第198話 仮面の男(1)
宴から数日経ったある日、デルフとフレイシアは二人で城の中のとある一室に向かっていた。
いつもは何があっても付いて来ようとするウラノとアリルの姿はない。
アリルとウラノは激しい言い合いをしながら二人で揃ってどこか行ってしまったのだ。
ちなみにフレッドにはヨソラの守り役を頼んでおいた。
その理由の一つはウラノとアリルがどちらがヨソラの守り役になるかで揉めに揉め無視できない程発展したためだ。
それを見かねたデルフは喧嘩両成敗の意味を込めてどちらか一方には任せずにフレッドに任せた。
(とはいえ喧嘩がなくなることはないが……)
デルフはついさっきまで言い合いをしていた二人を思い出す。
幸い、いつの間にかヨソラはサフィーと仲良くなっていたため新しい環境に馴染めていた。
丁度フレッドは二人を見守っているところだろう。
ソナタはタナフォスの計らいでフテイルの国宝と呼ばれる数本の名刀を見せてくれるということでうきうきと向かって行ってしまった。
デルフもついさっき知ったことだがソナタが身に付けている多くの武器は自分で作った物だったらしい。
道理でデルフがソナタの武器を壊したとき心の奥から衝撃を受けていたはずだと納得した。
武器収集家であるソナタにとってはフテイルの名刀はこれからの鍛冶の良い参考になるだろう。
以上の理由からデルフはフレイシアと二人でこの間話にあったシュールミットの殺人鬼に向かっているわけだ。
名前はグローテと言うらしくフレイシアが言うには殺人鬼と言っても普段は何か物音がすればすぐ物陰に隠れるほどの臆病らしい。
一部屋を貰ってからそこに引きこもり呼んでも出てこない有様だ。
(昔のアリルのようだな。いや、それを越えているか)
そう考えているうちにグローテの部屋まで辿り着いた。
襖の前には二人の武士が立っていた。
いくらフレイシアが連れてきたとはいえ殺人鬼だ。
護衛もなしに部屋に置いておくわけには行かないのだろう。
「フレイシアです」
「ハッ!!」
武士の二人は道をあけフレイシアとデルフはその前で立ち止まる。
この襖の先にシュールミットを騒がした殺人鬼がいるとなるとデルフでも少しは身構えてしまう。
そのとき、中からシクシクと泣く声と鼻を啜る音が聞こえてきた。
「グローテ。私です。フレイシアです」
「フレイシア?」
中から高くとも低くともない少年の声が聞こえてきた。
「開けてもいいですか? 開けますよ」
そう言って返事を待たずにフレイシアは襖を勢いよく開く。
「へ、陛下!?」
「こうでもしないと時間がかかりますから」
「結構、大胆になりましたね」
気の強さは大きいほど良い。
さすがに傲慢になっては行きすぎだが気の弱い者に王は務まらない、誰も付いて来ないのだ。
デルフはフレイシアの成長に喜びつつ部屋の中に目を向ける。
中は朝だというのに真っ暗だった。
フレイシアが襖を開けたことにより日の光が部屋の中に入り込む。
「ひっ!! ひぃ〜〜〜〜〜!!」
同時に中にいた小さな影が情けない悲鳴を上げて走り出し家具の影に隠れてしまった。
フレイシアが構わずに中に入りデルフもそれに続くとブツブツとした声が聞こえてきた。
「終わりだ。もう終わりだ。終わった。死んじゃう……」
このような呟きと泣き声が永遠に耳に入ってくる。
笑顔のフレイシアだがその笑みが少し不気味になりつつあった。
そして、両手をパチパチと大きく叩く。
「静かに!!」
その大きな声と音にグローテはビクッと跳ねて言葉は止まってしまった。
しばらく静寂が続いたがゆっくりと身体を隠しながら顔を覗かせる。
その顔を見てデルフは少し顔をしかめた。
グローテは不気味な仮面をしていたからだ。
仮面には墨で簡単に顔が描かれていた。
泣いている顔を表しておりまさに今の性格とピッタリな表情だ。
仮面を除けばただの気の弱い金髪の少年だがその仮面が個性を強調している。
「グローテ。こちらが前に言っていたデル……いえ、ジョーカーです」
仮面のせいで正確な視線は定かではないがデルフは目が合っていると確信した。
じーっと物色しているが物陰から顔だけを覗かせている体勢に変わりはない。
それほどデルフを警戒しているのだ。
「改めてジョーカーと言う。よろしく頼む」
そうデルフが一歩前に出て手を伸ばすとようやくグローテも物陰から出てきてトコトコと歩いてきた。
こうしてみるとグローテはかなり小さかった。
子どもであるヨソラと同じぐらいの身長でデルフも見下ろさなければ顔が視界に入らないほどだ。
とても大国シュールミットを恐怖に陥れた殺人鬼には見えない。
グローテはおどおどしながらも差し伸べた手に腕を伸ばそうとする。
だが、そのとき異変が起きた。
「ぐっ!! がぁあああ!!」
グローテが酷く苦しみ始めたのだ。
「あっ! 言い忘れてました!」
「何をです!?」
何か嫌な予感をしていたデルフは喰い気味にフレイシアに尋ねる。
「グローテは感情を制御できません。つまり殺人衝動を抑えることができないのです。それがグローテが殺人鬼となった理由」
「と言うことは……」
「ええ、始まってしまいました。最近は兆候はなかったのですが……もしかするとデルフに何かを感じたのかも知れませんね。デルフ、頑張ってください。シュールミットではウラノ、フレッド、グランフォルの三人がかりでようやく動きを止められました。……まぁ、デルフなら一人で大丈夫でしょう」
デルフは苦い顔をする。
「あの三人でようやく? それは……」
そのときデルフの頭上に何かが覆ってしまい大きな影ができた。
外ならば雲が太陽を隠したと考えることができるがここは部屋の中だ。
デルフは前に目を向けるといつの間に現われたのか大男が立っていた。
上半身にはなにも着ておらず隆々とした筋肉が良く目立つ。
ズボンもその大きな筋肉により八切れて股下が破れていた。
(……!? いつの間に!?)
デルフの身長を優に超えてデルフは見上げないとその男の顔を見ることができない。
天井に頭がぶつかろうとしているぐらいの身長だ。
明らかな殺気がその男からひしひしと伝わってきてデルフは考える間もなく身構えた。
普段ならば後ろに下がっているところだが今、デルフの隣にはフレイシアがいる。
主君を置いて下がる選択肢はデルフには元々存在していない。
デルフはその大男を睨み付けていると先程見たグローテの仮面と同じような物を付けていた。
いや、先程の仮面と少し違う。
表情が泣いているものではなく怒りを表していた。
「陛下……これは」
「ええ、グローテです。私たちはこの変化のことを
デルフが前を向くとグローテが凄まじい速度で目の前まで迫っていた。
「いきなりか!!」
そのままグローテの突進を直撃したデルフは部屋から弾き飛ばされた。
「フレイシア殿!!」
「大丈夫です!! 大事にはしなくて結構です!! 私が向かいます!!」
そんな声が聞こえながらもデルフは突進の衝撃から身動きが取れなかった。
城の外、さらに城下街をも越えて国外の地面に背中から叩きつけられてようやく自由となった。
「くっ!!」
デルフはすぐさま立ち上がると同時にグローテもデルフを追って地面がへこむほどの勢いで着地した。
「コロスコロスコロス!! ぐああああああああ!!」
隠す気もない殺意を周囲にばらまき両手で地面を殴っている。
地面に拳がぶつかる度に周囲に地響きが起こるほどの威力だ。
だが、デルフにはグローテが苦しんでいるように見えた。
「抑えることができない殺意……そうか」
そして、怒りの仮面を被ったグローテは地面を蹴った。
大きく手を振りかぶりデルフに狙いを定めている。
「丁度良い。制御できるかどうか後に回してお前が本当に使えるか実際に試してやる」
そのときグローテが大きく振りかぶった拳に異変が起こった。
その手が急に巨大化したのだ。
その拳の大きさはデルフの身体を包み込んで余りある。
だが、デルフはその拳を片手で受け止める。
その際に足が地面に食い込んでしまうほどの威力だ。
まともに受けていれば骨の一本や二本は覚悟しなければならないだろう。
グローテは全力の攻撃を受け止められても動じずさらに何度も何度も拳の連打をしてくる。
大きな図体になったにも関わらず素早く威力も損なわれていない。
「なるほど、あいつらが苦労するわけだ。小細工はなくただの力押し。あいつらが一番苦手にしている相手だな」
だが、デルフの視力には速さなど無意味に等しい。
さらに天人にへと進化している身体はデルフの弱点であった力も補っている。
そのためデルフはグローテよりも一回り小さな腕で物ともせず攻撃を防いでいく。
今のデルフに弱点など存在せずまさにこの世界の最強の一角となっている。
その後、グローテは拳だけでは無駄と悟り大きな蹴りをも混ぜてきた。
しかし、蹴りは拳に比べれば速度はなくデルフは難なく抱き込むように足を捕まえる。
さすがに威力のある蹴りの衝撃を一身に受けると堪えるが顔色が変わるほどでもない。
デルフはグローテの足を両手で握り自分の身体ごと大きく振り回す。
そして、その勢いを殺さずにグローテの足を持った腕を大きく上げて振り下ろし地面に思い切り叩きつけた。
大きく砂埃が舞い地面が割れるほどの威力。
「速度、威力。十分だな」
グローテは倒れたままピクリとも動かなくなってしまった。
微かに身体が動いていることから生きてはいる。
だが、殆ど無防備のまま頭を地面にぶつけたためしばらくは動くことはできないと判断しデルフはようやく臨戦態勢を解く。
だが、そのとき倒れていたグローテに動きがあった。
地面のへこみから飛び出したグローテは軽やかに着地する。
先程までの力任せの動きではなかった。
デルフはそのグローテの姿に目を見開く。
その後、小さく口元を釣り上げた。
「喜怒哀楽……なるほど、そういうことか」
目の前には鎧姿で仮面を付けている青年の姿があった。
その仮面の表情は目が笑っていた。
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