第193話 圧力の檻

 

「ようやく止まったか……」


 目の前で無尽蔵に思えた体力の底が尽き眠っているソナタ。

 静かな寝息を立てて安らかな笑みを浮かべている。


 限界まで戦い続けたデルフにとってはそれが皮肉にしか感じなかった。


「人の気も知らないで……」


 ソナタが使っていた大鎌はいつの間にか長方形の黒い箱に戻っていた。


(何だったんだこの武器は)


 作り出した義手や短剣が何回壊されたかもはや覚えていない。


 身体中に刻まれた無数の傷から戦いの激しさを物語っている。


 デルフは取り敢えずアリルの無事を確かめに戻る。


「アリル。大丈夫か?」

「は、はい。なんとか……」


 アリルはヨソラに介抱されていた。


 戦いの集中が解け今は外傷の激痛との戦いを行っているのだろう。

 何とか作り出した笑みは引き攣っていた。


 傷は酷く爪が剥がれ落ち右肩は食い千切られ、腹部の骨も折れてしまっている。


 食い千切られた肩は今も少量の血が流れ落ちている。

 今までの出血量を考えると夥しい量であり意識を保っているのが不思議なくらいだ。


 しかし、特に危険なのは腹部の骨折だ。


 下手をすれば少しでも動くと内臓に折れた骨が突き刺さってしまう恐れがある。


「アリル……は、くいしばる」

「えっ?」


 アリルの返答を待たずしてヨソラは目に魔力を溜めた。


 ぶわっと目に被さっている髪が浮き黒い瞳、”魔眼”が露わになった瞬間、アリルは痛みに悶え始めた。


「痛ッ!! いたた! お、お嬢様……」


 しばらく痛みに悶え苦しんだ後、アリルはようやく落ち着きを取り戻す。


「ヨソラ、何をしたんだ?」

「固定」


 既にヨソラは力を抜いており浮き上がった髪は再び左の瞳を隠す。


(なるほど、念動力にそういう使い道もあるのか……)


 そこでデルフは一つ疑問が生じた。


「それは力を入れ続けてなくても効果は続くのか?」


 そう尋ねるとヨソラはこくりと頷く。


「じゃま、がない。じかんが……いっぱい」


 つまり、時間をかけて発動した念動力は相手の抵抗がない限り持続させることができるということなのだろう。


「デルフ様」


 なんとか立ち上がることができたアリルがデルフに言葉をかける。


「どうした?」

「ソナタさんはどうしますか?」


 アリルは倒れているソナタに目を向ける。


「それはもう決めてある」


 正直なところ、“くろいざないい”を使えばこの戦いは朝までかかるどころか一瞬で終わらせることができた。

 しかし、デルフはそうしなかった。


 “黒の誘い”は確かに強力だが手加減には不向きだ。

 覚醒後であるこの力を晒してしまえば確実に命を奪ってしまうだろう。


 つまり、デルフはソナタを生かしたかったのだ。


「本人にも言ったとおり仲間に引き入れるつもりだ。あの力は制御もできていなく未熟なものだが、磨けば天騎十聖に匹敵するだろう」

「しかし、危険では?」


 アリルの言う通り現時点では暴走し仲間に危害を加えるのは十中八九目に見えている。


(話を聞いた限りでは夜か酒を飲んだときに暴走していたらしいが……共通点から意識がなくなると暴走すると考えるのが妥当か)


 つまり、現状では夜になればまた昨夜の激闘になってしまうだろう。


「ああ、分かっている。早急に制御をする手段を見つけなければならないな」


 眠っているソナタの目の前まで来るとデルフはソナタを凝視する。


(戦っている最中も見ていたが魔力の流れがまるで暴れ馬だな。安定感がまるでない)


 ソナタの魔力は荒々しく波打っていたのだ。

 これでは意識がなくなると同時に暴走するのも納得ができる。


 それよりも目が行ったのは心臓部にある大きな力の黒い塊だ。


 これこそ悪魔の心臓を食べ続けそこから行き場を失った少ない魔力の集合体だ。


 これがソナタの力を底上げした魔力の源なのだろう。


「だが、ソナタの身体は天人ではなく人間のまま……身に余る魔力を宿し続けているとなると負担はかなりのものになるだろう」


 そもそも天人となっても順応ができなければ命を落とすことになるのだ。


「そう考えると意識がなくなった途端に暴走するのも頷ける。むしろその程度で済んでいることに驚くべきだろう。……このままではいつ自滅するかも分からない」


 増大する魔力に耐えきれなくなりいつ命を落とすことになるか分からないがいつかは必ず命を落とすことだけは確信できた。


 しかし、だからといって解決する手段をデルフは何も思いつかない。


 そのとき、ちょんちょんとヨソラがデルフの裾を突く。


「おとう、さん。そのかたまり、どこ?」

「ここだが、どうした?」

「わかった。やってみる」


 デルフはソナタの心臓部を指さすとヨソラは再び目に魔力を集め始めた。


(何を?)


 隣にいたアリルは驚き慌てているが重傷を負っていたことを忘れていたらしく痛みに悶えている。


 その間にもヨソラは黙って続ける。

 そして、目に力を入れ片手の掌を開いた。


「……みえた」


 そして、ゆっくりと少しずつ何かを握るかのように手をどんどんと閉じていく。


 それを見たデルフは目を点にする。


 ヨソラのその行動にではなくソナタの荒々しかった魔力の源にだ。


 大きかった魔力の源はどんどんと縮んでいきやがて小さな灯火のようになってしまった。


 それに伴いソナタの身体に流れている魔力の乱れは完全になくなり整調されていた。


 かなり神経を使ったのかヨソラの額に小さな汗が流れ大きく息を切らしている。


「お嬢様、一体何を?」


 何が起こったか全く分からないアリルはヨソラに尋ねる。


「かこんだ」


 その一言だけじゃ説明不足だろうとデルフは苦笑いする。


 案の定、アリルは首を傾げていた。


「つまり、ソナタの暴走の原因となっていた不安定な魔力源をヨソラの念動力によって圧縮させたんだ。名付けるなら“圧力の檻パワージェイル”と言ったところか」

「なるほど、つまりもう暴走はしないと?」


 ヨソラはこくりと頷くが一言付け加える。


「ソナタが、こわそうとしたらこわれる」

「それはソナタが檻の耐久の限界を超えるほどの魔力を込めたら壊れるということか?」


 ヨソラは肯定の意を込めて頷く。


「ヨソラ、もう一つ良いか?」

「うん」

「檻の力は調節できるか?」

「どういう、こと?」

「……なんと言えばいいんだ」

「暴れないぎりぎりまで檻を弱めることはできますか?」


 言葉が出てこないデルフに代わってアリルがそう尋ねるとヨソラはこくりと頷いた。


「だけどヨソラじゃなく、ソナタしだい」


 口数が少ないヨソラから何とか情報を引き出して“圧力の檻”を理解することができた。


 イメージをするのならば伸縮可能な立方体の檻。


 その中心に核、つまり魔力の源がありソナタの魔力の出力に合わせて伸び縮みする。


 しかし、限界を超えれば八切れ檻が壊れてしまいそれが暴走に繋がる。


 だが、檻が壊れるほどの魔力となるとうっかりでは込めることはないだろう。

 つまりソナタが自分から壊そうとしない限り壊れることはない。


 しかし、デルフは暴走についてはさほど興味はなくソナタがその力を制御できるかどうかに意欲を示していた。


「まぁ、実際に見るまでは何となくの理解しかできないな。だけどこれでソナタの鍛錬次第でこの力を制御できるかもしれない」

「確かにこの力を制御して前に立たれていたらと思うとゾッとしますね。もしかすると僕は既に死んでいたかもしれません」

「……」


 デルフは跪いてソナタの鎧を剥がして身体に触れる。


「で、デルフ様!! 何を!!」


 デルフはアリルの言葉に気にかけないでソナタの身体を確かめていく。


「……やはりな。完全に制御できたとしても檻を完全に破るのは最後の手にしなければならないな」

「?」


 アリルは訝しげに覗いてみるとデルフの手は血で濡れていた。

 しかし、それはデルフの血ではなく赤色をしている。


 続けてアリルはソナタの身体に目を向けると不自然に血で濡れていた。


 そして、気が付いた。

 所々、ソナタの皮膚が裂けていることに。


「これは……」

「これが身に余る力の代償だ」


 まるで自分に向かって言っているかのように神妙な顔になるデルフ。


「取り敢えず、ソナタの治療を行う。今日の所はここに止まって休息を取ろう。そもそも今日は誰も歩けやしないだろう」


 アリルは目を逸らして気不味そうに笑う。


 既に燃え尽きた焚き火まで戻るとそう時間も経たずして糸切れたようにアリルは眠ってしまった。


 ヨソラもアリルに抱きついてすやすやと眠っている。


「今更だがもの凄く懐いているな。アリルが殺人鬼と呼ばれていたのが懐かしく感じる」


 たまに寒気がするほどの殺気を放つが前までの尖った雰囲気はなくなってしまった。

 もはや昔のアリルを知る者が今のアリルを見れば別人に見えるだろう。


 いつも隣にいるデルフでさえそう思うぐらいなのだ。


 アリルの変化は自分よりももっと大切なものができたことに他ならない。


 (そう言えば現にノクサリオやアクルガが驚いていたな。そう言えばあいつらも大分変わっていた。……それこそ俺もか)


 今思えばずっと同じだったということはない。

 世界に流れている時間は止まらず常に動き続けている。


 それが大きな変化、些細な変化であろうと。


 そして、現在その動きは大きな山を作ろうとしていた。


「時代は変化しつつある」


 そのとき、眠っているソナタの身体がピクリと動いた。


 デルフは暴走する心配はないと理解しているが念のため構えて動向を待つ。


 ゆっくりと身体を起こしたソナタはチラチラと周りを確かめた後、デルフで視線が止まる。


 そして、急激に瞳孔が開きピンと背筋を伸ばした。


「ふ、ふふふふふ副団長!! お、おはようござざます!!」


 ソナタが噛んだことは置いておいて完全に正気を取り戻していることを確認したデルフは構えを解く。


「……やっぱり何も覚えていないのか?」

「何をですか?」


 その反応から意識の欠片も残っていないのだと確信する。


「そうか」

「ところで、なぜアリルはこんな大怪我を?」


 眠っているアリルを見たソナタがそう呟く。


 簡易的な治療を施して一目見ただけでは分からないはずなのだがソナタは一瞬で看破した。


「ま、まさかまた私が眠っている間に敵が!?」


 苦労したデルフは思わず空笑いしてしまうがソナタは至って真剣だ。


「……言わないわけにはいかないか」


 むしろ言わないほうが本人のためにならない。

 なによりデルフはこの力をものにして使いこなして欲しいと願っている。


 そのためには始めに己の理解が必要なのだ。


 そして、ソナタの暴走に加えヨソラが施した“圧力の檻”についての具体的な説明を行う。


 始めは大人しく聞いていたソナタだが次第に顔を真っ青にして目が泳ぎ始めた。


「……ということはアリルの怪我は、私が?」


 デルフはソナタの気を遣い頷くかどうかを迷っているがそれこそ肯定としてソナタに伝わった。


「わ、私はなんということを……副団長やご息女にもご迷惑をかけてしまうなんて……。こんな私がフレイシア陛下に取り立てて貰おうとなんて烏滸がましいにもほどがあります」


 かなり意気消沈してしまったソナタ。


「どうりで泊まった村も翌日追い出されたわけです。村の者たちには謝罪の言葉もありません。これがもしも陛下の前で暴走してしまったら……」

(どうやら、もう“圧力の檻”の説明は忘れているようだな……!?)


 デルフは慌てて飛び出してソナタの手を全力で握る。

 その手にはいつ取りだしたのか短剣が握られていた。


 デルフが止めるのを遅れていればその短剣はソナタの首を貫いただろう。


「お、おい!! 何をしているんだ」

「……死んでお詫びをしようかと」


 何がおかしいというかのように不思議そうな顔で戸惑っているソナタにデルフは苦笑いする。


(なんで俺の周りにはこんなやつらしか集まらないんだ)


 デルフは大きく溜め息を吐きソナタにきつく言い聞かせる。


「いいか、俺は死んだからといって詫びられたなんて決して思わない。むしろ逃げたと考えるぞ」


 ソナタははっと目を見開いて短剣を地面に落とした。


「いいか。死ぬ勇気があるならそれをもっと他のことに使え」

「ハッ!!」


 ソナタは立ち上がり敬礼する。


「それと話はよく聞け。お前はもう暴走はしない」


 改めてデルフは“圧力の檻”について説明を行う。


「……なるほど、私次第でこの暴走していた力も己の力とできるということですか」

「ああ。決戦までに仕上げて貰いたいからフテイルに向かう間、俺も鍛錬に手伝う。できる限り早くものにしてくれ」

「なんと!? 副団長殿がご指南を!? いや、それよりも危害を加えた私をまだ御側に!?」

「何を言っているんだ。お前には役に立って貰わないと困る」


 それを聞いたソナタは表情を明るくさせた。


「必ずやご期待に応えて見せます!!」


 そして、いつからかソナタはデルフのことを師匠と呼ぶようになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る