第223話 東の開戦(1)
中央、西方の戦況は互角の状態が続いているが東方の戦場の戦況ははっきり言って最悪だった。
軍勢同士の交戦自体は互角を保っているが問題は敵である天騎十聖の存在だ。
この場にはその中でも最強とされる“魔導王”カハミラの存在があった。
最悪の状態に陥るまで少し前に時を遡る。
この戦場は中央の開戦の狼煙を確認した後、すぐに軍勢を動かして平原を挟んだ先にある敵陣に突撃を敢行したことにより既に開戦している。
大胆に突撃を行ったのはアクルガ率いるジャリム勢だ。
「おウ。お前たチ!! 今回が我ら新たなジャリムの初陣ダ。喜ベ。敵の数は多イ!! 手柄を取り放題ダ!! 押して押して押しまくレ!! 行くゾ!! 突撃だ!!」
アクルガはそう声を張り上げ軍勢と共に去って行った。
新小国連合の代表であるソフラノ国王フィルイン・ソフラノ。
彼は敵軍には魔物の軍勢も混ざっているのにもかかわらず意気揚々に軍勢を動かして突撃していくアクルガの姿を呆然と眺めることしかできなかった。
しかし、アクルガの重役の配下たちは苦笑いを浮かべながらも特に驚く様子もなく追従していく。
つまり、アクルガのこの行動は今に始まったことではなく慣れてしまったのだろう。
そこでフィルインはハッと我を取り戻す。
(呆けている場合ではない!)
フィルインは急ぎ小国の国王たちに出陣の伝達し戦に加わろうとする。
だが、そのときフィルインの隣に立つソフラノ王国が誇る軍団長の一人であるデンバロク・フォクンが険しい顔で戦場に指を差す。
正確には戦場より少し左側。
「陛下! あれを!!」
フィルインが顔を向けるとその先には平原で戦いが白熱しているジャリム勢の側面を突こうとかなりの速度で迫り来る敵軍の姿があった。
「このままジャリム勢に攻撃させるわけにはいかない。直ちに出陣する!! 目指すは迫り来る軍勢だ。各々方、よろしいか?」
フィルインは戦端が開かれたことによりこの場に集結した各小国の王たちに視線を向ける。
新小国連合の代表のフィルインだが小国の王たちの中でフィルインは王の経験や歳の点においても一番の若輩だ。
そんなフィルインが上に立っていることを快く思わない王がいてもおかしくはない。
だが、そんな彼でも各王たちは異論もなく頷きを見せた。
右往左往していた小国の王たちを取りまとめ新小国連合として大国に匹敵する軍勢を作り上げたのは紛れもなくフィルインだからだ。
それに大会議において大国の王たちを前に堂々としたフィルインの振る舞いを各王たちは耳にしている。
この場で策が気に食わないからといってフィルインに異を唱える者はいない。
それほどまでにフィルインは認められているのだ。
そして、新小国連合軍は突撃を開始した。
先頭で馬を走らせるフィルインはこの速度だとジャリム勢の側面を狙っている敵勢に間に合うだろうと考える。
だが、そのとき目の先に二人の人間が何もないところから突然出現した。
一人は顔に可愛らしい兎のお面を被った長い茶髪の騎士。
もう一人は黒ドレスにファーコートを被って片手に魔道書を持っている女性だ。
騎士の方はともかく魔道書を持っている女性にこの場ではフィルインだけがその正体を理解していた。
(あれは……“魔導王”カハミラ!! 予想では中央から攻めてくるはずだが……いや、そんなこと、今はどうでも良い!!)
今、大事なことはこの巨大な力を持つ者を前線の中に混ぜてはならないことだ。
もしカハミラが猛威を振るえば互角の状況は一変してしまう。
フィルインは即決する。
「ジュロング、デンバロク。私と共に死んでくれ」
隣で走る二人の軍団長にそう小言を呟く。
「何を仰いますか。死ぬのは私とジュロング殿だけで十分です」
「珍しく意見が合うな小童。……陛下は我らが必ずお守りします。でなければ先に向かわれたグランフォル様に顔向けできませぬ」
フィルインは目を丸くしすぐに笑みを零す。
「どうやら私は配下に恵まれていたようだ」
そして、大きく息を吸い込み大声を張り上げる。
「ソフラノ軍、私に構わず小国連合とともに突撃しろ!!」
フィルインは小国連合の中でも一番に信頼できる王にソフラノ軍の指揮権と共に小国連合の指揮も委託する。
「後は任せました」
「心得た。フィルイン殿には損な役回りを押し付けて申し訳ない。どうかご武運を……」
そして、フィルインはジュロングとデンバロクの軍団長を引き連れ二人の強敵に向けて馬を走らせる。
小国連合軍はフィルインたちを迂回する形で進行路を変えカハミラたちの横を通り過ぎデストリーネの奇襲部隊と交戦を開始した。
だが、その通り過ぎた軍勢の背後に向けてカハミラが魔法を発動させる素振りをする。
(不味い!!)
フィルインは馬から飛び上がり剣を抜く。
そして、カハミラに向けて剣を振り下ろした。
しかし、それはカハミラの側にいた騎士の剣で難なく防がれてしまう。
それでもカハミラの意識を自分に向けさせることには成功した。
「お前は私が相手だ!」
「安い囮、ですが……そうですね。早く終わらせても味気ないですし、少々腹いせに付き合って頂きましょうか。セカンド、あなたは前に」
不機嫌な様子のカハミラを前にしてフィルインは背筋が寒くなる。
まだ魔法を使っている様子はない。
つまり、カハミラの存在感だけでフィルインの身体は逃げろと合図を出している。
カハミラとは逆でその前に立つセカンドと呼ばれる騎士は不気味だった。
何が不気味なのか。
それはセカンドから何一つの感情や視線が感じ取れなかったことにある。
本当に生きているかどうかも怪しく得体の知れない何かを前にした気分だ。
心が宿っていないまるで人形のようだ。
その不気味さがその騎士の実力をひしひしと伝えてくる。
(怯むな!)
フィルインは怖じ気づく自分の心に叱咤しセカンドから距離を取る。
そこで二人の軍団長がフィルインの隣に追いついた。
「陛下!!」
「お前たち、温存は考えるな。一つでも油断すればその瞬間に命はないと思え! 行くぞ!!」
フィルインたちはカハミラとセカンドと呼ばれる騎士に向けて走り始める。
そして、今に至る。
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