第15章 集いし猛者
第188話 帰路の間
アクルガたちの下を去ってから約三日が経とうとしていた。
現在、デルフたちは森の中に作られた広い道を歩いている。
作られたと言っても草や木を取り除いただけで馬車の乗り心地は良くないだろう。
幸いなことにデルフたちは徒歩であるためそのような心配をすることない。
ただ、徒歩であるがために一日に進める距離は限られており大した距離は進めていなかった。
それもヨソラの歩幅に合わせているため尚更だ。
しかし、ヨソラもウェルムによる語るも恐ろしい実験の末に人の持つ力の域を超えてしまっている。
魔法もそうだが身体能力はアリルを軽く越え子どもと侮ると痛い目を見てしまうだろう。
つまり、言いたいことはデルフが全力で走ってもヨソラは付いてくることができる。
だが、そうしない理由は体力の問題だ。
いくら
これはデルフも当て嵌まる。
ならば限界まで走って限界が来たら歩くという方法もデルフは考えたがリラルスが激しく反発したのだ。
『いくら常人を遙かに超えていると言っても子どもじゃ!!』とかなりお怒りのようだった。
幸い、アクルガがジャリムに向かってくれたおかげで時間がかなり浮き少しずつ進んでいても今のところは時間に余裕ができている。
(しかし、これではいつ着けるか分かったものではないな……アクルガから馬でも貰っておけば良かったか)
デルフはいざとなればヨソラを抱いて走ることを考えておく。
これならばリラルスにも文句は言われないだろう。
いや、言われても押し通ってみせると意気込む。
「さて、とここらで今日は休息をとるか」
時刻は日が沈み始めたころでこれ以上光源のない道を進むのは危険だと判断した。
周りは木々に囲まれ隠れるところは多くあるが今のところ人や魔物の気配はない。
耳を澄ますと僅かに水の流れの音がすることから近くに川が流れていることが分かった。
デルフは周囲に落ちている木の棒を拾い地面に集め固める。
「アリル」
「はい」
アリルはぶつぶつと何か呟いた後、掌を向ける。
すると小さな火種が生まれゆっくりと集めた木の棒に吸い込まれるように向かっていった。
しばらくして煙が昇り始めそこからが早く燃え上がり始めた。
「やっぱり魔法って便利だな」
魔法がなければ火を起こすことさえも一苦労だ。
そんな便利な魔法だが魔力さえあれば誰にも扱える容易さもある。
前までアリルは風の魔法しか使えないと思っていたがこれを見たとき、デルフは驚いたものだ。
尋ねたところ、別に魔法自体はどんな魔法も時間をかければ誰でも使えると言う。
ただし、その発動時間や威力は別の問題だが。
つまり、時間をかければ天人の能力を除くどのような魔法でも使えるのだ。
デルフの常識にある魔法は何回も鍛錬を重ね威力が向上し発動の短縮がようやく叶った己の得意魔法らしい。
アリルで言えば風魔法、ウラノで言えば感覚魔法、ノクサリオで言えば煙魔法が然り。
(そう言えば昔、姉さんが教えてくれた気がするな……。思えば基礎の魔法は教科書になっていた気がする)
副団長時代に推敲してくれと騎士養成学校で使う教科書を回されたときがあったがパラパラと捲ってウラノに投げた記憶はもう懐かしく感じる。
その中に火球の魔法もあったことを思い出したデルフ。
そのときのデルフには魔力がなく魔法に全く興味がなかったため今の今まで忘れてしまっていた。
それにデルフは黒の誘いと“武器錬成”しか使えないため今も特に魔法には興味がなかった。
精々、敵が使う魔法の対策のときに考えるくらいだ。
なぜ、デルフは他の魔法が使えないかというと“黒の誘い”の影響に他ならない。
前に火球を使おうとアリルに言われるまま詠唱し放ったことがあった。
その火球はしばらくすると黒く染まり消えてなくなってしまったのだ。
これはボワールの武術大会にてデルフが“武具錬成”で作りだした短剣を放ったときと同じ現象だった。
あのときも放った短剣は途中で黒く染まり灰となって散ってしまった。
そう考えると“武具錬成”も満足に使えているとは言えないだろう。
(どうやら“黒の誘い”は俺の魔力その物に宿っていると考えた方が良い。使うつもりがなくても魔力を行使するときは滲み出てしまう。緻密な制御はできないか。……そもそも人が扱えるような魔法じゃない。制御を考えるのは傲慢か)
デルフは自身の手を見て苦笑する。
そう考えている間にもアリルは背負っていた荷物を下ろして調理を始めていた。
てきぱきとアクルガから貰った食材を調理していく様を見ると顔には出さないが今でも驚いてしまう。
(脱獄したばかりのときは料理の‘り’の字すら知らなかったのにな)
デルフは最後にデストリーネ王国王都に立ち寄った後の事を思い出す。
アリルを牢から出して王都を脱出してフレイシアたちの下に戻るまでの間の食事事情は悲惨なものだった。
まず、デルフとアリルは料理ができなかったのだ。
どうしていたかと言うと全て丸焼き。
熱を入れれば食べられる理論で凌いでいたのだ。
それを知るデルフだからこそ今のアリルの姿は前までと別人に映っていた。
(本当にアリルの変化には驚かされてばかりだな)
まじまじとアリルが調理している料理を見詰めるヨソラ。
「アリル……じょうず」
「ありがとうございます」
見事な包丁捌きで食材を切っているアリルの口元が緩む。
「アリル……ヨソラもやってみたい」
「ふふ、もう少しお嬢様が大きくなってからお教えしましょう」
綺麗に躱すアリルにヨソラは頬を膨らませるが駄々をこねず頷いた。
「ヨソラも、じょうずになる?」
「ええ、もちろん。お恥ずかしながら僕もフレイシア様に出会う前は料理は不得手でした。練習すればお嬢様は僕よりももっと上手になりますよ」
「……アリル、大好き」
ヨソラは調理中のアリルに抱きつく。
「お、お嬢様、危ない、危ないです!!」
包丁を手放してそのままヨソラに押し倒されてしまった。
「しかし、いつの間に練習なんてしていたんだ?」
「夜中やフレイシア様のお世話の合間にです。チビに馬鹿にされましたから。フレイシア様の世話役でありながら料理が出来ないとは冗談がきついですと……今、思い出しても腹が立ちます」
不機嫌そうな表情をするアリルだがデルフは全く逆に見えた。
「相変わらずウラノはアリルに対してだけ喧嘩腰だな。全く仲が良いんだか悪いんだか……」
「仲が良いわけありませんよ。ふふ、デルフ様にも見てもらいたかったです。進化した僕の料理を食べて目を丸くしたあのチビの姿を」
「見てなくてもなんとくその状況は想像できる」
そうこうしている内にアリルが調理を終え完成した料理を器に注いでいく。
アリルが作ったのは肉と野菜が入ったスープだ。
「もう少し場が整っていれば品数も増やせましたが……残念です」
「いや、十分だ」
何よりキラキラ輝くヨソラの顔を見られたのでデルフはそれで満足だった。
リラルスがデルフから飛び出してヨソラに熱いから気をつけるのじゃぞとヒヤヒヤしながら側についている。
(少し過保護が過ぎないか、煙たがられるぞ)
口に出していないがリラルスには伝わったらしく睨み付けられデルフは肩を竦める。
デルフも木製のスプーンでスープを掬い口の中に入れる。
(……うん、分かっていたが味しないな)
ただ勘違いしてはならないのはアリルの料理がやはり下手だった。
というわけではなくデルフが味覚を失っているからだ。
これは天人へと進化した影響なのかもしくは“黒の誘い”の影響なのか。
デルフはチラリとヨソラを見ると満足そうにスープに入った肉や野菜を次々と口の中に入れていた。
それを見ているリラルスとアリルが喉を詰まらせないかヒヤヒヤと見守っている。
(……どうやら“黒の誘い”のせいか。味を打ち消していると言ったところか……!?)
そのとき、デルフは急に立ち上がった。
「アリル、ヨソラを見ていてくれ」
「どちらに?」
「……考え事がてらに散歩を少しな」
言い終えたデルフは返事を待たず足早に歩き始める。
何処に向かっているか見当も付かずに歩き続けていると水が流れる音が聞こえてきた。
いつの間にか川近くまで来てしまったようだ。
デルフはさらに歩き続けてすぐ目の前に川がある位置までに来ると倒れるように腰を下ろした。
「……水の流れが速いな。昨夜、雨が降ったか……!? ぐっ!! ……はぁはぁ」
左胸に締め付けられるような痛みが走り手で強く押さえるが痛みが消えることはない。
「はぁはぁ……ゴホゴホ」
口元を手で塞ぐがその手は真っ黒に染まる。
「!?」
さらにデルフの身体だけに止まらず周囲にも影響が出始めていた。
デルフの周囲にあった木や草が黒に染まり灰となって消えてしまったのだ。
「はぁはぁ……これが副作用か」
「ふむ。これはかなりやばそうじゃの」
声と共にデルフの目の前に宙に浮いたリラルスが現われた。
「……リラルスか。なぜここに?」
「お前と私は一心同体じゃ。気付かない方が難しい。……喋っている場合ではないの」
こうして話している間にも“黒の誘い”が漏れ出る範囲が広まり続けそれに合わせてデルフの吐血も多くなっている。
そんなデルフにリラルスは掌を向けて力を込める。
すると、膨れ上がっていた魔力が徐々に鎮まり始めた。
さらに全身を襲っていた痛みやだるさが急激に消失した。
「……何を?」
「魔力の流れを制御しただけじゃ。今までもしていたがもはや全力でないと収められなくなってしまったようじゃ。……“黒の覚醒”の影響が一番大きかった。これからは魔力の上限が増え続ける一方じゃ。……これ以上、激しくなるともう覚悟を決めなければならないぞ」
「残された時間は短いか……」
「そうとも限らぬ。“黒の誘い”は極力温存すれば何とか……。私としてはもう使って欲しくはないが」
リラルスが言うには“黒の誘い”を使う度に魔力の上限が増え威力が増しているらしい。
つまり、使わなければこれより酷くならないとのことだ。
「善処する」
確約はできない。
この力を使わずにウェルムとの決戦に勝てるほど甘くはないことは言うまでもない。
息を整えたデルフは立ち上がりアリルたちの下に戻っていく。
リラルスもそれは重々理解しているためそれ以上は言ってこなかった。
ただ、後ろから寂しげな視線を突き刺さってくる。
しかし、気付かぬふりをしてそのまま歩を進めた。
翌日、デルフは昨日の異変が全くなかったかのようにいつもの様子で再びフテイルに向かって歩き始める。
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