴をお見舞いする。
球体状の魔力の壁を出す暇も与えない速度を前にファーストは直に受けて地面に転がった。
リラルスは地面に着地しファーストから目を逸らさずに息を吐く。
そのとき、ファーストから受けた蹴りで裂けた額から黒の血が流れ出る。
「この程度で済んでいるのが奇跡じゃな。当たり所が悪ければ首の骨が折れてもおかしくはなかったのう。……デルフには悪いがこれ以上は、手加減はできん」
リラルスが改めて臨戦態勢を取ろうとしたそのとき脳内に声が響く。
『リラ、もう大丈夫だ』
(デルフ、無理することはない。耐えられぬなら私がその重みを引き受けるぞ)
リラルスはデルフの心が壊れてしまうことを危惧したが次のデルフの言葉でその心配が杞憂だと悟る。
『……俺はここで逃げるわけにはいかない。お前が言ってくれた通りカリーナには俺が強くなったところを見てもらわないといけないからな。……だから』
(もう大丈夫のようじゃな。この身体はお前のものじゃ。行ってこい)
そして、すっとデルフの瞳の色が褪せすぐに光を取り戻した。
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