第196話 帰参の宴

 

「だけど、あんたの周りも見ない顔が増えているわね〜」


 そう言ってナーシャが目を向けた先はソナタだった。


 ソナタは両手を突いてナーシャに視線を合わせる。


「元デストリーネ王国騎士団四番隊隊員ソナタ・フィグランと申します。以後お見知りおきを」

「驚いた。……デルフが連れてきたにしてはまともね」


 心の底から驚いた顔をするナーシャにデルフは顔を引き攣らせる。


(失礼な。今までだってまともなやつ連れてきた……)


 デルフは頭を巡らせていくが確かに思い当たらなかった。

 強いて言えばウラノだが、見た目がまともとは言いがたい。


(そもそもまともって何なんだ? だけど言えるのが一つだけ……ソナタはまともではない)


 考えている内にわけが分からなくなり考えを止めたデルフだった。


 そうデルフの中で自問自答が繰り広げられていることを知らないナーシャは話を進める。


「ソナタさん。あなたの働きを期待しています」

「ハッ!!」


 深々と頭を下げるソナタ。


 うんうんと嬉しそうに頷いているナーシャだがその動きが突然止まる。


「さて、と。そろそろ聞こうかしら、デルフ。……その可愛い子は誰かしら?」


 ナーシャはチラチラとデルフの左隣に座る少女を見ていた。


 どうやら今まで見て見ぬ振りをしていたようだ。


 デルフはどう言うか迷っていたがつい先程の出来事を思い出して悪戯な笑みを浮かべる。


「……愛娘だよ」

「へぇ〜……えっ!?」


 頷いていたナーシャは顔が途中で固まってしまった。

 ぽかーんと口を開けてデルフとヨソラを交互に見ている。


 かなりの驚き様だ。


 先程のデルフと立場が逆転してしまった。


 チラリとヨソラに目を向けると無表情のままだったがデルフはなぜかヨソラが機嫌を損ねていることに気が付いた。


「ヨソラ、どうした?」

「なんでも、ない」


 ヨソラがこちらに目を向けるとさらにヨソラの周りの空気が急に落ち込んだ。

 そして、ヨソラにしては珍しく目で見て分かるほどに頬を膨らませて見せた。


(一体どうしたんだ……あ)


 ヨソラの視線を追って行ってみるとデルフの隣に座って裾を摘まんでいるシャロンに辿り着いた。


「……む〜」


 そして、ヨソラはぷいっとデルフから顔を背ける。


 何となく理由を察したデルフは怒ったヨソラを宥めようとするが驚き固まっていたはずのナーシャの大声に邪魔される。


「え、え? で、デルフ!! だ、誰の子よ!?」と鬼気迫った顔で詰め寄ってくるナーシャ。


「も、もしかしてアリルちゃん!?」


 凄まじい勢いでナーシャの視線がアリルに向く。


「ち、違いますよ!!」


 アリルももの凄い勢いで立ち上がって顔を真っ赤にしながら全力で否定する。


「姉さん。取り敢えず落ち着いて」

「こ、これが落ち着いていられるものですか!!」


 何とか宥めることができたデルフはナーシャを手招きして囁く。


「ヨソラの前では言うわけにいかないことだから詳細は後で説明するが取り敢えずは訳がある」


 それを聞いてナーシャはおろおろしていた表情から引き締まりゆっくりと頷いた。


 その後、ゆっくりとデルフから顔を離して「どうやら私には想像が難しいほど苦労しているのね〜」と呟く。


 軽い口調なのだがその声色はとても重い。


 ナーシャはふぅーと大きく息を吐きうーんと伸びをする。


「デルフを驚かしてしてやったりと思っていたのにまさか仕返しされるなんて……」


 ナーシャは悔しそうにそう呟きながらも口元は笑みを浮かべていた。

 そして、笑みがさらに悪戯な物に変化して片手をデルフの肩にポンと置く。


「次はあんたの番よ」

「……それはどういう」


 言葉を返そうとしたそのときどたどたと遠くからこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。


「あ、そうそう。何も言わずに自分を囮にしたこと、なんで何も言わなかったと思う?」

「……なんで?」

「後が可哀想だったからよ」


 その言葉と同時に謁見の間の入り口に顔を見せたのは白いドレスを着用した王女姿のフレイシアだった。


 その瞳は今にも泣き出しそうなほど潤んでいるが漂っている雰囲気は刺々しい。


 デルフはいろいろな感情が混じった槍のような視線を一身に受け振り向くのが恐ろしく未だに前を見ていた。


 そのデルフの表情を見てナーシャがクスクスと笑う。


(他人事だと思って……)

「デルフ!!」


 デルフの思考を遮る声が骨の髄にまで伝わるように駆け巡っていく。


「はい!!」


 その返事が出たのは反射だった。


 背筋がピンと伸びたデルフは意を決して振り向く。

 その瞬間、視界が真っ白に染まった。


 すぐにフレイシアが目の前まで迫っているのだと気付いたがデルフは呆気にとられそのまま押し倒されてしまう。


「へ、陛下……」


 フレイシアはデルフの身体に馬乗りになってのし掛かり両手でどんどんとデルフの胸を叩く。


「ほ、本当に……本当に心配したのですよ!!」


 真っ直ぐデルフを見下ろすフレイシアの瞳から涙がぽろぽろと零れ始める。


「あ、あれ……もうあなたのせいですよ。……デルフ、無事で良かった」


 フレイシアは涙でぐちゃぐちゃになった顔を隠すようにデルフに抱きついた。


 デルフはその言葉を全て受け止めてフレイシアの背中に手を回してぽんぽんと優しく叩く。


 そのとき、さらに外から複数の足音がどたどたとこちらに向かってきていた。


「殿!! ご無事で何よりです!!」


 まずはウラノがデルフの隣にまで素早く移動してきて跪き頭を下げる。


 続いて入り口にはグランフォルが顔を見せた。


「うわっ……本当に生きてた。マジかよ。あれをまともに受けて生きているのかよ。何か複雑な気分だ」


 さらにサフィーとフレッドもその隣に立っていた。


 デルフはフレイシアを宥めて起き上がる。


 フレッドはデルフと目が合うや微笑んで一礼して口を開く。


「お戻りお待ちしておりました。お嬢様もあなたのことを心配していましたよ」

「ちょ、ちょっとフレッド!!」


 サフィーはフレッドに怒鳴るがフレッドはニコニコと微笑んだままだ。


「もう!」


 そして、チラリとデルフに目を向けた。


「べ、別に心配なんてしてないわよ!! 勘違いしないでよ!! ……ただ、あなたがいないと母様かあさまが悲しむからよ」

「母様?」

「フレイシア陛下のことです。最近ではお嬢様は陛下のことを奥方様のようにお慕いしているのです」

「そうか」

「……何よ。何か文句あるの?」

「可愛いところがあるじゃないか」

「なっ!?」


 顔を真っ赤にするサフィーを見てデルフは思わず笑みが零れた。


「コホン。皆、積もる話は山ほどあるだろう。今夜、宴の席を設ける故、今まで溜め込んできたものを全て吐き出すといい」

「悪いな」


 そして、皆は宴会場に移動した。


 今回の宴はフレイシアの一行とフテイルからはナーシャとタナフォス、そして前王のフテイルのみで殆ど身内だけのものだ。


 フテイルはナーシャに王の座を譲った後、隠居の身となっている。


 たまに政務に顔を覗かせることはあるが口出しはあまりせずナーシャに殆どを任せているとのことだ。


 ティーシャとシャロンの双子をそれぞれの太股に乗せて幸せそうな笑みを浮かべている様を見るとデルフが騎士の時代に見たフテイルとかなりかけ離れている。


「まさか、存命の内に曾孫に出会えるとはのう。長生きはしてみるものじゃ。ガハハハハ」


 フテイルのことを知らない者が見れば街にいるごく普通のお爺さんに見えるだろう。


「殿下……お歳を考えてください。ほどほどに」


 こうして見るとタナフォスの苦労もよく分かりデルフは気の毒にと思いつつも目を逸らした。


 そうしている間に座っているデルフの目の前に侍女たちが料理を並べていく。


(予め宴会を開くつもりだったのか?)


 あの場で突然宴会を決めたにしては目の前に並べられた料理は明らかに豪華すぎた。


 フテイルの料理人の実力が高いという線も捨てきれないがとても事前準備なしで作れるものではない。


 (そう考えると俺たちが帰ってくる時間を見越していたとしか思えない。……こいつには全てが見えているのかもしれないな)


 そして、ナーシャが乾杯の音頭を取った後、各々がご馳走に箸をつけ始めた。


 しばらくしてデルフは口を開く。


「陛下、シュールミットはどうでしたか?」

「色々ありましたが取り敢えず安心してください。同盟は結ぶことができました」


 そして、フレイシアは簡単に説明を始める。


 まずは、シュールミットもフテイルやソフラノと同様に世代交代が行われていたとのことだ。


 向かって早々に都を恐怖に陥れていた殺人鬼事件を解決すると感謝され王宮に呼ばれたこと。

 新たに王となったシュールミットの王女がフレイシアと年が近く仲良くなったこと。

 などなど、一日は潰れるほどの内容だ。


 取り敢えず同盟の件は上手くいったと安心するがフレイシアの表情は少し暗い。


「何か不安なことでも?」

「ええ、私の予想だとシュールミットは二つに割れています。いえ、これから割れると思います」

「二つとは?」

「私が仲良くなった王女のミーニアとその弟の王子です。しかし、それは表には出ていません。それどころか傍から見れば二人は仲の良い姉弟です」

「王子がこの同盟に否定的であったと?」

「……申し訳ありません。なんとも言えないです。ただ、弟君の心の奥底には何か得体の知れないものを感じただけというしか。表に出ていないため何もできずそれどころか話が円満に終わったため何もできず帰ってきました」

「……それが最善の策でしょう。シュールミットはフテイルの背後。無闇に突いてシュールミットを混乱させてもこちらにはデメリットしかありません。ですが念のためタナフォスには警戒するように言っておきます」


 デルフは盃に注がれた酒を口に含む。


(どの国でも権力争いは起こってしまうようだな……)


 少しデルフは憂鬱な気分になってしまう。


「そう言えば……ウラノ」


 フレイシアが思い出したようにウラノを呼ぶ。


「は、はい!!」


 酔って纏わり付いてくるアリルを振りほどきフレイシアの下にそそくさとウラノが小走りで向かってくる。


「グローテはどうしてます?」

「一応声をかけましたが引きこもったままです」 

「そうですか……」


 そのときウラノの背後からアリルが顔を覗かせた。


「チビ、話は終わってませんよ〜!! どちらがヨソラお嬢様のお世話役になるか話をつけようじゃありませんか!!」


 四の五の言わせずにウラノを捕まえたアリルは自分の席に戻っていく。


「と、殿〜〜」


 デルフは微笑んでウラノを見送った後、フレイシアに尋ねる。


「陛下……グローテというのは?」

「先程話に出てきたシュールミットの殺人鬼です。居場所がなさそうでそれに使えそうでしたので連れてきました」

「……大丈夫なのですか?」

「ええ、普段は大人しいものです。いえ、大人しすぎるくらいです。明日、引き合わせてあげますよ。少々、取っ付きにくいですがデルフなら大丈夫でしょう」

「少し投げやりな感じがしますが……」

「コホン! 私も聞きたいことが一つあります」


 真面目な顔になってデルフを見詰めるフレイシア。


「ヨソラさんとは?」

「……とある事情があって俺の娘になりました」

「とある事情?」


 ヨソラがウラノとアリルの板挟みになっているのを確認したデルフはフレイシアたちと別れた後の出来事やヨソラの過去について説明する。


「そんな酷いことが……」


 フレイシアの表情は暗くなる。


「しかし、今はあのように笑顔を見せているのでどうか遠慮なく接してあげてください」

「笑顔?」


 フレイシアは目を細めてヨソラを見たが首を傾げた。


「笑顔ですか?」


 しかし、デルフの目にはヨソラの口元が僅かにほんの僅かにだが釣り上がっているのを捉えている。

 これが分かるようになるまではデルフの視力を持ってしてもかなり時間がかかったため。


「そ、それで……」


 フレイシアが何やら言いにくそうにもじもじとしている。


「母親は誰ですか? 実親ではない母親です。誰もいないなら……」

「ヨソラはリラのことを母と呼んでいます」


 フレイシアのキラキラとしていた眼が急に黒に染まった。

 しかし、すぐに微笑みを見せた。


「むぅ……リラさんなら文句は言えないです」


 リラルスもリラルスで、「いくらお姉様の子孫でもヨソラの母親役は渡せぬ」などとほざいている。


「なになに……何の話をしているの? お姉さんも混ぜてよ〜」


 そう言ってフレイシアがデルフとフレイシアの前に自分の料理と酒を持ってきて座った。


 それと同時にデルフの横にトコトコとルーが歩いてきた。


「ルー、置いて行って悪かったな」


 デルフはルーを両手で持ち上げて自分の顔の前までに持ってくる。


「ルーさんには今回かなり助けられました。ルーさんがいなければシュールミットの同盟もこんな早くには進まなかったでしょう」

「そうか。良くやったな。陛下にお褒め頂くなんて羨ましやつだな」


 ルーは満更でもない雰囲気を醸し出す。

 これ以上は天狗になるだけなのでデルフは口を閉じた。


 その後、デルフ、ナーシャ、フレイシア、久しぶりの三人で昔話に花を咲かせる。


 デルフは束の間、王国の外れにあった家での生活を思い出して酒を啜る。


 もう酔うことはできないがそれでもその動作自体であの頃の思い出が溢れるように思い出し感慨深くなった。

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