第227話 それぞれの決戦へ

 

 各地で戦端が開かれ佳境に入った頃、デルフたちはデストリーネ王国王都に辿りついていた。


「……」


 デルフは丘の上から無言でその王都の外観を見ていた。


(いざ、前にすると懐かしさがあると思ったが……)


 外から見る久しぶりの王都はデルフが知っている王都とはまるで別物に変わっていた。


 どんと待ち受けるように立つ厳重な壁とかつては木製だった都門は鉄に変わっており並大抵の攻撃はではビクともしない要塞と化していたのだ。


 だが、その割には門番の兵は一人もいない。


「この鉄の門を信頼しているのか、中で待ち構えているのか」

「……だとしても、一番は国民の巻き添えがないようにしないといけません」


 フレイシアが神妙な顔付きで口を開く。


「命を賭ける覚悟ができている兵士や騎士ならまだしも荒事に縁がない民たちを巻き添えにしてしまえばやっていることはお兄様と同じになってしまいます」

「分かりました。もし兵が待ち構えていたならば全力で突っ切って王城にて対処しましょう」


 フレイシアは頷きウラノとナーシャも了解を示す。


 デルフは都門の目の前に立つと軽く右の掌を置いた。


 いくら木から鉄に変えようがそれ以上の硬さの鉱石を使おうがデルフの前では全てが同じだ。


 デルフが手を置いた箇所から全方向に黒の侵食が進みその扉はやがて塵と消えてしまった。


「行くぞ」


 デルフは警戒心を強めて走り出し王都に侵入した。


 だが、入ってすぐデルフ目を細める。


 目の先の大通りには人の気配が一切せずもちろん人の姿もない。

 デルフが知っているかつての賑わいはそこにはなかった。


 少しデルフは戸惑ってしまったがよくよく考えればそれは当然のこと。


 戦時中であり敵に攻められているときに出歩く者がいるとは思えない。

 そもそも洗脳によって動きをコントロールされているためかもしれないが。


 何よりデルフが怪訝に思ったのが先程から警戒していた敵兵が待ち構えていなかったことだ。


(……俺としてこっちの方が好都合だが)


 デルフはフレイシアたちに目配せし警戒を絶やさずに走り始める。

 その最中、変わってしまった王都に寂しさを感じていた。


 デルフに追従して走っているフレイシアも悲しげに周囲を眺めている。


「数年でこうも変わり果てるものですか」


 フレイシアはこの活気のなさは戦時中だからという理由ではないことに気が付いていた。


 城下街の光景から活気どころか生気すらも薄らとしか感じられない。

 それも長期間、もしかするとフレイシアがこの王都を去ってからずっとこの状態かもしれない。


「自国の民を駒としか思っていない。国を民を私物化にするなんて……」


 悲しそうな表情でぎゅっと強く拳を握るフレイシア。

 デルフはそんなフレイシアを見守ることしかできなかった。


 ウラノに関しては先程から王都の光景ではなくこの場から遠くの方に意識を傾けていた。


「ウラノ、どうした?」

「い、いえ。ただ、風を感じたので」

「風? アリルか?」

「……定かではありませんが恐らく」


 こんな遠距離で風を感じると言うことは現地ではもはや全てを吹き飛ばす暴風となっているはず。


 アリルもフレイシアから与えられた任務の最中に強敵と遭遇したのだろう。


「だとしてもアリルなら問題ないだろう」

「そうですね」


 フテイルに滞在している間、アリルと鍛錬を積みその力量を良く知るウラノは自信を込めて頷いた。


 そして、デルフは改めてフレイシアたちに告げる。


「俺たちがここまで辿り着いていることは既にウェルムたちは知っている」


 そもそも奇襲を行うこと自体、あの岩場での待ち伏せされていたことからばれていた。

 もはや、奇襲隊ではなくただの特攻隊となっている。


 ただ、フレイシアまでもが敵の本拠地に特攻を仕掛けていることまでは知らないだろうが。


「ばれているならこそこそする必要はない。全力で突き進む!」


 城門が見え始めたときようやく人の影が目に入った。


 まだ、距離は開いているためウラノたちは見えていないがデルフの瞳には城門の前に立つ天兵クトゥルベンと思わしき二人の騎士が映っている。


 デルフの姿が視界に入った途端、その騎士たちは瞬く間に鎧を突き破り姿を変形させていく。


 身体が引き締まり高密度の筋肉の鎧を全身に纏った。


 どちらも強化型だがその魔力量は平原で戦った者たちよりも上。

 つまり、精鋭である天兵のさらに精鋭の二人なのだろう。


 さらにそんな天兵たちは魔力を微塵も抑えずに放出し続けている。

 放出量からすると極僅かな時間しか戦えないだろう。


 逆を言えばそれほど天兵たちはデルフを強敵と見なし始めから全力で迎え撃とうと油断が一切ない。


 普通ならば天騎十聖の一人であるラングートでもかなり苦戦する相手だがデルフはそんな二人を前にしても眉一つ動かさない。


「……やはり天兵か。ルー」


 デルフの懐からリスの姿であるルーが飛び出して瞬く間に短刀に変化した。

 その短刀を強く握りしめすぐに魔力を込め振った。


「“羅刹斬波らせつざんぱ”!!」


 とても短刀から飛び出した大きさではない黒の斬撃が天兵たちにまとめて襲いかかる。

 天兵たちは腕を交差させて防御の構えを取った。


 そして、斬撃が二人の腕に衝突し次々と切り裂いていく。


 だが、切り裂いた途端から筋繊維が塞ごうと動き出す。

 塞いで切っての繰り返しが続いたが先に斬撃が威力が足りず消え去ってしまった。


「行くぞ!」


 デルフは構わずに短刀を懐にしまい走り出す。

 フレイシアたちもその言葉を疑わずデルフの後に続いた。


 無防備に迫ってくるデルフたちに天兵二人は笑みを見せる。


「一番の脅威と仰っていたが拍子抜けだ! ウェルム様も陛下もこんなやつを警戒するとは!!」

「油断するな!! 全力で行くぞ!」


 天兵二人はデルフの頭に向けて全魔力の籠もった拳を繰り出した。


 だが、天兵たちは一つ間違えていた。


 デルフの攻撃は受け止めるのではなく躱すべきなのだ。

 受け止めた時点で勝負は決まっている。


「油断? もう遅い」


 デルフがポツリと呟くと同時に事は起こる。


 その二人の拳はデルフに当たる寸前で塵となって透かしてしまう。


「な、なんだ!?」

「どうなっている!?」


 突如、消えてしまった自身の腕を見て素っ頓狂な声をあげる二人。


 デルフたちはそんな混乱している天兵たちの横を通り過ぎて拳で城門を破壊する。


 そのとき後ろから恐怖に満ちた絶叫と共に天兵たちの気配が消失するがその頃にはデルフたちは王城に侵入した。


「王都の外観じゃなく王城までも本当に変わってしまっているようだ」


 デルフが知る王城の面影を多少は残っているが柄や装飾、そもそも内部のつくり自体までも変わっていた。


 王城に入ってすぐに目の先に視界を埋め尽くすほどの大きく広い階段はなかったはずだ。


 デルフはこの変化が前王ハイルのときデストリーネを忘れてしまおうとしているように見えた。


 階段を上った後、デルフたちは気配がする方向に走り続ける。


 そこでデルフはフレイシアに目を向けるとフレイシアとナーシャが立ち止まっていた。


 フレイシアに至っては俯いて肩で息をしている。

 それもそのはず今まで走りっぱなしだったフレイシアの体力は限界に近いはずだ。


 いや、それよりもここまで付いて来られたことに驚くべきだ。


 デルフはこんなにもフレイシアの体力があるとは思っていなかった。


「陛下、大丈夫ですか?」

「ええ、皆踏ん張ってくれているのです。こんなところでへばってはいられません」


 垂れる汗を拭うフレイシア。

 王都に入ってからの表情は常に重々しいまま。


「はぁはぁ……デルフ」


 息を整えたフレイシアは顔を上げて真剣な眼差しをデルフに向ける。

 その意味をすぐにデルフは察知した。


「ここから先は分かれて動きましょう。根拠はありませんがお兄様は謁見の間にいると思います」


 フレイシアが向かおうとする方向はウェルムの気配がする方向と真反対だ。


「……分かりました。陛下、お気を付けて」

「デルフも。お互い無事に必ず再会を果たしましょう」


 デルフは微笑み頷きを見せて返事をする。


「はい」


 フレイシアも微笑み名残惜しつつも背を向けた。


「デルフ、本当に気をつけなさいよ。あんた、何か目を離すとすぐに遠いところに行きそうだから」

「ハハ、耳が痛いな。……俺は大丈夫」

「本当に? ウラノちゃん、デルフのこと頼んだわよ」

「はい! それこそ小生の役目ですから!」


 自信満々に胸を張って見せるウラノ。


「姉さん。陛……フレイシア様のことを頼む」

「任せなさい!」


 意気揚々に言うナーシャにデルフは自分の力不足に溜め息がでてしまう。


「本来だったら姉さんも俺が守るべきなんだけどな……」


 デルフは師匠であるリュースの言葉を思い出した。

 ナーシャを頼むという言葉を。


 だが、ナーシャを守るどころかフレイシアを守ってくれと自身の役目を担わせてしまっている事実に自身の力不足を否めない。


「何言ってんのよ。どうせお父さんが言っていたんでしょ」

「ま、まぁそうだけど……」


 図星を突かれて目を丸くするデルフ。


「いい? 今ではあんたの方が強いけど元々私はあなたの師匠(仮)なのよ。自分の身くらい自分で守れるわ。わざわざこんなところまで来てお荷物になるつもりはないのよ」


 ナーシャはどんっとデルフの背中を叩く。


「あんたはあんたしかできないことを突き進みなさい。第一、妹を守るのは姉の役目でもあるのよ」

「ああ、ありがとう。姉さん」

「その代わり必ず勝って戻ってきなさいよ」


 そのナーシャの瞳には物悲しげな気持ちが宿っていた。


 デルフはその言葉に無言で頷く。


 そして、デルフはウェルムの気配がする場所に向かおうとするがどんっと今度は胸に衝撃が走った。


 何事かと思ったが後ろを向いていたはずのフレイシアがデルフに抱きついていたのが目に映り心が跳ねる。


「陛下……」


 デルフは何とか顔色を変えずに言葉を出せたことに安堵する。


「ごめんなさい。あと少し……あと少しだけこうさせてください」


 デルフはフレイシアが震えていることに気が付いた。


『気丈に振る舞っていたのも全ては不安と恐怖を隠すためだった。そして、この城に戻ってきてあのときの記憶を思い出した。ずっと城に籠もりきりだった王女には辛い出来事じゃ。こうなるのも当然じゃろう』


 リラルスが言う記憶とはこの王都に魔物が攻め寄せてくるという騒乱が始まったときのことだ。


 魔物に襲われ混沌に満ちていく王都の中で実の兄が目の前で父を殺し危うく自分の命までも取られかけた。


 デルフは顔に見せなかったからフレイシアが強くなっていたと思っていた。

 だが、フレイシアはいつまでもフレイシアなのだ。


 心優しいまま。


『ほれ、何をしておる。女子(おなご)が頼ってきておるのじゃ。男見せろ』

(……言われなくても)


 デルフはずっと鋭くなっていた瞳が柔らかくなり抱きついているフレイシアの腰に右手を回し左手で頭を撫でる。


 そんな二人を見てナーシャはへぇーとにやついている。


「ちょっと、ちょっとウラノちゃん」


 ナーシャがウラノに囁きかける


「は、はい」

「あの二人、いつの間にあんなに進んでいたの」

「そうですね。フテイルでの戦前の宴の後からこんな雰囲気が続いています」

「へぇー、ふぅーん、デルフもやるじゃない」


 そうして僅かな間だったがフレイシアはデルフから離れ笑みを見せる。


「ありがとうございます。勇気が出ました。そして、覚悟も」


 そう言うフレイシアの表情からは緊張や不安が完全に消え去っていた。


「デルフ、フレイシア泣かせたら駄目よ〜」


 茶化した言い方で笑みを浮かべているが目は本気のナーシャにデルフは苦笑いしか返せなかった。


 そして、デルフとウラノ、フレイシアとナーシャの二組は各々の決着をつけるため左右に分かれ走り出した。

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