第226話 風神

 

「無鉄砲に近づくとは愚の骨頂!」


 迫り来るアリルに対してラングートは再び魔剣サターを地面に突き刺した。


 すると、地面が揺れ動き突然周囲に岩の棘が勢いよく生え始めた。


 そして、その棘は曲線を描きアリルに向かって突き刺そうと伸びていく。


「この魔剣サターは“魔導王”カハミラ様がお作りになった魔法剣。貴様のなまくらごときへし折ってくれる!」

「見ていなかったのですか? この剣も比類なき鍛冶師が作った業物、遅れは取りません」


 アリルは宙に飛んで姿が掻き消えるほどの速度で横に回転する。

 その回転に合わせて真空波が無数にばら撒かれていき岩の棘を次々と切断していく。


「無駄だと言うことを学んでください」

「それは貴様の方だ!!」


 ラングートは魔剣を地面に突き刺したまま引きずって走り始めた。

 魔剣の切れ味は申し分なく地面を引き裂きながらラングートの足についていく。


 だが、アリルは切断しても再び生え続ける岩の棘に注意が向きラングートの接近に気が付いていなかった。


「鬱陶しい攻撃ですね!!」


 そして、ラングートはアリルの着地を狙いもう片方の手に持った炎剣サラマンダーを勢いよく振り下ろす。


「!? 動いて……」


 アリルはラングートが地面を操っている間は動くことができないと踏んでいたためその攻撃はアリルの虚を突いた。


「私を動けない木偶でくぼうだと思っていたか!」

「ちっ!」


 アリルは何とか片手の短剣で受け止める。


 だが、炎剣の刀身は火が放出して熱が籠もっている。


 そのため受け止めた短剣を持っている手にまるで火に手を突っ込んだかのような熱さを感じて顔を顰めてしまう。


「くっ……」


 耐えかねたアリルは炎剣を上に弾いて後ろに下がろうとする。

 しかし、それを予想していたのかラングートは弾いた威力を逆に遠心力に変えて再び振り下ろしてきた。


 僅かな差で躱すことに成功したが炎剣による剣線は炎で描かれており普通よりも膨らんでいるスカートに掠って火が燃え移ってしまった。


「ああ、もう! 鬱陶しいですね!」


 アリルは持っていた片方の短剣を上に軽く投げる。

 そして、空いた手をスカートに燃え移ったまだ小さな火に近づけて素早く捻る。


 すると、一瞬でメラメラと燃え広がっていた火が消え去ってしまった。

 それでもスカートには少し焦げ付いて穴が開いているなど燃えていた痕跡が残ってしまっている。


「デルフ様に褒めて頂いた洋服が……」


 少し残念そうに顔が曇りすぐにラングートに視線が向いた。


「殺す」


 落下して戻ってきた短剣を掴みすぐさま攻撃に移行するアリル。


 ラングートに向けて跳躍し瞬く間に距離を詰めていくがその最中でも背後から岩の棘が迫ってくる。


「“鎌鼬かまいたち”!」


 アリルは連続で真空波を飛ばし続け岩の棘が身体に触れる前に切り落としていくがその切断面から再び棘が生えてきて切りがない。


「この大地がなくならない限りいくら切っても無駄ですよ!」


 アリルの危機的状況に、そしてそれを作りだしているのが自分という事実に喜びを感じ狂気的な笑みをラングートは浮かべている。


 アリルも棘を切断すること自体が根本的な解決にならないことは十分に理解している。だが、分かっていながらも切らないという選択肢を選ぶことはできない。


 止めてしまえば即座に岩の棘で串刺しになってしまうからだ。


 一時的な抑止としても斬り続けなければならない。


 しきりに襲いかかってくる棘に対処している間に跳躍の勢いが弱まってしまい空中で落下が始まってしまった。


 そんな隙だらけとなったアリルにラングートは右手で魔剣を地面に刺したまま左手に持った炎剣を無造作に振って炎の斬撃を飛ばしてくる。


「隙だらけですよ!」


 飛んでいく斬撃はアリルが気付かないうちにその腹部を掠めた。


「ぐっ……」


 ジュウと肉が焼ける音が耳に入り直後に不愉快な匂いが鼻に刺さる。


「ちっ、相変わらずサターは大食らいですね。狙いが逸れてしまいました」


 全く動いていないはずのラングートが息を切らし始める。


 アリルは短剣を手放してしまい落下しながらも何とか着地に成功した。


 だが、すぐに膝が落ち片手で斬撃が掠った腹部を押さえる。


「はぁはぁ、油断してしまいました」


 そのアリルの苦しんでいる姿を見たラングートは笑みを隠さずに歩いてくる。


「ククク、掠っただけとはいえかなり効いているようですね。この炎剣はクライシス様の鱗から作られた業物。かの天人クトゥルアの力が含まれているのです。始めからあなたに勝ち目はなかったのですよ」


 アリルは落としていた短剣を拾い直して立ち上がる。


「その炎、意味ないんじゃないですか? わざわざ止血をしてくれて助かっていますよ」


 強がってそう言っているがアリルの内心では戦況を不味く感じどう攻めようかと模索を続けていた。


 相手をせず逃げることを主に置くならば簡単な相手だがいざ戦うとなると隙が少ない。


(あのときよりも格段に強くなっていますね……。ただ、近づけないならば遠距離から攻撃をすればいいだけのこと)


 アリルはそう結論づけ行動に移す。


「“暴風雨テンペスト”」


 短剣を回転させ両手に竜巻を作りだしそのまま保持させる。

 竜巻の籠手を装着したようなものだ。


 そして、一歩後ろに下がって上空に飛び上がる。


「“笹時雨ささしぐれ”!!」


 両手に装着した竜巻の籠手から無数の空気の刃がラングートに向けて降り注がれる。


 だが、この技は進化していた。


 前までならばアリルの“笹時雨”は自分でもどこに放っているか分からない無差別攻撃だったが今ではその軌道を完全に制御できている。


 全ての真空波がラングートに向かっていた。


「チビとの鍛錬のたまものです」


 だが、ラングートに余裕の笑みは消えない。


「貴様を倒すことをどれだけ心待ちにしていたか。今更、こんな攻撃……拍子抜けにも程がある」


 ラングートは炎剣を一回振るだけで剣線として現われた炎が多数の真空波を飲み込み消し去っていく。


 だが、一つの真空波がラングートの頬を掠めた。


 裂けた頬から血が垂れ嘲笑の色をしていた瞳に怒りが浮かび上がる。


「……貴様も休む暇などあると思うな!」


 ラングートが地面に突き刺した魔剣サターに魔力を流し込み再び岩の棘が襲いかかってくる。

 だが、全て寸前で躱すことでアリルの攻撃の手も止んでいない。


 躱せない攻撃には竜巻を纏っている手で防ぎ棘を粉々に切り裂くことで防いでいる。


 その平行線が続きついにアリルは痺れを切らす。


「埒があきませんね」


 アリルは“笹時雨”を止めて両手を真横に広げてラングートに向けて大きく振る。


「“旋風せんぷう”!!」


 アリルの手に纏っていた風は竜巻としてラングートに向けて放たれた。


「この攻撃は……あのときの!」


 そして、ラングートは炎剣も地面に突き刺した。


「“熱障壁バーニングウォール”!!」


 すると、地面に突き刺した炎剣の周囲から炎が噴き出しやがてラングートを覆い隠す半球となった。


 アリルの“旋風”が炎の壁に衝突するが炎の勢いをさらに強くするだけで消し飛ばすまでには至っていない。


「くっ……まだそんな技を残していましたか」

「そんなそよ風では私の炎を強めるだけだ!!」


 そのとき、勢いが増した炎がまるで生きているかのようにアリルに伸びてきた。

 だが、その速度はアリルにとってかなり遅い。


「これがどうしたっていうんです!!」


 アリルは容易く伸びてきた炎を躱す。


 伸びてきた炎が消失しアリルはラングートが隠れた半球の炎の壁に目を向けようとするがその炎も既に消え去っていた。

 そして、ラングートの姿もどこにも見当たらなかった。


「一体どこに……」


 そのとき、アリルは背後から殺気を感じた。

 すぐに後ろに視線を向けるとラングートがアリルの背後を取っていた。


「これで終わりだ!!」


 ラングートの両手にはそれぞれの魔剣が握られている。

 魔剣サターと炎剣サラマンダー。


 ただ、サターには太い岩が纏わり付いておりギザギザの刀身を隠していた。


 そして、ラングートはアリルに岩が纏ってまるで棍棒のようなサターを向ける。


「奥義、“審判しんぱんとげ”」


 すると、そのサターに纏っていた岩が変形し何本も重なり合う鋭い棘に変化した。

 まるで開花する前の蕾のようだ。


 次に炎剣にも変化が起こる。

 凄まじい熱が籠もって白く輝いている刀身を覆い尽くすように炎が出現した。


「“真紅の斬撃クリムゾン・ドライブ”!! 死ね!!」


 二つの奥義を二刀流として放つラングート。


(これは!? 避けられませんね!! 仕方ありません!! 死ぬよりはマシです!!)


 アリルはその攻撃を前にして魔力の消費を覚悟で自身の最大の魔法を発動することを決断する。


「“風神ふうじん”!!」


 魔剣サターがアリルに近づいた瞬間、棘から棘が生まれていき隙間の見えない棘の大軍がアリルの視界を埋め尽くす。


 このように魔剣サターの力は岩の形を自由自在に変化させる事が可能だ。


 もし、身体に刺されば枝分かれのように刺さった棘からさらに棘が生まれ内側から勢いよく飛び出すだろう。

 一度でもこの攻撃を受ければ待っているのは確実な死のみだ。


 炎剣サラマンダーも振った速度でさらに火力が増し近づいただけでも消し炭に変えるほどの熱を発している。


 だが、その全てがアリルに触れる前に吹き飛んでしまった。


「何だと!?」


 それ見たラングートも流石に驚きを隠せず声に出してしまう。


 アリルから魔力が急激に上昇し周囲から暴風が吹き荒れる。


 ラングートは奥義を消し飛ばされたことが信じられなく呆然としていた。

 そこにアリルから発せられた吹き荒れる風に身体を攫われてしまい地面に叩きつけられる。


 そして、その荒れ狂う風はやがてアリルの身体全体にまるで鎧の様に纏まった。


 宙に落下することなく完全に浮いているアリル。


 立ち上がって目が泳いでいるラングートに向けて言い放つ。


「もう貴方に勝ち目は何一つなくなりました。これで終わりです!」


 アリルは宙を蹴ることなく身体がラングートに目掛けて加速する。


「ぐっ、嘗めるな!!」


 ラングートは再び奥義を繰り出す。


 サターが纏った岩を棘に変えてアリルに伸びていき炎剣にも魔力を込める。


 だが、岩の棘はアリルに触れるどころか近づいただけで粉々に砕け散り、炎剣はそもそも炎が出現しない。


「風によって炎の火力が増すといえそんな小さな灯火では消えるのも当然です!」

「巫山戯るな!! カハミラ様の魔法と天人の力だぞ!! 見せてやる!!」


 危機を前にしたラングートは二つの剣を衝突させる。

 その衝撃でぶつかったそれぞれの鍔は完全に砕け散り剣を重ね合わせ両手で持つ。


 そして、変化が起こる。

 サターに纏っていた岩がサラマンダーをも全て飲み込み形を変形させていく。


 やがて、戦槌にへと姿を変えた。


「魔鎚ベヒモス!! 押し潰してくれる!!」


 魔鎚の鎚部分からは紫色の炎がかなりの勢いで絶え間なく噴出している。


 直撃すれば消し炭も残らずに燃やし尽くされるだろう。


「凄まじい魔力ですね!」


 魔鎚を構えたラングートは迫り来るアリルに向けて振り下ろした。


「“災禍到来さいかとうらい”!!」


 アリルもその魔鎚の禍々しさに臆することなく持っている短剣に魔力を込める。


 短剣の先に嵐のような渦巻きが出現しまるで刀身のように形作った。


「“風神乱舞ふうじんらんぶ”!!」


 真上から魔鎚が迫っている中、アリルは風を纏う短剣の連撃を繰り出した。


 両者の攻撃が衝突し元は大公爵ヒューロンの陣営だったが跡形もなく吹き飛ばされていく。

 そもそも既に兵たちはこの戦いの巻き添えとなって誰もいなくなっている。


 交差は一瞬だった。


 アリルは向かっていった勢いのまま止まることなくラングートの横を通り過ぎて着地する。


 ラングートも戦槌を振り下ろしたまま固まっていた。

 だが、ラングートはわなわなと震えている。


「なんだと……こんなことが……」


 それもそのはずラングートの持っていた魔鎚は戦槌の形を残していなかった。


 元の魔剣と炎剣に戻っており柄と僅かな刀身だけを残して完全に消え去っていたのだ。


 サターに関しては完全にへし折れてしまっている。


「まだだ! まだ私は!」


 ラングートは振り向きアリルに向けて刀身が僅かに残った炎剣サラマンダーを突き刺そうと走り出す。


 だが、アリルは既に動いていた。

 ラングートが振り向いた時には既にその懐に潜り込んでいたのだ。


 魔力消費が激しい“風神”は既に解けている。


 だが、もはや風前の灯火のラングートには必要はない。


「終わりです」


 アリルは無防備となったラングートに向けて右手を横に振る。


 ラングートの首元からブシューッと勢いよく血が噴き出した。


「がっ!! あの、とき……と、同、じ。クソ……が……」

「うるさいですね」


 振った手とは逆の手で今度は腰を回して全力で振った。


「がっ」


 そして、ラングートの首は跳ね飛んだ。


 アリルは転げ落ちたラングートの首を見てようやく息をつく。


「まさか、ここまでやるとは。正直、危なかったです。こんなところで“風神”を使うつもりはなかったのですが」


 短剣を袖に戻してこの場を去ろうとするがそのとき身体がふらついた。


「あれ……」


 地面に膝をつき息が激しく乱れる。


「はぁはぁ、かなり魔力を持っていかれましたか」


 だが、それにしては身体の状態がおかしい。

 “風神”はウラノとの鍛錬で何度も行っている。


 魔力の大部分を消耗するのは確かだが一度ではここまで疲弊したことはないはずだった。


 そして、アリルはようやく自身の身体の違和感に気が付いた。


 アリルが目を向けたのは自身の腹部。

 ラングートの攻撃が掠り僅かに切り裂かれている部分だ。


 そこにラングートが持っていた炎剣が刺さっていたのだ。


 刀身は折れているため深くまでは突き刺さってはいないが籠もっている熱が身体を焼き続けていた。


「ぐっ……一矢報いたということですか。あの状況で、これは見事と言うほかありませんね」


 アリルは炎剣を抜き放り投げるが一度意識した途端、頭に痛みが執拗に襲いかかる。

 やがて、身体の自由が効かなくなり頭もぼやけ始めた。


「……少し、休んだ方がいいですね。チビのやつ、僕が行くまで耐え……」


 そこでアリルの意識は失われた。


 幸いこの場にはもはや誰一人残っていない。

 陣が張られていた形跡もなくなっていた。


 ただ、首が離れている死体と人形のような服装の少女が倒れているだけだ。


 嵐の終わりを知らせる静かな風が乾いた音と共に通り過ぎていく。

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