第194話 出迎え
ソナタと出会ってから数ヶ月が経ちその間にフテイルに向かいつつもソナタとデルフ、時々アリルも混じっての鍛錬は毎日欠かさず続いた。
デルフが考えていた以上に早くソナタは力を使いこなし今では五割程度自由に扱えるようになっている。
ただ、ソナタは人間の身であるため封じ込めている魔力による身体の負担は大きく奥の手であることには変わりはないが。
しかし、それを抜きにしてもソナタの剣術は並みの強さではないため十分にやっていけるだろう。
そうしている最中にも歩は止めずようやく懐かしい建物が見えてきた。
「師匠、あれが……城ですか」
目の先には小さく見えてきた城の屋根に目を奪われ息を呑むソナタ。
その存在感はまだ距離があるのにもかかわらずに伝わってくる。
それだけがソナタが驚いている理由ではない。
他の国々と違いフテイルの文化は極端に違う。
ソナタがよく知っているデストリーネの王城とは作りが全く異なるのだ。
これがもしデストリーネの王城より見劣りするものであったならばこれほどの感動はないだろう。
かといってデストリーネの王城が見窄らしいといえばまた異なる。
つまり、フテイルの王城はデストリーネと違った美しさがあるということだ。
「これで驚いていたら先が持たないぞ」
城だけではなく城下街や騎士もまたデストリーネとは全く異なる。
隣で歩いているヨソラも表情は変えていないが滲み出る雰囲気から興奮が伝わってくる。
「ちなみに今までの出来事はウラノに伝わっているのだな」
「はい。チビが“
アリルはデルフと合流する前にウラノから“感覚設置”によってウラノの片耳の聴覚を肩に置かれている。
つまり、今こうして喋っている内容もウラノに届いているということだ。
「なら俺らが帰ってきているのも把握しているというわけか」
歩き進めてようやく城全体が顔を出した。
それを見てソナタとヨソラは息が合ったようにさらに息を漏らしている。
デルフはそれと違った別の息を吐く。
(……取り敢えず間に合ったようだな)
デルフが懸念していた最悪の事態はデストリーネの総攻めによってフテイルが既に滅びてしまったという場合だ。
フテイルはデルフにとって、いやフレイシアにとっての生命線だ。
この国が滅びれば決戦を行うどころの話ではなくなる。
つまり、その時点で敗北が決定するのだ。
『確かに総攻めされればフテイルといえども耐えきれぬじゃろう。じゃがこの国にはあの男がいるのじゃ。それは百も承知しているじゃろう』
(ああ、タナフォスならば事前に策を打っているだろう。現にこうしてまだフテイル本国に戦争の雰囲気はなさそうだ)
そして、前にはフテイル全体を囲む大きな水堀が見えてきた。
フテイルには入国するためにはこの水堀の四方に架かっている橋を通って門を潜る他ない。
「いつ見てもこの光景には感嘆の念しか抱けないな。これ以上に攻めにくい城はないだろう」
「初めてみましたがフテイルがこれほどとは……。本当に小国ですか?」
橋まで近づいたときデルフはその場に立ち止まる。
それに合わせてアリルたちも立ち止まった。
「アリル」
「ハッ」
「俺は別から入国する。お前は二人を連れて入国し城に向かってくれ。後で合流する」
「分かりました」
アリルは事情をすぐに察して頭を下げる。
しかし、ソナタは何も事情を知らないため困惑している。
それを見たデルフは簡単に説明する。
「ソナタ、言い忘れていたがデルフという人間は既に死んだことになっている」
「!?」
「そして、今はジョーカーと名乗っている。まぁ理由があって……もう俺は公に入国するわけにはいかない」
「……なるほど。分かりました」
そして、デルフは三人の下から姿を消した。
別から入るとアリルたちに言ったがもちろん難攻不落のフテイルに門以外から入国できる場所なんてない。
では、どこから入るのか?
デルフは三人から離れた後、フテイルの外周を水堀の方面に目を向けながら回っていた。
先程、フテイルは要害だと言ったがそれは普通の軍を用いた場合のこと。
魔物、特に
デルフは適当な箇所で足を止め水堀に向かって再び走り出す。
地面を軽く蹴ることで水堀を飛び越えてさらに跳躍していき高く分厚い壁すらも越えた。
真下に目を向けると城下街が見える。
そして、人気のない場所を捉えて宙を蹴り急降下していく。
着地したのちまたも素早く地面を蹴って高速に移動し人が誰一人いない路地裏にてようやく足を止めた。
デルフが横切った者たちは通り風が過ぎたぐらいにしか思わず誰もそれが不法侵入してきたデルフだとは思わないだろう。
『わざわざこんなことをしなくてもフテイルには事情を知っている者も多いのじゃろう?』
(魔人ジョーカーは大悪人であり人類の敵だ。ソフラノ王国では特にそうなっている。これからフテイルは陛下を筆頭にして各国と手を取り合っていかなければならない。それがもしフテイルがジョーカーを入国させたと漏れれば無用な諍いが生まれるかもしれない)
『考えすぎではないか?』
(できうる限り悪い芽は潰して置くに越したことはない。不法侵入となれば警備面での不信感はあるが加担しているとは思わないだろう)
そして、デルフはアリルたちと合流するために歩き始める。
「理由は理解できるが些か強引すぎではないか?」
突然、背後から声が聞こえデルフは短刀を作りだして身構える。
だが、見知った顔を見てすぐに肩の力を抜く。
「驚かすな。タナフォス」
前髪はそのままに長髪を後ろに束ね紺の着物に灰色の羽織を羽織っている武士タナフォスがそこに立っていた。
腰には刀と木刀を差している。
いくら殺気がないとはいえデルフは声をかけられるまでタナフォスの存在に気が付かなかった。
さすがはタナフォスだというべきだろう。
「そなたこそ、もう少し魔力を抑えてくれないか。若い者たちが飛び出すところであったぞ。何とか某が向かうと言って抑えられたが」
「…………」
デルフは自分の魔力の流れを確かめると確かに漏れ出ていた。
『済まぬ。デルフ。していたようじゃ』
いくら魔力の扱いが秀でているリラルスと言えども気付かぬうちに増え続ける魔力に間に合っていないのだろう。
(いや、お前に任せきりな俺にも非はある)
デルフとリラルスは意識を集中させて魔力を引っ込ませる。
「騒ぎを起こしてすまなかった」
タナフォスは神妙な顔付きでデルフを見ていたがすぐに元に戻す。
「そなた、もしや……。いや、そなたこそ無事に戻って何より」
目の前にフテイルの頭脳であるタナフォスが出迎えに来てくれたのでデルフは早速現状について尋ねる。
「そなたも気が付いているだろうが本格的には仕掛けてきてはいない。小競り合いは多発しているが」
タナフォスはデストリーネ方面に簡易的であるが多数の砦を作りフテイルの武将を持って敵の侵攻を食い止めているとのことだ。
「現在、送り込んでくる魔物と兵だけでは本国に攻め寄せるはおろか砦一つも落とせないであろう」
「しかし、続けている。その目的は武将たちの疲弊を誘っていると考えるべきか」
「であろうな。かの国が今本腰を入れているのは小国連合に対してだ。小国連合を滅ぼし次第、フテイルに攻め寄せてくるだろう」
「小国連合?」
「数多の小国が一つにまとまり大国に匹敵する大戦力を手に入れデストリーネに対抗できるまでになった。小国連合とデストリーネの戦争はもう数年も続いている」
「……それは凄いな」
「某としては我らの陣営に引き入れようと伝令を向かわせたが我らがデストリーネを滅ぼすと返答があった」
デルフの表情は少し暗くなる。
「どうやらデストリーネは本気を出していないようだ。こちらが準備しているように向こうも準備をしていると考えた方が良いだろう。そして、間違いなく……」
タナフォスは頷く。
「そなたの懸念通りいずれ連合は滅びるであろう。しかし、ただそれを見過ごすつもりはない。現時点は物資の援助に留めているがそろそろ援軍を向かわせる予定だ」
それにはデルフも同じ考えだ。
こちらの味方に付いてくれない以上、小国連合にはできるだけ時間を稼いで貰わなければならない。
非情かもしれないがいまは戦の最中だ。
こちらも全てを出し尽くさなければ勝つことはできない。
「それでこちらの準備は何処まで進んでいる?」
「兵糧は余りあるほど蓄えがある。たとえ、戦が数年続こうとも尽きることはないだろう。そして、兵たちの指揮も上がりつつある。準備万端であると言えよう」
「流石だな」
「痛み入る」
これでいつ決戦となっても物資不足に悩ますことはないだろう。
これで負ければ自分たちの実力不足としか言い様がない。
「苦労ばかりかけるな」
「何を、今は世界の一大事であり我らにとっては友好国の危機でもある。手を貸さぬ道理はない」
「それほど忙しいはずなのに姉さんの補佐は疲れるだろう?」
そう言葉をかけるとタナフォスは少し目が泳いだように見えたがすぐに元に戻った。
「ここだけの話、殿下の活発さには骨が折れるのは確か。……今は尚更に」
最後の言葉はデルフには聞き取りづらいほどの小声であったがその表情からは苦労が強く伝わってくる。
それを見てデルフは驚きつつ苦笑いを浮かべる。
「まさかお前から弱音が返ってくるとはな」
「だが、それは休息の間の話であって職務に間はそなたの想像以上に殿下は名君とおなりになっている」
「それは会うのが楽しみだな」
そして、デルフは一番気になっていることを尋ねる。
「……それで陛下は?」
「数日前にシュールミットより帰ってきている。良い返事をもらえたとのことだ」
「!! そうか!!」
デルフが考えていたよりも早い。
これはフレイシアの手腕を証明するものに他ならない。
「これほど早くまとめてくるとは……。それで今はどちらに?」
「供を連れて城下街を巡っておられるだろう」
「そうか。だが、まずは姉さんに謁見するとする」
いくら自分の主がフレイシアであるとしてもこの国の王は姉であるナーシャだ。
まずはナーシャに挨拶するのが道理だとデルフは弁えている。
「殿下もそなたの帰還を待ちわびていた。かなり喜びになるであろう。だがそれ以上に殿下とフレイシア様もそなたの安否にお心を悩まされていたことを忘れることなく」
「……ああ、そうだな」
そして、デルフはタナフォスと共に王城に戻る。
その最中にアリルたちと再会しアリルは隣にタナフォスがいることでかなり驚いていた。
「ところで、ジョーカー。そちらの方は?」
「こいつはソナタ・フィグランと言って元デストリーネの騎士団に所属していた。旅の最中に出会い仲間に誘った。実力に問題ない。必ず力になるだろう」
そうデルフが言うとソナタは満更でもない顔をする。
「そなたがそこまで言うのだ。何も異論はない。して……その姫君は?」
タナフォスの視線の先にいるのはデルフの手を握っているヨソラだ。
「……俺の娘だ」
「なっ……」
「久しぶりにみたなお前がそこまで驚いた顔」
「そうか。そなたも……」
「ん? どうした?」
「ゴホン、いや何も」
何やら含みのある言い方にデルフは訝しげに感じながらも城門を潜りタナフォスたちと共に謁見の間まで向かった。
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