第197話 小さな友情
デルフたちが戻ってからある日の朝。
サフィーはいつもよりも早起きをしていた。
とはいえ城の中は人が活発に動いている時間帯だ。
それでもサフィーからすれば眠気を我慢して布団から身体を起こしたのだ。
早起きの理由は今の行動が良く表している。
サフィーが恐る恐る顔を覗かせている先はとある一室。
だがサフィーはその部屋の中を一通り眺めた後、顔をしかめる。
「いない、わね」
サフィーは顔を引っ込めて再び歩き始める。
「せっかく早く起きたのにもう起きているなんて……」
自分基準で考えているサフィーには現在の時刻が既に皆が起きていて不思議ではない時間だとは考えにもない。
傍からはサフィーこそ寝坊と言われてもおかしくない時間に毎日起きていると考えられていてもおかしくない。
「寝室にいないとなると……フレッド。どこと思う?」
しかし、いつもすぐに返ってくるはずの声が聞こえてこない。
サフィーが隣を見るとフレッドの姿は無かった。
「ああ、そうだったわ」
先日、デルフが帰ってきてから頻繁に大会議が早朝から行われているのだ。
その大会議にデルフはもちろんグランフォルやウラノといったフレイシア率いる豪傑たちも参加している。
その中にはフレッドも当然含まれている。
つまり、サフィーが今日早起きしたわけは自発的にではなく会議に出るフレッドがいつもの時間に起こすことができないため早い時間に起こしたことも理由の一つでもある。
声が返ってこないことに少し気持ちが沈んでしまうがすぐに自分に発破をかける。
(私ももう大人よ。フレッドがいないから何よ。頼ってばかりだとモラーレンの名が廃るわ!!)
そうしてドシドシと虚勢を張るように歩いている見慣れた顔が見えてきた。
「あっ」
「おはようございます。今日は早いのですね」
いつものゆったりとした黒のドレスに身を纏った桃色髪の少女が元貴族であったサフィーも息を呑むような綺麗な挨拶をして見せた。
言わずもがなアリルだ。
「私もやることが多いのよ」
「はぁ、そうですか」
「何よ、その面倒ごとを増やさないでくれといった目は」
「伝わったようで何よりです」
にこっと笑うアリルにサフィーはむっと顔をしかめるが言い返したい気持ちをぐっと抑えて一回落ち着いた。
「そう言えばアリルは会議に出なくてもいいの?」
「僕はフレイシア様の侍女です。デルフ様かフレイシア様が決めたことに口出しするつもりはありませんし命令があれば四の五の言わずすぐさま動きます。なので、わざわざ時間をかけて出る必要はありませんよ」
「ふーん。相変わらずあなた変わっているわね」
「褒め言葉として受け取っておきます」
それから少し会話をした後、アリルが仕事がありますのでそろそろと一礼して立ち去ろうとする。
「ちょ、ちょっと待って」
サフィーを通り過ぎたアリルが振り返り首を傾げる。
「あの子はなんて名前なの?」
「……あの子とは?」
「あなたと一緒に帰ってきた子よ」
「もしかしてヨソラお嬢様のことですか?」
「……そう、ヨソラっていうのね」
サフィーは何度もその名前を反芻させる。
「ヨソラ、ヨソラ……うん、覚えた」
アリルは不思議な顔でその光景を眺めている事に気が付いたサフィーは顔を赤らめて言葉を捲し立てる。
「そ、それでその子は今どこにいるのかしら?」
「自室に戻ったと思いますが……」
「私もそう思ったのだけどいなかったわ」
アリルは手を顎に当てて深く考える。
「……もしかするとまだ厨房にいるかもしれません。最近、料理について興味を覚えておられるのでまだ侍女たちに教わっているかも。できれば包丁はまだ持たせたくないのですが、考えるだけでもヒヤヒヤします」
「厨房……分かったわ。ありがとうアリル」
そして、サフィーは厨房にまで一直線に走って行く。
「いないじゃない!!」
熱気が籠もっている厨房にサフィーの声が響く。
侍女たちが昼食の準備で忙しなく動いているがそこにヨソラの姿は無かった。
「あっ、サフィー様」
サフィーが目に入った侍女の一人が手を止めて近づいてくる。
「フレッド様からご連絡を頂いております。こちら、朝食です」
お盆に乗っているのは白ご飯に味噌汁に加え焼き魚と漬物といったフテイルでは珍しくない料理だった。
フレッドからの連絡によってサフィーがいつもよりは早起きしていることから侍女たちも準備を早めてお盆に乗っている料理からは湯気が昇っていた。
口に入れなくても作り立てであることが分かる。
「そう言えば……食べてなかったわね」
「今召し上がるなら昼食の時間をずらしておきます」
「その必要はないわ。時間通り食べるから。……部屋に戻るのは面倒ね」
そう言ってサフィーはお盆を持って空いている適当な場所に座る。
「いただきます」
箸を持って手を合わせた後、焼き魚の身を摘まみ口に運ぶ。
「?」
不思議に思いもう一度口に運ぶ。
やはり何か引っかかる。
「ねぇ、味って変えた?」
「味……ああ、そう言えば今朝はヨソラ様が私たちのお手伝いをしてくれました。すぐ隣ではアリル様がとても心配げに見ておられた光景はとても微笑ましいものでした」
クスクスと笑う侍女。
だが、サフィーは衝撃を受けてそれどころではなかった。
黙々と手と顎だけは動かしてさらに食べ続ける。
「美味しい。まさか料理ができるなんて、聞いた話だと確か私より一個下のはず」
サフィーの頭に昔包丁を持って手が傷だらけになりそれ以降、料理をさせてもらえなくなった過去が蘇る。
(だ、大丈夫。まだまだ私はこれからよ……)
瞬く間に食べ終えたサフィーはすぐに厨房を後にした。
「飛び出したのはいいけど……どこにいるのよ〜」
手掛かりを完全に失ったサフィーは振り出しに戻り城の中を歩いていた。
もはや、虱潰しに歩いて回るしかない。
城の広さは途方もなく少し憂鬱になりつつも歩いていると前からグランフォルが歩いてきていた。
「グラン、ヨソラって子見なかった?」
グランフォルは眠そうに欠伸をしてから答える。
「んー? ヨソラっていえばジョーカーの娘だったか……あれは驚いたよな〜。まぁ、ジョーカーだからな。そういうこともあるだろってすぐに納得もしたけどな〜」
相変わらずのマイペースに子どもであるサフィーでさえ苦笑いをしてしまう。
「それで見たのかしら?」
「あーたしか庭で見かけた気が……寝起きで寝ぼけていたから見間違いかもしれないけど」
「分かったわ」
サフィーは急いで庭に向かおうとするが途中で振り返る。
「そう言えばグラン……会議はどうしたの?」
そう尋ねるとグランフォルの背中がビクッと跳ねた。
「い、いやー俺も俺で用事があるからなー。ま、まぁ子どもはまだ会議なんてそんな難しいこと気にしなくても良いぞ」
目が泳いでいるグランフォルはそのまま逃げるように立ち去っていった。
「サボったわね……」
それからサフィーが庭に向かうとようやくヨソラを見つけることができた。
ヨソラは花壇に向かってしゃがんでいた。
花の周りを飛ぶ数匹の蝶を目で追っており徐に指を上げるとそこに一匹の蝶が止まる。
後ろにいるサフィーに気が付いた様子はなかった。
そこでサフィーは良からぬことを思いつく。
(ふっふっふ)
ゆっくりと足音を立てずに忍び足で近づいていきすぐ隣にまで近づくと口を包み込むように両手を当てる。
「わっ!!」
しかし、至近距離での大声にヨソラは動じなかった。
だが、ヨソラの指に止まっていた蝶は別で大声と共に飛び立ってしまった。
「あっ……」
飛んでいく蝶を見てヨソラの周囲に悲しげな雰囲気が漂い始める。
チラリとヨソラはサフィーに片目を向けるがその目の色は興味がなさそうなものだった。
完全に不機嫌になっていた。
(や、やってしまったわ……)
ヨソラからすれば普段通りだがサフィーからすればその視線は身を捩らせるに十分な程の不気味さがあった。
そしてヨソラはサフィーを一瞥した後、視線を逸らして歩いて行く。
(不味いわ。このままじゃ……何か何か……)
サフィーは普段はあまり使わない頭を十分に回転させて思いついた一言を大声で放つ。
「あなた……名前は?」
サフィーは既にこの少女の名前はヨソラだと知っているがそう尋ねた。
親しくない、ましてや誰かも分からない相手からの悪戯に気分を害さない者などいない。
ヨソラのサフィーに対しての第一印象は最低と言っても過言ではないどころかその通りだろう。
つまり、ヨソラはサフィーの質問に対して無視することもできた。
しかし、そうはせずに足を止めて振り向いたのだ。
「……ヨソラ・カルスト」
声には力が入っており瞳には輝きが宿っておりこの名前にヨソラが大きな誇りを持っていることが大きく感じられた。
それよりもヨソラが言葉を返してくれたことにサフィーは喜び慌てて自分も自己紹介を返す。
「私はサフィー・モラーレンよ」
サフィーは胸を張ってそう自己紹介した後、ヨソラを逃がさないように目に入ったものについて尋ねる。
「その熊の人形は大事な物なの? ずっと持っているわね」
「おとう、さんから……はじめて、もらったもの」
「お父さんってジョーカーのことね。へぇ〜いいセンスしてるじゃない」
「つくってもらった」
「えっ? 作ったの? 見かけによらず手が器用なのね……」
次にサフィーは先程までヨソラがしゃがみ込んでいた花壇に目を向ける。
「それでヨソラは何していたの?」
「はじめて……みるもの、いっぱい。あのきれいなのも、はじめてみた」
「綺麗って蝶のこと?」
「ちょう?」
「もしかして知らなかったの?」
「うん。ずっとくらいところにいた。なにも……しらない」
ヨソラの言葉と瞳から嘘ではないことは疑うまでもない。
過去にどのようなことがあったのかサフィーは想像することすらも恐ろしくなる。
(ど、道理でこの歳で言葉が辿々しいわけだわ……学問を学ぶ機会や人と話す機会さえもなかったのね……)
サフィーはぎゅっと強く拳を握る。
「わ、私が全部教えてあげるわ!!」
気が付けば自分の意志とは関係なくそう声が出ていた。
「……ほんとう?」
「ええ、もちろんよ。だから……だから……」
サフィーは頑張って言おうとするがその後の言葉が言い淀んでしまう。
「……ともだち」
そう言ってヨソラは手を差し伸べた。
先に言われたことによる悔しさと言い出せなかった恥ずかしさによりサフィーの顔が真っ赤に染まる。
「し、仕方ないわね。あなたがなりたいならなってあげてもいいわよ!!」
恥ずかしさを紛らわせるため勝手に出た言葉だが言った後にサフィーの顔は青ざめ後悔する。
なぜなら、この答え方で良い反応を貰えた試しが一度もないからだ。
だが、その心配はヨソラに対しては杞憂だった。
「うん。……なりたい。はじめての、ともだち」
呆然としていたサフィーだがようやく意地はなくなり心から笑顔を見せて差し伸ばされているヨソラの手を握った。
「ええ、友達よ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます