第201話 シュールミットの闇
追いついた時にはフレイシアの目の前に既にグローテが横たわっていた。
服装は布の服と元に戻っている。
体格も子どもに近く仮面の表情も悲しげなものでデルフが初めに見た哀の状態へ戻っていた。
それよりもフレイシアが殴られる直前に使った魔法と思われる微かな白みを帯びた靄がグローテを包み込んでいた。
「陛下、これは?」
「“
この魔法の本当の使い道は怯えや恐怖を消すものらしいがグローテに対しては殺人衝動を沈静化させるという意味で役に立っている。
今のグローテはただ自分にとって幸せな夢を見ている状態だという。
いわばルーの相手に恐怖を与える“死の予感”と真逆の魔法だ。
「なるほど、グローテを制御する力は既に持っていましたか」
「ええ、本当はすぐにでも使って終わりにする予定でしたがあっという間にいなくなってしまって……もの凄く!! もの凄く!! 焦りましたよ」
「……今度からはもっと危機感をもって行動を心がけてください」
てへっとわざとらしく笑って見せるフレイシアにデルフは半目で睨む。
それから改めてグローテに目を向けた。
「しかし、こいつの魔法は常軌を逸しているな。まるで
そのときグローテに目を向けていたデルフは顔をしかめた。
「どうしましたか?」
「……まだ確証は」
そう言ってデルフはグローテに近づいて膝を下ろす。
デルフが目を凝らして見つめる先はグローテの右胸の心臓部。
「これは……」
デルフの目に最初に映ったのは心臓部に光る魔力だった。
それを見てデルフはすぐにソナタを思い浮かべた。
グローテも同様に魔物の、
しかし、デルフの目には魔力以外に多量の魔力が込められた固形の何かが目に映った。
「まさか……これは」
デルフは一瞬見間違いと思いよくよく目を凝らすがやはりそこにある物は変わらない。
デルフの目に映ったもの、それは悪魔の心臓そのものだった。
それがグローテの心臓に取りついていたのだ。
「どういうことだ?」
デルフが真っ先に思い浮かべたのはこれと同じ悪魔の心臓を持った強化兵だ。
(強化兵の血の色は確か紫だったはずグローテも同じ色をしていた。グローテは猛毒だと言っていたがこれはグローテだけのものではなく強化兵に備わる特有のものだと考えるべきか)
そして、次にデルフが考えたのはどうしてグローテが悪魔の心臓を持っているのかということだ。
一番にデルフはデストリーネ王国、つまりウェルムの実験体の一人でヨソラのように逃げ出したのではないかと考える。
しかし、その考えは即座に否定する。
(ウェルムは魔物を操り強化兵も操って見せていた。だとすれば逃げ出せる確率は無に等しい)
『じゃが、もし奇跡的に逃げ出したとしたらどうじゃ? 安易に決めつけるのは危ういぞ』
リラルスが言うことはもっともなのでデルフはさらに深く考える。
だが、答えは変わらない。
(確かに逃げ出せないという確証はない。だが、シュールミットだけでしかグローテの噂が広がっていないことが不自然に感じる)
『どういうことじゃ?』
感情の制御が効かないグローテはいつ沸騰するから分からない水のようなもの。
デストリーネからシュールミットまでの距離は遠い。
その道中に暴走していてもおかしくない。
(まず、暴走はしていると見るべきだ)
そして、グローテが暴走したときの危険性を考えればその被害は語るまでもないだろう。
それだというのに噂にならないのは明らかにおかしい。
以上の理由からデストリーネ王国は関わっていないとデルフは考えた。
そうなると謎はさらに深まる。
「だからといってこんなものを自分で取りつけたとは到底思えないしな」
なら生まれ持ってついたのではないか?とデルフは考える。
魔物になった動物の子供には悪魔の心臓が受け継がれ魔物になるという性質を持っている。
動物にあって人間にはないという確固たる理由はない。
現に悪魔の心臓を持った人間である強化兵が存在するわけでこれから子どもが生まれるとするならばその子どもが悪魔の心臓を持っていても不自然ではないだろう。
しかし、この線もデルフには腑に落ちない点があった。
(グローテの年齢は恐らく成人を迎えている。そうなると強化兵が現れた時期とは相当にずれている。これも違うか。そうなると……)
デルフはこのことをフレイシアに分かり易く伝える。
すると、フレイシアの顔は怪訝なものに変わる。
「デルフの言う通りこんなこと自分ではできないでしょう。しかし、そうなると考えられるのは……」
「シュールミットが行ったと見るべきです」
デルフはそう断言する。
フレイシアの推理もそこに辿り着いたようで困惑して口を動かしているが何も言い出せていない。
ようやく平静を取り戻したフレイシアは考える仕草をしながら呟く。
「ミーニアはそんなことをするような人物には見えませんでした。考えられるのは弟で王子であるデウォンですね。……よくよく考えてみれば殺人鬼を倒したからと言って王女自ら呼び出しをかけるとは不自然なことです」
「ええ、特例や強引なお礼などの理由がなければ王族が対面するほどの大事でもありません」
そうデルフが言うとフレイシアは気まずそうに視線を逸らす。
そして、わざとらしく咳払いをして続ける。
「呼ばなくてはならなかった。……確認しなければならなかった? そう言えばデウォンが本当に命を取ったのかとうるさかったですね。もちろん、ちゃんと倒したと言いました」
命を取ったとは言ってはいないと得意げになるフレイシア。
出揃った欠片をデルフは頭の中でパズルのように組み立てていく。
「……どこからか仕入れた情報でウェルムが作った強化兵の存在を知ったデウォンが模倣した結果、このグローテが生まれた。だが、制御ができなかったのかグローテが逃げ出すという予想外の事が起きシュールミットを騒がす大きな存在となった」
その続きをフレイシアが口にする。
「その後、殺人鬼を倒したという噂が広まりその事実確認のため私たちが呼ばれたということですね。これが事実ならばデウォンは危険な人物だと言えます」
「ええ、ですが今のところこちらからは手の出しようもありません。あくまでシュールミットの問題。他国の者である俺たちが言えることではありません。言いがかりだと言われ今の状況で同盟破棄でもされれば無闇に敵を増やすことになります」
「そうですね。……ならば今度さりげなくミーニアに伝えておくとしましょう」
そのとき、眠っているグローテが目を覚まして起き上がった。
既に“白の祈祷”は切れている。
と言うことは落ち着きを取り戻したのだろう。
グローテはキョロキョロと辺り見回した。
その目に映ったのは地面が砕けたり削れたりとした暴れ回った跡だ。
仮面の下から雫が零れ始めてきた。
「また、僕……やったんだ」
掠れ声で呟くグローテ。
身体が震えて後退りするが石に躓き尻から転んでしまう。
そして、すぐ近くに立っているフレイシアを見上げる。
「フレイシア……やっぱりあのとき、僕を殺していた方がよかったよ。……知らない間に、誰かを傷付けたくない。命を、奪いたくない」
哀の表情の仮面と掠れた声が重なった悲痛の小さな叫びがグローテの口から飛び出した。
デルフはその言葉から一番初めにグローテが言っていた言葉を思い出す。
(死んじゃう……か、あれは自分に言っていたんじゃなかったんだな)
フレイシアは表情を変えずにゆっくりと近づいてグローテを抱擁する。
「大丈夫。あなたは誰の命も奪っていません」
仮面のせいで表情は分からないがデルフにはグローテが戸惑っていることが分かった。
それはフレイシアも同様に感じ取ったらしく微笑みを見せる。
「グローテ、あなたの周りにはそう簡単に命を落とすような人などいないのです。暴走しても皆があなたを止めてくれます。そして、私はそれを確実に行えます。あなたの居場所はここなのですよ」
「……! フレイシア、血が……」
グローテはフレイシアの口元に残っていた血を見て身体を震わす。
それにフレイシアは微笑みで返す。
「言ったでしょ」
そう言ってフレイシアは口元の手を腕で拭って血の跡と傷がないことをグローテに見せる。
「私にとってこんな傷、どうってことありません」
「で、でも……」
グローテの声色はまだまだおどおどしており未だ消極的になっている。
しかし、デルフはグローテの気持ちが理解できた。
(自分が気付かないうちに殺人鬼となって暴れてしまう。気が付いたら死体が目の前……か。常人ならば自分自身に恐怖を抱いてもおかしくない)
喜怒楽の三つは殺人鬼であるが哀は度を超した挙動不審な様子を除けば常人と言えるだろう。
少なくとも奥に秘める心は優しさで満ちている。
「ふふ。では、こうしましょう。グローテ、あなたはその力を制御できるように努力なさい」
「えっ?」
「いつまでもただ怯えていているのは馬鹿らしくないですか? ならあなたから立ち向かうのです」
それはグローテにはなかった発想だったらしく困惑しておろおろしている。
「で、でも……」
「でも、じゃありません!! やるのです! やってみるのです!! やってみてから後を考えれば良いのです!!」
フレイシアはグローテの両肩に手を置いて大声で言葉を遮りそう言ってのける。
そして、温かい眼差しと微笑みをグローテに向けた。
「私はそれをいつまでも待ちます。あなたならできると私は信じています」
「……信じている?」
「ええ、信じていますよ」
グローテは何も言わずにフレイシアを眺めていた。
そのときグローテの表情が泣いている表情から笑いながら泣いているものにへと変化した。
「僕、頑張るよ。皆を傷付けないように頑張る。フレイシアのために頑張る」
「ええ、期待していますよ」
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