第224話 東の開戦(2)

 

 フィルインたちが全力をかけて挑んだ戦いは五分と経たずして終わりを迎えていた。


「はぁはぁ……」


 フィルインの鎧は所々裂けておりその箇所からは血が滲んでいる。

 剣を地面に突き立てて杖代わりにすることでやっと立つことができている状態だ。


 その両隣には軍団長二人が倒れていた。


 意識こそあるが全てを出し尽くしてしまい力を入れても身体は震えることしかできない。


「も、申し訳ありません。フィルイン様」

「なんだ……この出鱈目な強さは……」


 フィルインたちの前に立つカハミラとセカンドに傷はなく埃すら付着していない。

 カハミラに限って言えば戦闘前から立っている位置も変わってはいなかった。


「攻撃しても騎士に阻まれる。……この騎士の強さも私より数段上。いや、それは言い訳だ。私の実力ではこの騎士がいなくても一撃すら与えることは、不可能」 


 カハミラの身体の周りには同じ大きさの色の違った四つの球体が浮かんでいた。


 その色とは赤、茶、緑、青の四つだ。


 たとえセカンドを出し抜いてもこの球体からは見たこともないような魔法が飛び出してくる。


 セカンドがいなくてもフィルインと軍団長たち三人でカハミラに勝利することは絶望的だ。


 だが、現状はセカンドが前衛でフィルインたちを迎え撃ち後衛であるカハミラは魔法を放ってくる。


 完璧な前衛と後衛に分かれフィルインたちは為す術なく今の状況に陥ってしまったのだ。


「はぁはぁ……まだだ」


 フィルインは未だに息を切らしながらも剣を地面から引き抜いて構える。


 それを見たカハミラは色っぽい溜め息を一つ。


「どれほどの実力かと思えば……興醒めですわね」


 そうポツリと呟いて軍勢が衝突している戦場に向かおうとするカハミラ。


「待て!! 逃げるのか!!」

「私、弱い者虐めをする趣味はありませんの」


 もはや、フィルインに興味をなくしたカハミラは目も向けずにそう呟く。


 フィルインは言葉で仕掛けるのは止めにしてカハミラに全力で斬り掛った。


「“激流げきりゅう”!!」


 フィルインの太い剣線が全てを呑み込むようにカハミラに襲いかかる。

 だが、その全力の一撃を的確にセカンドが受け止めてきた。


(確かにこのまま二人相手では勝ち目はない。いや、勝ち目がないことなどとうに分かりきっていること! ならば少しでも長くこの場に引き留めておく。それが私の役目だ!!)


 カハミラはフィルインの想像以上の実力を持っていた。

 このまま激戦区に向かわせてしまえば瞬く間に戦況は崩壊してしまうことは目に見えている。


「何としても私が止めてみせる!!」


 だが、意気込みだけで力量が増えるほど甘くはない。


 セカンドの怒濤の攻めに防戦一方となるフィルイン。


 この間に戦場に向かうこともできたがカハミラの足は止まっている。

 フィルインとセカンドに目を向けて少し驚いていた。


「この子の剣を受け止めるなんて……。魔法剣かしら?」


 だが、それでもまだまだ余裕な表情のカハミラ。


 それもそのはず、フィルインとセカンドの剣技の差には大きな開きがある。


 フィルインは何度も間一髪で避けることができているがそれは奇跡が何度も起こっているだけに過ぎない。


 いつ直撃するかは本人にも理解ができていないのだ。


 そして、二人の剣は交差する。


 衝突する甲高い金属音が激戦区のどよめきを超えて響く。


「見つけタ!!」


 突然、激戦区から籠もった大声が響いてきた。

 気が付くとその声の主はすぐ近くまで迫ってきている。


 獣の皮で作った衣服を着用し顔には機械染みたマスクを付けたアクルガだ。


 片手には敵兵と思わしき可哀想なほど顔が潰れている兵が掴まれていた。


「アクルガ殿! ……!? なんだ?」


 ゾクッと隠すことのない殺気を急に感じたフィルイン。


 その出所は目の前の剣を交差させている相手である騎士セカンドからだ。


 先程まで感情が何一つ発していなかったセカンドだが急にアクルガに目を向けて怒りの籠もった殺気を放っていた。


 その様子にカハミラの顔も険しくなる。


「感情の起伏が激しくなっていますわね」


 そして、仮面越しだったがセカンドとアクルガの視線が衝突した。


 それは両者が目の前の相手よりも優先すべき相手を見つけた瞬間だった。


 セカンドは剣を交差させているフィルインに向けて雑な蹴りを放つ。


「ぐあっ!」


 雑とはいえいきなりの蹴りに対応できずにフィルインは弾き飛ばされてしまう。

 だが。フィルインは何が起こったか分からずに地面を跳ねていた。


 追撃でもされれば確実に命を取られてしまうほどの隙だったが来る気配は一切ない。


 セカンドは既にフィルインなど眼中にはない。

 視線は変わらずに迫ってくるアクルガに向かっている。


 そのとき、セカンドの両手に握られた剣からキィーンと金切り声のような音が発し始めた。


 その剣を大きく振りかぶりアクルガも魔力を込め青く光る右拳を振りかぶる。


 そして、お互いの一撃が衝突した。

 剣と拳の衝突による衝撃波が周囲を駆け抜けていく。


 セカンドの剣がアクルガの拳を切断しようと激しく振動しているが拳から放たれる魔力の勢いが逆に押し返している。


「悪いガ、こいつは貰っていク!」


 横目でフィルインにそう告げるとさらにアクルガの右拳の魔力量が跳ね上がった。


「ウオオオオ!! オラァ!!」


 アクルガは剣ごとセカンドを殴り飛ばす。

 セカンドはその勢いに抗おうとするがその強打の威力は凄まじく相当な距離が開いていく。


 そして、アクルガはその後を追ってこの場を去っていった。


「ああ、なるほど。彼女がセカンドが言っていた……」

「…………」


 カハミラが一人で理解を示している間、フィルインは一瞬の出来事に言葉が出なかった。


 結果としてアクルガの思わぬ乱入のおかげで残りは後衛のカハミラのみとなった。


 しかし、それでも戦況は変わらない。

 元々、カハミラだけが相手でも歯が立たないのは決まっているからだ。


(勝つことはできなくても足止めはやりやすくなった)


 セカンドがいなくなったおかげでカハミラはフィルインを無視することができない。


 フィルインは剣を構えて己の奥義の一つを繰り出す。


「“千波万波せんぱばんぱ”!!」


 その場で幾度も剣を振りまる斬撃を無数に放つ。


 フィルインの奥義を見ても尚、カハミラは魔道書をパタンと閉じ溜め息をつくほどの余裕があった。


 すると、カハミラの周囲に浮いている球体の一つである青の球体が動いた。


「“大渦巻メイルストロム”」


 球体を中心として巨大な水の渦巻きが発生した。


 その渦巻きにフィルインが放った斬撃の全てが飲み込まれていく。


「何だ……その魔法は……」


 その渦巻きの大きさはさらには増大していきフィルインは後ろに飛び避けようとするが追いつかれ呑み込まれてしまった。


 激しい水の回転に身体を攫われたフィルインは身体の制御が効かず抜け出すことは不可能だ。

 身体を千切られるような痛みが襲い息もそう長くは続かず水が肺の中に浸入する。


(このままでは……)


 しばらくして大渦巻が消えその中心にあった球体はカハミラの下に戻った。

 残ったのは濡れた地面に倒れ飲み込んだ水を吐き出すフィルインだけだ。


 何とか命を落とさずに済んだが意識も朧気で目には太陽の光だけが映っている。


「まぁ、よく頑張ったと褒めておきましょうか。名残惜しいですがそろそろ終わらせたい頃合いですので」


 名残惜しいと言う言葉に関しては皮肉が混じっている。

 気だるそうにしているカハミラからはそんな気持ちは全く籠もっているとは到底思えない。


「中央はクロサイアに譲ってしまったけど大丈夫かしら。それに洗脳した貴族たちを殺し回っているネズミも駆除しないといけませんわね。……貴族を殺したところで軍勢は止まりませんのに一体何がしたいのやら」

とブツブツ独り言を続けており、もはやフィルインなど眼中になかった。


 数分後、ようやくフィルインに視線を戻す。


「ああ、ごめんなさい。すっかり忘れていましたわ」


 今度は赤色の球体を動かすカハミラ。

 その球体の中央に徐々に魔力を収束させていき赤く光った点が出現する。


「“熱線ヒートライン”」


 赤に輝く光線が球体から放たれた。


 フィルインは起き上がるがもはや立ち上がることすらできる体力は残されていない。

 ましてや躱す体力などあるはずがない。


(……もはやここまで)


 フィルインは自分の無念を悔やみ目を瞑る。


 だが、そのとき横から衝撃が起こり弾き飛ばされる。


「がっ……」


 自分のものではない呻き声が聞こえフィルインは自分が元いた場所に目を向けるとそこでデンバロクが倒れていた。


 その胸部には周りが焦げている小さな穴が空いておりそれは背まで貫通していた。


「デンバロク!」

「何とか……間に合いました……」


 今にも消えそうな掠れた声を聞いてフィルインは慌てて身体を引きずって近寄っていく。


「しっかりするんだ!!」

「陛下……私はあれからどうすれば自分の罪を償えるかを……考えていました」

「喋るんじゃない! すぐに、すぐに治してやる!」


 そんな方法などあるはずがないことはフィルインも分かっている。


 デンバロクにはフィルインの声が聞こえていないのかそのまま言葉を続けている。


「ですが……命を賭して陛下を……お守りする。自分勝手ですが償えた気がしました。……私は本望です。……陛下、どうかご無事で」


 そして、デンバロクは目を微かに開いたまま動かなくなってしまった。


「小童……逝ったか。次は儂の番だ」


 ジュロングはやっと立ち上がりフィルインの前で仁王立ちをする。


「……意味がないことをする。よく分からない思考ですわ。そろそろしつこいですよ。まぁ……一緒に死にたいならば叶えて差し上げますわ」


 カハミラは再び赤色の球体を動かす。


 今度はその赤の球体からフィルインたちを飲み込んでも余りあるほどの巨大な火の球が上空に出現した。


 それを見たジュロングは目が揺らぐ。


「グランフォル様だけでなく儂は陛下も守れんのか」

「邪魔です」

「ぐお!」


 そのときジュロングにカハミラが放った衝撃が襲いフィルインのすぐ横まで転がっていく。


「仲良く死になさい」


 そして、火球はフィルンたちに向けて放たれた。


「くっ……」


 今度こそフィルインは自分の死を覚悟した。

 だが、またも奇跡が起こる。


 その火球がフィルインの目の前で突如として軌道が変わり真上に飛んでいったのだ。


「!?」


 カハミラがいち早くその存在に気が付いた。


「あなたは……」


 そして、その人物がフィルインの前に立つ。


「フィルイン、ジュロング、そして……デンバロク。よくやった。一見無駄に見えるお前のたちの足止めは次に繋がった」


 目の前に立つ男は前を向いておりフィルインには後ろ姿しか映っていない。

 だが、フィルインはその男の正体が誰かすぐに理解した。


「兄上! やはり生きて……」


 フィルインがそう呼ぶが目の前の男は首を振った。


「残念ながらお前の兄は既に死んでいる。……死んだ人間は生き返らない」


 フィルインは言い返そうとしたがそれを遮るように男は声を張り上げる。


「俺の名はグラン。ただの“道化師”だ」

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