第200話 主と配下

 

「デルフ、申し訳ありません。まさか、こんなところまで飛んでくるとは想定外でした」


 フレイシアははぁはぁと肩を揺らして息を切らしておりかなりの距離を全速力で走ってきたのだろう。

 それも動きにくいドレスを着ているため尚更だ。


「陛下」


 フレイシアは手をデルフに向けて待つように訴え出る。


 その必死の様にデルフは言葉を飲み込んでしばらく待つ。


 フレイシアはようやく息を整えたフレイシアはデルフに視線を向ける。

 正確にはデルフの夥しいほど刻み付けられている裂傷に対してだ。


「どうやら、あなたでもグローテには手を焼いたようですね」

「ええ、まぁ……」


 クスクスと微笑みを崩さないフレイシアにデルフも調子が狂ってしまう。

 気が付くとフレイシアの周囲に綿のような淡い緑の光の球がふわふわと浮いていた。


「“治癒ちゆひかり”」


 フレイシアがその光の一つを掌の上に乗せてゆっくりとデルフに向けて差し伸べる。


 光は次第にフレイシアの手から離れふわふわとデルフに向かってきてデルフの身体に溶け込むように入っていった。


「……!?」


 変化はすぐに顕著に表れた。


 デルフの自然治癒力で既に高速に体は修復されつつあったがその速度を遥かに超える勢いに加速する。


 驚いているうちにデルフの体の痛みは完全に消失し目にするだけでもあれほど痛々しかった裂傷は嘘のようになくなってしまった。


(相変わらず、治るより消える、だな)

『……私たちとは正反対の力じゃ。フレイシアらしい優しい魔法じゃのう』


 デルフとリラルスは心の中で驚きつつも表情は微笑んでいた。


「それで……グローテを俺にぶつけた理由はこの暴走を止める手段を探し出すためですか?」


 それぐらいしかデルフには理由が思いつかなかった。


 こちらの戦力にする以上、暴走がやはり懸念すべき点となってしまう。

 敵地に投入して暴れさせるぐらいしかグローテの使い道が思い浮かばなかった。


 下手に味方の近くに配置して暴走でもされたら味方は味方を相手に戦わなければならなくなる。


 だが、それを聞いたフレイシアは慌てて否定をする。


「い、いえそういうつもりではありません。ただ、デルフが策を練るにしてもグローテの力量を知っておく必要があるでしょう? だから一回、戦ってみた方が早いと……」


 デルフの思考が一瞬固まった。


「えっ? ……陛下、もしかしてこうなることを」

「お姉様が言っていました。言葉よりも実際に見せた方が早いと!!」


 目をキラキラと輝かせながらそう答えるフレイシア。

 その目には今頃食事中であろうナ―シャの姿を思い浮かべているだろう。


 もしかするとナーシャは今頃くしゃみをしているかもしれない。


(姉さんの良いところも悪いところもどちらも影響を受けているな。……前もどんどん染まってきていると思ったがもっと酷くなっている)

『ハッハッハ。良いではないか。全てが影響受けているならまだしも自分が良いと思ったことを取り得ているのじゃ。お主も師に対してはそんな気持ちを抱いていたのではないか?』

(確かに……そうだが。何か……複雑な気分だ)


 言葉にはしないがなぜか姉が二人になった気分になるデルフだった。


「アハハハハハハハハハハ!! 楽しい!! 痛い!! 面白い!! 血がいっぱい!!」


 疲労と大量の出血により平衡感覚が掴めていないらしくグローテの足はまるで踊っているかのように大きくよろめいていた。


 そんな中でも大声で笑っている。

 それも自分の身体中から噴き出している血を見て。


「話はまた後のようですね。このままではグローテの命が危ないです」

「陛下、俺が」


 デルフが前に出ようとするがフレイシアはそれを止める。


「大丈夫です。ここは私に任せてください」


 そして、私はあなたの主ですからたまには主らしいことをさせてくださいと笑顔を見せる。


 そう言われたらデルフにもう言えることはない。

 いや、言うことができない。


 デルフは一歩下がってフレイシアを黙って見守る。

 だが、いつでもフレイシアの盾になれるように身構えることを忘れない。


 フレイシアは自身の周りに浮かせている光の球をグローテに向ける。


 そして、デルフと同様にグローテの身体に吸い込まれ傷が全て塞がり瞬く間に血色が元通りになった。


「グローテ」


 フレイシアが一歩を踏み出す。


「ハハハハハハハハ!! 痛い痛い痛い? 痛くない……痛くない! 痛く……ない!!」


 身体が思うように動くようになった途端、グローテは地面を蹴って飛び出した。


 攻撃の予兆となる動作が一切なく油断がなくても普通ならば対応に遅れてしまうだろう。

 それもグローテの速度ならば直撃は必至だ。


 目指すはデルフ。

 ではなくその前のフレイシア。


 理由はない。


 グローテにとって獲物は誰でも良いのだ。


 フレイシアを狙うのはただデルフよりも近いから。

 そんな簡単な理由だ。


 デルフならばこの速度に反応することは十分に可能だ。

 だが、デルフは自身が飛び出したい気持ちを必死に抑える。


(陛下は任せろと言った。ならば、ここで手を貸すのは主を侮辱する行為。主を信じるのも配下の役目か……)


 フレイシアの身体中に誰の目で見ても分かるほどの白の魔力が漂い始める。


 そして、笑い続けているグローテが拳を振り下ろしたと同時にその魔力がグローテに伸びて包み込んだ。


 だが、それはグローテの攻撃を止めたわけではない。


 大きく振り下ろされた拳はフレイシアの頬に直撃した。


「陛下!!」


 フレイシアは受け身を取ることなく地面を何度も跳ねながら吹っ飛んでいく。

 そして、岩山に突っ込んだ。


 デルフはたまらずにフレイシアの下に走っていく。


 フレイシアが突っ込んだ岩山には小さな穴ができていたが瓦礫で埋まっていた。


 だが、その瓦礫の一部が少し揺らめいた。

 しばらく待ってもまだ揺らぎ続けている。


「……! 陛下!!」


 異変を感じ取ったデルフが慌てて近寄り瓦礫を外に投げ捨てていく。

 すると白いドレスが見え始め……たと思ったらがばっとフレイシアは勢いよく起き上がった。


「ふぅ〜……死ぬかと思いました!! デルフ、ありがとうございます」

「ご無事で何よりです」

「うーん!!」


 大きく伸びをするフレイシア。


「やっぱり駄目ですね。格好いいところを見てもらいたかったのですが私一人ではこの様です。……デルフがいないと私には何もできないですね」


 そう言って顔を赤らめてそそくさと走っていくフレイシア。


 デルフは無事を確認して安堵していたがあることに気が付く。


 フレイシアの額や口元には赤い血が流れていたがその根本となる傷口が見当たらなかった。


(……これが“再生”の力か)


 こう簡単に傷が消えるとなるとフレイシアの命を奪う方法は皆無に等しいだろう。


『“黒の誘い”を備えたデルフこそ無敵であると考えていたのじゃが死なないという意味で本当の無敵はフレイシアのほうじゃな。しかし、死ぬことができないと取ることもできる。もしも、敵の手に渡れば……』

(そうならないように俺が、俺たちがいる。戦う力を持つことは悪いことではないが……これからはそれよりも人を惹きつける力が必要になる)

『じゃが、それは戦闘の実力があってこそ皆が寄ってくるじゃろう?』

(今の陛下を見てみろ。フテイルが味方に付き大国の二か国、小国も多数味方に付くまでの大同盟になった。実質的な同盟の締結には俺は参加していない。全て陛下が為したことだ)

『そうじゃったの。……それより私が言うことじゃないと思っていたがそこよりももっと反応するべき点があるじゃろう』

「……何を?」


 これほどあからさまなことを続けられて気付かないほどデルフは鈍感ではない。

 しかし、リラルスの言葉から逃げるようにすっとぼける。


 リラルスから逃げるように走り始めた。

 実際にはリラルスから距離を取ることはできないがこれはこの話は終わりを表している。


 それでもリラルスは微笑んでいた。


『全く、口に出ておるぞ。動揺しすぎじゃ。ふふ』

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