第202話 火急の知らせ

 

 グローテとの一悶着の後、デルフたちは各々次の準備に励んでいた。


 グローテの力の制御の助言としてデルフはソナタに聞くと良いと勧めた。

 ソナタも自分の力に制御できずに苦しんでいた一人であったが今では限界まで耐えることができるようになっている。


 状態がグローテとは完全に一致しないとは言え制御に関しては答えへの道が見えるのではないかと考えた。


 それ以来、グローテはソナタのところに入り浸って鍛錬に励んでいる。


 フレッドはヨソラとサフィーの世話係として今も側にいるところだろう。

 最近ではサフィーとヨソラだけでなくナーシャの子どもである双子のシャロンとティーシャまで混ざっている。


 フレッドの負担も大きいだろうが本人は楽しそうなので負担とは感じていないようだった。


(サフィーとヨソラはかなり仲良くなっているらしいな。最近ではずっと隣にいると聞いた)

『良き友ができて何よりじゃ。それに加え双子の姉としてヨソラとサフィーの両人とも満更でもない様子じゃったのう』


 リラルスもヨソラの笑顔が、具体的には機嫌の良さそうな雰囲気を見て和んでいた。


 次にアリルは少し前にソナタに用があると言っていたが気が付けば今はウラノとの特訓を日々行っているようだ。


 どうやらウラノは別行動の間に実力がかなり増したらしくアリルも負けじと訓練に励んでいる。


 グランフォルは自由人なので今も城下街をふらふらと徘徊している頃だろう。


 そして、デルフはこれからについて会議を行っていた。


 フテイルの王城にある畳の一室を会議室としてこの場にはデルフの他にフレイシア、ナーシャ、タナフォス、フテイルの面々が参加している。


 しかし、会議とは言えこれは正式なものではなく密会と言ってもいい。


 正式なものであればデルフは参加するわけにはいかないからだ。


 皆は世界地図を囲むように畳の上に座っている。


「それで、デルフ。残るのはノムゲイルだったかしら?」


 ボワールとシュールミットとは同盟を結び滅びたジャリムはアクルガに任せて残るのは西の大国ノムゲイルだ。


「ああ。そろそろ出発したいが……タナフォス、まだ時間はあるか?」

「幸い、小国連合によってデストリーネの進軍を阻止している。我らも援軍を送ったためしばらくは持ち堪えられるだろう」


 タナフォスの返事を聞き頷くデルフ。


「もちろんノムゲイルとの同盟は大事ですができれば小国連合は残したまま決戦を行いたいですね」

「ええ、それは同感です。小国連合はもはや大国一つに等しいほど膨れ上がっています。捨て石にするのは勿体ないかと。そうなるとノムゲイルとの同盟は早急に話を付ける必要がありますね」

「ノムゲイルとデストリーネは戦乱の歴史しかなく話をうまく纏めるのは長引くでしょう。シュールミットのようには上手くいきませんでしょうし」


 いくら、今のデストリーネが降伏を一切許さず世界を滅ぼそうとしているとしても昔の遺恨がなくなるわけではない。

 利益の方が多くても納得できないと答えを出すのが人の感情だ。


 デルフとフレイシアが頭を悩ますがそのときナーシャが得意げに笑う。

 さらにフテイルもそれに続き大笑いをする。


「大丈夫。私たちに任せなさい」

「ハッハッハ。全てタナフォスに任せておけ。少数の兵を巧みに操って相手を攪乱させるにおいてタナフォスより抜きん出る者などおらぬ」

「……大殿、少し煽てすぎでは……」

「と言いつつも次の手を考えておるのだろう?」

「……ええ、すぐにでも二陣を編成し敵にぶつける予定でした」


 タナフォスは地面に広げた地図に手に持った棒で指して具体的に策を述べていく。


 簡単に纏めるとフテイルの大国と比べたら比較的少ない兵をさらに分散させて武将率いる小隊を複数作っていく。

 そして、その小隊に昼夜問わず毎日奇襲を続けることで小競り合いを今よりも多発させていくというものだ。


 少人数であるがため迅速に行動を起こすことができ、どこから来るか予測できない攻撃に敵の足取りを悪くさせる。


 言うのは簡単だがそれを行うためには武士たちの実力は前提として、何より必要なのは水の流れのように広大かつ繊細な隊の行動の全てを操る指揮官の存在だ。


 一つの判断ミスで途端に戦線は瓦解してしまうだろう。


 だが、タナフォスはその圧を物ともせず実行に移そうとしている。


(やはりフテイルを味方に付けたのは正解だった。特にタナフォス。この男がいなければここまで立ち向かうことはできていなかっただろう)


 デルフは自分には思いつくことができないような策にひたすら感服する。


 続いてデルフはノムゲイルに向かう人員の編成を行う。


「今では私の配下たちも大所帯となったので逐一全員で向かうのは時間が掛かってしまいますしね」

「ねぇねぇフレイシア」

「何でしょうかお姉様?」

「配下たちって言い方じゃちょっと響きが悪くない? 何か良い名前を考えたらどう? 私は配下の上位四人の武将たちを四天王って呼んでるし」


 ちなみにその四天王の一位はタナフォスではなく現侍大将であるサロクだ。


「名前、ですか。……そうですね、名前を付ければ確かに箔がつきますし何より呼びやすいですね。ですが、何が良いでしょうか」

「そうね〜。フレイシアの護衛する者たちだから白の守護者ホワイトガーディアンなんてどうかしら?」

「……ちょ、ちょっと安直すぎませんか? 少し恥ずかしいですし……」

「確かにそうね〜。でも、私ネーミングセンス全くないのよね〜。子ども達の名前を決めたのもタナフォスとお爺様だし」


 ナーシャがそう呟いている様子を見てフテイルとタナフォスは苦笑いを浮かべている。


「デルフは何がいいと思います?」

「そうですね。何かと具体的なものは思い浮かばないのですが姉さんが言った白という文字はいいと思います。陛下を象徴する色ですし」

「白ですか……」


 しばらくフレイシアは唸って考えていたがやがて満足そうに頷いた。


「“白夜びゃくや”。白と黒の眷属にして世の中の闇を払拭し永久なる光を取り戻す者たち。どうでしょうか?」

「白夜……良い名前じゃない」


 ナーシャがその名を反芻した後、こくりと頷きそう呟く。


「確かに言い響きです」


 デルフも続いて頷く。


「では、私の精鋭の配下を“白夜”と呼び、改めて白夜の筆頭をデルフ、あなたに任命します」

「かしこまりました」


 デルフは礼儀の流れとして頭を下げる。


「それで……何の話だったっけ?」

「ノムゲイルに誰が向かうかという話です。殿下」

「あーそうだったわね。それで誰を連れて行くかは決めているの?」


 ナーシャの視線がタナフォスからデルフに移る。


「まずは俺と陛下は確実として……ウラノとアリルは来たがるだろうしな。どちらかを連れて行っても喧嘩になるのは目に見えている。……グランはここに残しておくつもりだ。あいつの魔法は強大だからな。フテイルの防衛に回しておきたい」

「グローテも連れて行きましょう。私がいないところで暴走したら止めるのに一苦労です」

「そうですね」


 着々とノムゲイルへの遠征に向けての話が進んでいく中、突如として廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。


 それは会議室の一歩手前で止まり外から大声で響いてきた。


「殿下!! 火急の知らせにてご無礼仕る!!」


 襖を大きく開かれ武士の一人が小走りで入室し跪いて頭を下げる。


 普段ならばこのような無礼な行為は叱責だけでは済まされないがナーシャはもちろんのことタナフォスやフテイルもその武士のただならない様子に気が付いている。


「何があったの?」

「ハッ!! デストリーネと小国連合は実力が拮抗していましたが突如として戦線が崩壊! 小国連合を支えていた名だたる将は悉く討ち死に! そして今朝方、連合は壊滅しました!!」

「何だと!?」


 その知らせに反応したのはタナフォスだ。

 顔は驚きに満ちており思わず立ち上がってしまっている。


「……それで連合の王たちは?」


 フレイシアが尋ねると伝令の武士は顔を俯むかせ拳をぐっと握りながら口を開く。


「詳しくは存じませんがその殆どが自害または行き方知れずとのことです」

「……そうですか」


 フレイシアは悲しげな表情になってそう呟く。


「あなた。少し落ち着いて」


 ナーシャが立ち上がったタナフォスに畳をとんとんと叩いて座るように促す。


 それでようやく落ち着きを取り戻したタナフォスはその場に音も立てず座り直した。


「取り敢えず、援軍に向かわせた兵は退却させ各砦にて守りを厳重に固めてくれ。また、追って沙汰する」

「ハッ!!」


 命令を受けた伝令は頭を下げて会議室から急いで去って行った。


「タナフォスよ。そこまで驚くことだったのか? お主はいずれ小国連合は滅びると言っていたではないか?」


 フテイルが考えに耽っているタナフォスに尋ねる。


「確かにその通りです。ですが、それは我らが何の手出しもしなかった場合の話。救援物資は補給させ影ながら敵の邪魔をしていました。そして、戦況の把握も同時に行っていましたのでそれ吟味してもまだ持つと算段していました。少なくとも壊滅するにしても事前の報告は来るものかと」

「だが、来たのは壊滅の報告か……」

「うむ。何をどうすればこのように怒濤の速さで決着ができるというのだ……」

「敵はあのデストリーネ。不測の事態は常に共にあると考えるべきか」


 タナフォスはしばらく考えた後、顔をあげる。


「デルフ、ノムゲイルの遠征は諦めてくれ。連合が壊滅したとなると次の標的は我らとなる。今までの小競り合いとは訳が違う。準備が整い次第、敵は総攻めを仕掛けてくるだろう。まさに天下分け目の決戦となる」

「残念だが……そのようだ。ノムゲイルには書状にて同盟を持ちかけるとしよう。受けてくれるかどうか分からないがせめて敵対するのだけは避けたい」


 デルフはちらりとフレイシアに目で合図する。


「わかりました。使者としてフレッドに任せましょう」


 そのとき、再び会議室に近づいてくる足音が聞こえてきた。


 伝令が名前を告げ入室の許可を貰うと中に入ってくる。

 そして、跪き頭を下げ手に持った紙を両手で持って差し出した。


「フレイシア様へ書状です」

「私……ですか?」


 ナーシャではなくフレイシア宛の書状に戸惑いながらもフレイシアは受け取った。

 そして、中を覗くと驚いた表情になった。


「何と?」


 尋ねるとフレイシアはその書状をデルフに渡す。

 受け取ったデルフは中を覗くとその内容に思わず笑みを浮かべた。


「喜べ、タナフォス。ジャリムも味方に付いた」

「ジャリム? 滅びたはずでは」

「これは新たなジャリム王からの書状だ。散らばっていたジャリムの部族をねじ伏せ平定し新生ジャリムを建国したらしい。そして、いつでも兵を出せると書いてある」

「なんと……」

「悪い知らせもあれば良い知らせもあるということだ」


 そして、デルフはフレイシアに目配せする。


 その意図を感じ取ったフレイシアは頷き全員に目を向けて口にする。


「機は熟しました。いよいよ決戦です。至急各国の王たちに挙兵するように伝令を使わします」

「「ハッ!!」」


 そのとき、またも伝令が会議室に到着した。


「殿下!!」

「今度は何!?」


 もうお腹いっぱいと言った様子のナーシャは反射的に怒鳴り返す。


 だが、伝令から飛び出た言葉はその言葉はこの場にいた全員を黙らせ凍り付かせるものだった。


「軍勢がこのフテイルに向かってきております!!」

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