第190話 苦労の日々

 

「すみませんでしたーーー!!」

 と土下座をする女性にただただ戸惑いを隠せないデルフ。


 そこでアリルとヨソラが戻ってきた。

 手に持っている桶には溢れるほどの魚が入っている。


 ヨソラはいつも通り無表情だが溢れ出る自信を隠せてはいない。


「デルフ様、お怪我を……」


 小走りで走ってくるアリルを掌を向けて静止させる。


 確かに怪我を負っているが全てかすり傷程度でデルフには全く問題にならない。


「大丈夫だ。すぐ治る」


 それで安心したのかアリルは息を吐いて落ち着いた。


「それで、デルフ様。この方は?」


 途轍もなく冷たい声で土下座する女性に侮蔑の視線を向けるアリル。


 アリルからすればデルフに攻撃を行った者は即死罪に処すべき敵なのだ。

 当然、その視線には殺気が含んでいる。


 アリルの殺気はルーよりは劣るがそれでも思わず身じろぎしてしまう不気味さがある。


 現に土下座している女性もその殺気に当てられてビクッと少し震えた。


「それを今から確かめるところだ。もう戦意はないようだから止めてやれ」

「デルフ様がそう仰るのならば……」


 アリルが本当に落ち着いたのを見計らいデルフは未だに土下座し続ける女性に言葉をかける。


「さて、と聞きたいことは山ほどあるが取り敢えず名前から教えて貰おうか」


 女性はビシッと立ち上がり綺麗な敬礼をする。


「ハッ!! 私はソナタ・フィグランと申しますでございます!!」


 支離滅裂な言葉使いであるがひしひしと尊敬の念が感じ取れた。

 そこでようやくデルフは確信する。


「その鎧。四番隊か」

「さすがデルフ・カルスト副団長殿!! ご慧眼恐れ入ります!! お察しの通り私は元四番隊隊員でありますです!!」


 なぜ元四番隊のソナタがこんな所になどといった疑問は一先ず置いておいて先程の戦いの最中に感じていた違和感の正体を理解できた。


(道理で太刀筋が急所を狙っていなかったわけだ)


 デルフは何となく理由は想像できたが答え合わせのつもりで尋ねてみる。


「それで……なぜ俺に攻撃を?」

「ハッ!! 失礼ながら試させて頂きました次第であります。副団長殿は雰囲気と姿がとても変わっておられご本人かどうか確信が持てませんでした。副団長殿の実力ならば私を簡単にあしらって見せると考えましたでございます!!」

「なるほど」

「しかし、無礼であることは事実。お許しが頂けないのであればお詫びとして……今この場で自害を申しつけられても謹んでお受けします」


 すると、ソナタは剣を抜き自分の首に当てる。


 その死を受け入れた瞳からそれが冗談ではなく本気だというのは確認するまでもなく理解できた。


 デルフの一声があれば即座に自分の首を切り落とすだろう。


「早まるな。本気で取りに来ていないことは分かっている。剣を下ろせ」

「!? ……ハッ!! 寛大なお心に感謝いたします!!」


 どうして俺の回りにはこうも自分の命を顧みない奴ばかりなのかと溜め息が出そうになるデルフ。


 しかし、ソナタの手や足が微かに震えていることから相当な覚悟を決めてやったことが分かった。

 そこまでする何かが今までにあったのだろう。


 よく見ると鎧には無数の傷があり血や泥も付着している。

 それだけでも相当な苦労が伺える。


「……ここまでするんだ。俺に何か用があるんだろう?」

「はい。ご無礼を承知で申し上げます。私をフレイシア陛下に騎士として推挙して頂けないでしょうか。フレイシア様が立ったという噂は各地で広がっております。……必ずやお力になります」


 確かにソナタの剣技は厄介であり魔力量に関しては尋常ではなかった。

 もしかすると天騎十聖に匹敵するかも知れない。


「……何より私は居場所が欲しいのです」


 その瞳には寂しさが宿っていた。


「……何があった? 元四番隊だと言ったな。それが原因か?」

「はい」


 そして、ソナタは今までの経緯を話し始める。


 ソナタの日常に異変が起きたのは数年前、デストリーネの王都が魔物に襲われた直後にまで戻る。


 四番隊に王都襲撃の連絡を実際に受けたのはその数日後であり現国王のジュラミールが直々に出向いてきたのだと言う。

 それだけでもかなりの異例であり不自然でもあったのだがそこで異変が起きた。


 ジュラミールの演説の最中、ソナタ以外の隊員たちが虚ろな瞳に変わり正気を失ったという。


 誰もが副団長であるデルフが全ての元凶であり魔人ジョーカーであるという説明に何も疑問を持たず真に受けたとのことだ。


 多くの隊員たちはデルフに対して尊敬の念を持っていたらしく動揺もせずに頷いて見せたから尚更おかしかった。


 そして、隊員だけではなく四番隊隊長までもがジュラミールを持ち上げている様を見て怖くなったらしい。


 その様は明らかに不自然で不気味。


 自分の居場所はここにはないと悟り四番隊を抜け出したとのことだ。


 その後は各地を転々として何とか生き延びていたらしい。


 簡単な経緯の説明を受けデルフは考える。


(隊長はクロサイアか、……あれはグルだが、隊員たちは別だ。となるとジュラミールが洗脳の魔法を使えるのはこれで確定か。それにもう一つ気になることがあるが……)


 デルフはソナタに目を向ける。


 かなり落ち込んだ様子に唇を噛んでいた。


「私には同胞を正気に戻すことはできませんでした。ただ一人逃げ出したのです」

(少し時間をおいた方がいいか)


 丁度、日が沈み始めた頃合いもありデルフは夕食にソナタを誘う。


「と、言うことは……」

「ああ、陛下に紹介しよう」

「な、なんと……感激の極みでございます!! そうなれば居ても立っても居られません!!」


 突如としてソナタは走り始めた。


「お、おいどこに……」


 デルフが尋ねるとピタッと立ち止まり嬉しそうに声を張り上げる。


「夕食ならば食材が必要でしょう!! 今日は特別な日です!! うんと豪華な食材を取ってきましょう」

「い、いやもう魚が……」


 ヨソラが持っていた桶に入っていた魚の量は十分に四人の腹を満たせるはずだ。

 だが、興奮しているソナタの足はもう止まらずに走り始めた。


「すぐに戻りますのでしばらくお待ちを!!」


 そして、あっという間に消えていなくなってしまった。


「まぁ……いいか」


 嵐のようなソナタが去り静けさを取り戻した。


 アリルはようやく邪魔者が去ったと息を吐き自分の仕事に戻る。


 アリルの仕事。

 それは今夜の夕食の準備だ。


 まずは釣ってきた魚の鱗を落とし内臓を取り出すなどの下処理をする。


 その後、少し味付けをしてからその魚に串を打ちバチバチと爆ぜる薪が焚き火の前に並べていく。


 ヨソラは今にも待ちきれずに手を伸ばしてもおかしくないほど輝いた瞳で真っ直ぐ見詰めている。


 表情は変えていないが顔半分を隠した髪がゆさゆさと揺れていることから楽しみにしているのは明らかだ。


 こうまで自分の料理を待ってくれていると考える嬉しくなりアリルも思わず笑みがこぼれる。


 この場にふわふわとした和んだ空気が漂う。


 だが、それもずざずざと何かを地面に引きずる音が台無しにしてしまう。

 その音は次第にこちらに近づいてきてやがて止まった。


「ただいま戻りましたーー!!」


 満面の笑みを浮かべたソナタが戻ってきたのだ。


 ソナタはキョロキョロと首を動かしたあと首を傾げる。


「あれ? 副団長はどちらに?」

「今、鍛錬を行っています。直に戻ってきますよ」


 それを聞いたソナタはぽかーんとしていたがすぐにふぅーと息を吐きその場に座った。


「さすが副団長だわ。あれだけの強さを持っていても傲ることなく実力を磨くなんて」

「それほど敵が強大ということです」

「そのお役に立てるよう努力するわ」


 先程から急に口調と雰囲気が変わっておりアリルは目を丸くする。


「……それが素ですか? デルフ様の前とは大違いですね」

「……誰もが憧れの人の前では冷静になるのは難しい。興奮と緊張が混ざった感じ。分かる?」

「まぁ何となく理解できます」


 確かに最近は慣れてきたがアリルがデルフと再開した直後は言う通りの現象に陥ってしまっていた。


「それと同じよ。……私にとって副団長は憧れの人なの」


 遠くを見るソナタの目は儚くも優雅なものだった。


 それを見たアリルは嫌な予感を感じ堪らずに尋ねてしまう。


「そ、それはデルフ様に恋愛感情があると……?」


 アリルはソナタがフレイシアの恋敵になるかもしれないと危惧した。


 だが、その心配は杞憂に終わる。


「……いいえ。私は騎士だった副団長に憧れていたの。片腕がなく魔力もないという若い騎士が最年少で隊長となりそう時間がかからないうちに副団長になった。実力においてもあの英雄ジャンハイブと戦い退けた。私、いえ、私たちにとってデルフ・カルストは憧れの的なのよ」


 ソナタは横目でチラリとアリルを見て微笑む。


「そう身構えなくてもあなたの恋敵にはならないわ」

「べ、別に僕の話では!!」

「あら、そう? まるで自分のことのように必死だから勘違いしたわ。……どうやら自分以上に大切な人がいるのね」


 アリルは顔を真っ赤にする。


「……アリル、まっか」


 頭から湯気が昇っているかと錯覚するほど真っ赤になったアリルは咳払いする。


「そ、それよりもそれは何ですか?」


 アリルはソナタが引きずってきた物に指を差す。


 照れ隠しのつもりで行ったがよくよくそれを見てみるとアリルは固まってしまった。


 暗くてよく見えなかったがそれは硬質な黒い輝きを放っており足が六本ほど生えている。


 見た目が完全に虫だ。


 しかし、その大きさは格違いであり既に息絶えているはずなのに禍々しい存在感もある。


「何をって、言ったでしょう? 食材を持ってくると」

「しょ、食材!? これってあれですよね」

「ええ、魔物よ。見た目はあれだけど美味しいわよ」


 そう言っていそいそと虫の魔物の解体作業に入るソナタ。


 アリルの顔は青ざめて言葉が出ず口をパクパクと動かす。

 ただ、外に言葉が出ていないだけで内側では「ぜったい、いや!!」という言葉が木霊していた。

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