第189話 背後からの刺客

 

 所々、リラルスの目を盗みヨソラを抱いて走ること数十日経ちフテイルまでの距離がようやく半分を越えることができた。


 既にアクルガから分けてもらった食料は底をつき森や川などで定期的に調達を行っている。


 魚や肉を干して作る干物は時間がかかるが保存がきくためデルフは重宝していた。


 ただ、問題はヨソラがその干物を苦手にしていることだった。


 だが、それもアリルの調理技術によって瞬く間にヨソラも笑顔を取り戻しデルフは頭を悩めないで済んだ。


(しかし、調達と言っても一苦労だが……)


 森にて動物を見つけるのは時間がかかりならば山菜の採取でもしようかと考えたが毒があるかないかの見分けが付くほどデルフは博識ではなかった。

 ヨソラはもちろんのことアリルも山菜の知識は皆無であった。


 この場に毒を扱うウラノがいたのならばまた話は別だが無い物ねだりをしている場合でもない。


 だから、見たことのある数少ない種類の山菜や果物を見つけるまで粘るしかなかった。


 今のデルフには毒は通用しないがヨソラ、特にアリルは普通の人間であるため用心は必要だ。


 丁度、日が沈み始めデルフは保存していた食料が尽きていたことを思い出す。


(そろそろ、調達に向かわなければ夜になってしまうな)


 幸い、近くから水が流れている音が聞こえ森を探して狩猟するという手間は今回なくて済みそうだと安堵する。


「アリル、少し早いが食料も尽きていることだしそろそろここらで休息を取ろう」

「はい」

「いつも通り俺が調達に向かう。お前はヨソラを……」


 デルフは途中で口を止めて顔を動かさずに周囲に気を飛ばす。

 どうやらアリルも気が付いたようで顔をしかめていた。


「見られているな」

「はい。しかし、場所までは分かりません」


 アリルの言う通りデルフにもこの視線がどこから来ているかは分からなかった。

 しかも、不気味なのはこの視線が殺気ではないことだ。


 ただただこちらを見られているだけというほど気分が悪いものはない。


 (だが、視線の数は一つか。なら……)


 デルフは声を小さくしてアリルに命を下す。


「アリル、ヨソラを連れて俺から離れろ。どうやら……俺が目当てのようだ」


 周りには身を隠すに適する木や岩が多く無闇に探すとその間に攻撃される恐れがある。


 それならばとデルフは自分が囮になりおびき出そうと考えた。


 どこにいるか分からないならばこちらが敵の攻める場所を決めてしまえばいい。


 それをアリルはすぐさま理解して頷き歩き疲れて眠そうにしているヨソラに言葉を掛ける。


「お嬢様、久しぶりにアリルと釣りでもしましょうか」


 アリルは少し先に見える川を指さす。


 それを聞いたヨソラは眠そうな目を大きく開けた。


「うん。……おとうさんは?」

「お父さんは少しここで用事があるから終わったら向かうよ」

「わかった」


 ここのところ、歩いてばかりで子どものヨソラからすれば退屈だったのだろう。

 先程までの霧がかかった雰囲気がすっかり晴れていた。


 相変わらず顔には出していないが。


 そして、アリルとヨソラは手を繋いで川まで向かっていった。


 アリルたちが見えなくなるとデルフは気を引き締める。


「さて、どう来るか……」


 たとえ、デルフではなくアリルを狙ったとしてもそう簡単にアリルが遅れを取るとは思えない。


 もし戦闘音が聞こえてきたらすぐにデルフは後を追うつもりであったがその必要はなさそうだ。


(視線が消えない。やはり、俺が狙い……か!?)


 デルフはその場から飛び退くと地面に矢が数本突き刺さった。


「くっ……いきなりだな!!」


 宙に浮いたデルフはその矢を見て苦笑する。


 しかし、宙に浮いているはずのデルフのすぐ後ろから人の気配があった。


 デルフは後ろを確認せずに頭を下げる。

 それと同時に横薙ぎした剣が空を斬った。


「遅い」


 デルフは躱した勢いを利用してそのまま回し蹴りを放つ。


「ぐあっ……」


 蹴りは刺客の横腹へと命中し唸り声を上げて刺客は地面に叩きつけられた。

 だが、すぐに宙返りをして着地しデルフに目を向ける。


 その刺客を見て目に付いたのは携えている武器の数だった。


 両手には剣を持っているが背には槍と斧を、さらにボウガンもあった。

 そのボウガンこそが初撃に用いた物なのだろう。


 左腰にはさらに剣が二本、右腰には用途が分からない長方形の金属の黒い塊が装着されている。


 何より驚いたのはそんな様々な武器の持ち主が髪は短く赤みを帯びた茶色の女性だということだ。


 身につけている武器だけでも相当な重量であるはずなのに鎧まで着用している。


「その鎧……」


 デルフはその鎧を見て少し引っかかりを覚えたが着地した瞬間に再びその女性が突っ込んできた。


「全く、会話ができないのか!?」


 デルフは左手に短剣を作りだし迎え撃つ。


 相手が放ってきた剣を受け止め間髪入れず右の拳を放とうとするが女性は受け止められたと知るや力比べはせずに剣を手放し後ろに下がった。


 デルフは武器を捨てたことに驚き動きを止めてしまう。

 だが、それを狙っていたかのように女性は後ろに飛び退きながらボウガンを構えていた。


「ちっ!!」


 飛んできた矢をデルフは義手である右手で払う。


 その間に女性は着地しており腰に携えている剣を引き抜いた。


「そうだったな。武器は余るほどあったな」


 デルフは女性の出方を窺っていたが一向に攻めてくる気配がない。


(また突撃してくるかと考えていたが……)


 だが、そのとき突如として女性の雰囲気が変わった。


「なんだ……」


 女性が気を研ぎ増しゆっくりと目を開けると澄んだ瞳がデルフを捉えていた。

 まるで別人に入れ替わったかと錯覚するほどの変化だ。


 そして、女性は片足を上げて一歩進む。


 すると、水面の波紋のように周囲に音色が響く。


 その音は幾重にも重なりまるで楽曲のように演奏を奏で始めたのだ。


「”疾風はやてまい” 第一楽章」


 女性がそう呟いた途端、姿が掻き消えた。


「!?」


 先程の速度が数倍跳ね上がった。


 多少は驚きはしたがそれは女性の急な変化に対してでありデルフにはその動きがしっかりと見えている。


 短剣を背後に振るとキーンと剣戟の音が響く。


 受け止められたことにより女性の動きは少し止まったが目の色は褪せたままで剣に力を込めてくる。

 焦りや動揺は一切ないようだ。


 力比べをしたのも一瞬で女性はすぐさま剣を引きすぐに繰り出してきた。

 一回に止まらず二回三回四回と次々と振り続ける。


 振る度にその速度は上がり続ける一方で反撃を繰り出す暇などありもせずデルフは防戦一方の状態を強いられていた。


 その間にも周囲には音が奏でられている。


(いや、違う)


 デルフは気が付いた。


 この音色は女性の一つ一つの動きが脳を錯覚させてそう聞こえさせている。

 つまり、幻聴だ。


 その名の通り女性は舞を演じている。


 現在、デルフは目の前の女性の舞台に立たされたただの登場人物の一人。

 主役の引き立て役でしかない。


 現にデルフは女性の攻撃を防ぐばかりで攻めあぐねている。


 しかし、これでも女性の思い通りにはなっていないだろう。


 向かってくる剣の速度は常人ならば目で追うのも難しい速度だがデルフは全て捌いているからだ。


「第二楽章」


 そう女性が呟くと曲調が変化した。


 剣の速度が急に低下して代わりに背中に携えていた槍を振り下ろしたのだ。


 槍は突きが主流だと思われがちだが本領は打撃である。

 大きく振った脳天への一撃は頭蓋を砕くほどの威力になるのだ。


 さすがのデルフもこれを直撃してはただでは済まない。

 いや、この女性の攻撃はどれもが高威力を誇っているため一撃でも受けると致命的な隙になってしまう。


 流石に槍を短剣で受け止めるわけにもいかずデルフは全力で地面を蹴り寸前で避ける。


 だが、女性の攻撃はまだ止まらなかった。


 両手で剣を持っているが隙を見せれば後ろに携えている槍や斧が飛んでくる。


 先程よりは速度はないが緩急をつけた攻撃にはデルフも調子が狂う。

 少し間違えれば防ぐのが遅すぎたり早すぎてしまうので調整が大変だ。


(……だが、妙だな)

「第三楽章」


 次の女性の剣の速度は第一と第二の中間ぐらいで動きも単調だったが威力が桁違いだった。


 一発を受け止めれば手から足まで痺れてしまうほどだ。


 だが、デルフが先程から防戦一方である理由はそれだけではなかった。


(こいつに剣の暇はないのか?)


 女性はこの攻撃が始まったときから一度も動きを止めていない。


 デルフはこれほど激しい動きをするならばどこかで休まなければ身体が持たないと考えていたのだがその考えは大きく外れてしまった。


 怒濤の攻撃にデルフは何とか躱しているというのが現状だ。


 そのとき、デルフの短剣がついに弾かれてしまった。


 上に飛んだ短剣は途中で灰となって消えてしまいデルフの横腹がガラ空きとなっている。


 その横腹に女性は手を後ろに回して斧を掴み振り下ろした。


 デルフは右の拳を握りしめ腰を入れて大きく突きだしてその斧に迎え撃つ。


 絶大な威力同士の衝突で周囲に衝撃が波紋のように広がった。


 そして、パキーンと斧が砕けデルフの右拳も砕け散ってしまった。


「嘘だろ……」


 流石のデルフもこれには声を出して驚いた。


「天人の魔力で作った金属がただの金属と相打ちとは……」


 だが、デルフに驚いている暇はまだない。


 女性は顔色と目の色は一切変えずまだ攻撃を続けてくる。


 それも折れた斧の棒を使ってでだ。


「何を……」


 デルフはその棒を作り直した右拳で掴む。


 女性は引いたり押したりしているがびくともせずやがて力なく項垂れた。


 ようやく諦めてくれたかとデルフが息をつこうとしたとき「第四楽章」と今までよりも小声ながらも冷たく響く。


 その後の女性の変化は今までよりも明らかだった。


 魔力の放出量が桁違いに上がったのだ。


 天にまで昇る勢いで放出する様にデルフは息を呑む。

 そして、その魔力の放出が急に消えた。


 いや、その魔力が持っている剣に収束していたのだ。


 女性はその剣をそのまま鞘に戻して構える。


「速度の勝負か……」


 デルフもいつ来ても良いように構えるがその攻撃はデルフの予想を超えた。


 気が付いた時には女性が目の前にまで来ていたのだ。


 既に剣を鞘から抜いている。


 デルフは即座に短剣を作りだして防ごうとするが踏ん張りが足りずに弾き飛ばされた。


「ぐっ……」


 身体の制御の効かないほどの衝撃の渦に飲まれかなり飛ばされてしまう。


 何とかその衝撃を打ち消して身体の自由を取り戻し着地する。

 だが、既にデルフの背後には女性が立っていた。


 女性は流れるような剣を振っていき後ろに下がる。

 そして、剣を鞘に戻した瞬間に無数の剣線がデルフの身体を覆い尽くすように飛び交った。


「……あと一撃があったら危なかった」


 そう呟くと同時にデルフの持っていた短剣が砕け散った。


 デルフの黒コートには大きな切れ目がありそこから見えた腹部は微かに血が垂れていた。


 まさに紙一重の差で臓物をぶちまけずに済んだのだ。


 だが、防ぎきったからと言ってデルフに油断はない。


 デルフはさらなる攻撃を来ると予想して警戒する。

 しかし、女性は途切れたように急に立ち止まって俯いたまま動かなくなってしまった。


 さらには先程までの異様な雰囲気もなくなっている。


 ようやく女性は顔をあげてデルフを見詰め自分の持っている数ある武器に目を向ける。


「ああ、私の斧が……」


 何を今更とデルフは警戒を絶やさずに新たに短剣を作り出す。


 この戦いの最中に違和感は多かったがもはやこの女性は敵だ。

 この女性の力は脅威でありこの場で倒しておくべきだと判断する。


「次は俺の番だ」


 そして、デルフは地を蹴った。


 女性は向かってくるデルフに気が付き顔を引き締める。


 そして、デルフは短剣を振り下ろそうとしたが、女性の目の前で立ち止まり目を丸くする。


 なぜなら女性は予想にもしていない行動に出たからだ。

 両足を綺麗に畳んで地面に突いており両手の掌も地面に付けて頭を大きく下げている。


 所謂、土下座だ。


 それもかなりの完成度を誇っている。


「すみませんでしたーーーー!!」


 女性の大声が周囲に轟き、これには流石のデルフも戦う気が失せてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る