第187話 虎の威光

 

 ザンドフは一回の交差で早くも己の過ちを深く悟った。


 視界に広がるは血がポタポタと滴る地面。

 それに混じり汗も落ちていく。


 腹部に広がる痛みは引くことを知らずむしろ時間が経つことに激しさを増す。


「どうしタ? もう終わりカ?」


 目の前の化け物はあくまでも挑発ではなく本気で残念そうに聞いてくる。


(クソが……)


 ただでさえ膝を突いている様にみっともないの一言が頭中を駆け巡っている。

 そこでその売り言葉だ。


 ザンドフはぐっと拳を握り奥底の力を引き出して立ち上がった。


 目の前に立つ妙なマスクを口元に装着している女性、アクルガは腕を組んでいる。

 その手には何も持っていない。


 対してザンドフは片手にサーベルを持っていた。


 しかし、まるで赤子扱いで簡単にあしらわれている。


「まだだ。まだ終わっていない」


 顔には出していないがノクサリオなんて比べものにない実力にザンドフは内心では深く驚いていた。


 額から流れる血が片目を遮るように落ち舌打ちして拭う。


(巫山戯るなよ……。前戦ったときは完全に嘗められていた……いや、相手にされていなかったのか)


 ザンドフに嫌な予感が駆け巡っていく。

 だが、その不安を潰すように手に力を込めた。


(まだだ! 俺にはまだ見せていない奥の手がある!)


 ザンドフはサーベルを構えて再び走り出す。


「“青虎せいこ”」


 合わせてアクルガは組んでいた両手を下ろし拳に青の輝きが灯る。


「さぁ、かかってこい」


 アクルガは片手を上げて手招きをする。


「言われなくても見せてやる!! “短縮ショートカット”!!」


 ザンドフの姿が消えたと思うと既にアクルガの目の前に移動していた。

 既にサーベルを構えていつでも振り下ろせる状態だ。


 さらにそこで新たな魔法を発動させる。


「“弱点捕捉じゃくてんほそく”!!」


 そして、ザンドフはアクルガの首元にサーベルを振り下ろした。


 だが……いや、やはりアクルガは常人を遙かに凌駕する反応速度でサーベルを拳で受け止めた。


 さらにもう片方の拳で反撃を繰り出してくる。


「“曲折ツイスト”!!」


 ザンドフがそう叫ぶと身体が向きや方向などを無視して直角に移動した。

 その際に自分の身体に鈍い軋む音が広がっていく。


「ぐっ……」


 全身に広がる痛みに耐えながらザンドフは再び“弱点捕捉”を発動させる。


「そこか!!」


 ザンドフの渾身の一撃がアクルガの横腹に目掛けて振り下ろされた。


 アクルガは動けていない。


 ザンドフの頭にはアクルガが真っ二つに切断される姿が目に浮かぶ。


 だが、実際は真っ暗な闇が視界を塞いだ。

 次の瞬間、強烈な衝撃が顔に襲い頭から地面に叩きつけられる。


 それだけに止まらず身体が地面を跳ねていく。

 しかし、ザンドフは自身に何が起きているか全く理解できていなかった。


(一体何が……)


 ザンドフの隠していた技の種類は三種類ある。


 まずは“短縮”。

 これは相手との距離を瞬く間に詰める。

 いわば短距離の瞬間移動だ。


 しかし、身体が許容できる速度を遙かに超えて移動するためその身体にかかる負担は大きい。


 二つ目は“弱点捕捉”。

 これは名前の通り相手の弱点の箇所が見える。

 この弱点とは相手が防御に間に合わない箇所を指す。


 つまり、ザンドフの必勝の型は“短縮”によって距離を詰め“弱点捕捉”により相手の防御が間に合わない箇所に攻撃を入れる。

 もしも、それを防がれた場合も“短縮”の応用技の“曲折”によって対処可能だ。


 曲折は“短縮”を連続で発動することで複雑な動きを作ることができる。


 ただし、身体を無理やり高速移動させる“短縮”を連続で使用すると言うことは身体の負担は言わずもがな大きい。


 一回の使用でも脱臼程度は覚悟しなければならない。


 だが、これにより殆どの確率で相手の虚を突くことができる。


(それなのになぜ防がれる……。クソが!!)


 そこで完全に意識が戻り身を翻して地面に着地し再び蹴る。


「ほウ。まだ立つカ」


 足蹴りを放った姿で硬直していたアクルガはそれを見て感心したように息を漏らしている。


 ザンドフは鼻から口から額から血を流しながらアクルガに斬りかかる。

 弾き飛ばされてもすぐさま体勢を整えて再び地面を蹴る。


 “短縮”を発動できなくなるほど身体の限界を迎えてもアクルガに向かい続けた。


 その執念はアクルガも思わず笑みを浮かべるほどだ。


 だが、アクルガの反応速度は“弱点捕捉”を看破し結局ザンドフの攻撃は一度もアクルガに当たることはなかった。




「勝負ありですね」


 ザンドフが斬り掛るもアクルガに攻撃がまともに当たることはなく逆に反撃されてザンドフのみダメージが蓄積されていく。


 ザンドフが立ち上がれなくなるのも時間の問題だろう。


「それにしても見たことのない技だな」


 デルフがそう呟くとノクサリオが近寄ってきて説明してくれた。


「あれは“青虎”と言って魔力の消耗が少ない強化魔法だ。威力よりも速度重視だが……アクルガだからな」


 アクルガの正拳の威力は魔力なしでも岩を砕くほどの威力を誇っている。

 それが多少の強化しかならないと言っても常人からすれば致命傷に変わりない。


「しかし、妙だな」

「ん?」

「アクルガならもう決着がついてもおかしくない」


 それにはノクサリオも納得したようで頷く。


「確かに……何ちんたらやってんだ」


 ザンドフが地面に倒れてもアクルガは追撃を行わずに立ち上がるのを待っている。

 そして、またもザンドフは立ち上がり瞬く間に距離を詰めてアクルガに斬り掛る。


 先程からこれの繰り返しだ。


 さらにはアクルガがザンドフに駄目出しまでしている。


「あいつ全く本気出してないじゃねーか」

「ああ、あいつの拳なら一撃で沈めることもできるだろう」

「そんなやつと殴り合っていたお前も相当化け物だけどな……」


 ノクサリオは苦笑いする。


「あれは死闘と言うよりも稽古と言ったほうが正しいな」

『何か狙いがあるのじゃろう。あいつは力だけと思われがちじゃが意外と頭が回る』


 リラルスの言うことも納得ができ予定通りただ見守ることに徹する。


「しかし……あのザンドフという男、中々やりますね」


 その言葉を発したのはヨソラと手を繋いでいるアリルだ。

 ヨソラはもう興味なさそうにぬいぐるみを弄って遊んでいる。


 それよりもアリルがデルフやフレイシア以外のことを褒めるのは珍しい。


 デルフはそう呟くアリルに目を丸くしていた。


「相手が悪いと言うだけで……ノクサリオ。あなたが戦っていたらまず負けていましたね」

「ザンドフがあんな技を残していたことには驚いたが負けと決めつけるのは……」

「……あなたがあの有毒の煙を使うのであれば話は変わりますが……使えないでしょう?」


 アリルの言葉は的確にノクサリオの胸を刺しぐうの音も出させない。


「……どうかしましたか? デルフ様?」


 デルフの視線に気が付いたアリルは首を傾げて尋ねてくる。


「いや、なんでもない」


 デルフは笑みを浮かべて視線を逸らす。


 そのとき、アクルガたちの決闘に最後の動きがあった。


 ザンドフが己の最後の力を振り絞って“短縮”を発動する。

 だが、瞬間移動した先には既にアクルガが掌を構えて待っていた。


「中々、楽しかったゾ!!」


 “曲折”が間に合わないザンドフの鳩尾に平手を全力でぶつける。


「がはっ……」


 だが、ザンドフは吹っ飛ぶことはなくアクルガの平手は鳩尾に触れたままだ。


 アクルガの攻撃はまだ続いている。


「耐えろヨ。“青虎せいこ虎掌波こしょうは”!!」


 手を纏っていた青の闘気が全て離れザンドフの身体を突き抜ける。

 突き抜けた青の闘気は虎の全形を模して集落中を駆け回りやがて静かに消え去った。


 普段の虎掌波よりも威力こそ低いが発動までの時間がかなり短くなっている。


 まともに受けたザンドフは白目を剥いて地面に倒れ身体をじたばたさせてやがて静まり返ってしまった。


「終わったな……」


 デルフは静かに呟く。


 ザンドフの配下たちは倒れる自分たちの頭領の姿を見て崩れ落ちている。

 もはや、彼らに戦意はない。


 それ以上にザンドフの死に深く悲しんでいた。


「アクルガ!」


 ノクサリオがアクルガに駆け寄っていく。

 だが、アクルガは倒れるザンドフから目を離さずノクサリオに掌を向けて静止させる。


「少し待テ」


 そう言ってアクルガは平手を構えて全力でザンドフの左手を掌打した。


 すると、ザンドフの口から血が噴き出した。

 だが、それだけではなくザンドフの止まっていた呼吸も再び動き始めたのだ。


 ゆっくりと瞼を開いたザンドフは虚ろな目で周りを見渡す。


「お、俺は死んだはずじゃ……」 

「ほウ、もう喋るカ。やはり見所があル。さて、勝負はついたわけダ。約束通りお前のたちの処遇を決めさせて貰うぞ」


 マスクをつけているがそのアクルガの楽しげな口調から笑みを浮かべている顔が容易に想像できる。


 ノクサリオがまた何か嫌な予感をしたためか顔をしかめているがデルフは見なかったことにした。

 だが、そのアクルガの言葉にザンドフは待ったをかけた。


「まだ、勝負はついていない。この通り俺は死んでねぇ。さっさと止めを刺せ」


 しかし、その言葉を待っていたというように間髪入れずアクルガは言い返す。


「フフフ、案ずるナ。お前は一回死んでいル」


 当然、ザンドフに理解が追いつくわけもなく呆然としている。

 だが、アクルガの口は止まらない。


「つまり、どちらかが死ぬまでの勝負はあたしの勝ちで既に終わったわけダ。ウンウン、納得してくれたようで何よリ」


 誰もアクルガの話について行けていないが勝手に満足して話を進めるアクルガ。


「ここからが本題ダ。お前たち、あたしの配下となレ」

「は、はぁ?」


 さらっと言った爆弾発言にザンドフは戸惑いを隠せないでいる。

 それはノクサリオも同じでアクルガに言い寄っていく。


「おいおい、アクルガどういうことだ?」

「言ったとおりダ。こいつは十分に使えるからナ」

「だからって……今まで殺し合いをしてきたやつらと……」


 確かにノクサリオの懸念も正しい。


 今まで命のやり取りをしてきた者たちを仲間として迎え入れるのは抵抗があるのも当然だ。


 しかし、アクルガはそれを笑い飛ばす。


「ハッハッハ、ノクサリオ。お前は何も分かっていなイ! あたしたちはこれから国取りに向かうのダ。賊一つを取り込むことができなくて国取りなどできるものカ! ハッハッハ!!」


 そして、アクルガは納得できないのならば抜けてもいいぞと笑いながら言い放った。


 それにはノクサリオは言い返すことができなくなりついに折れた。


「あーもう分かったよ!!」

「流石、あたしの見込んだ男ダ」


 そして、アクルガはザンドフに視線を戻す。


「国取りだと……?」

「ジャリムは滅びたのは知っているだろウ? つまり、現在あの国は王がいなく荒れていル。それをあたしたちが平定すル」


 それはアクルガが新たな王になると宣言したことに等しい言葉だった。

 ザンドフは驚きから言葉が詰まり固まってしまっている。


「……なに、あたしも鬼ではなイ。嫌なら無理強いはしなイ。何処へでも消えるといイ」

「……いや、決闘で負けて俺は一回死んだ身だ。望み通りあんたの軍門に降る」


 ザンドフはずたぼろの身体をぎこちない動きで起こして地面に座る。

 そして、頭を下げた。


 それに続いてザンドフの配下たちも頭を下げる。


「俺はジャリムが滅びたことを知りながらこの地域を牛耳ることしか頭になかった。だが、あんたは国取りと言った。俺がどれだけ小さいことを目指していたか惨めな思いだ」


 そして、揺るぎのない目でアクルガを直視する。


「俺はあんたの先が見てみたい」

「アア、特等席であたしの生き様を見ておくといイ」


 アクルガはザンドフに手を差し伸べる。


 それをザンドフは笑みを浮かべながら握りしめた。




 翌日の早朝、昨夜の宴の大騒ぎとは全く違う形で集落内はバタバタとしていた。

 遠征の準備を始めているのだ。


 そして、集落の入り口近くにデルフたちの姿があった。


「アクルガ。俺はそろそろフテイルに戻るとする」

「アア、ジャリムの件は任せておケ。あたしたちも今日中に出立すル。すぐに朗報を送ろウ」


 デルフはアクルガのその自信満々の様を見て思わず笑みが漏れてしまう。


「デストリーネとの決戦は間もなく訪れる。そのときはこちらから使者を送る」

「了解しタ」

「それと言い忘れていたが……デルフ・カルストは既に死んだことになっている。今の俺はデルフではない。ジョーカーだ」


 怪訝な表情をするアクルガだが頷いてくれた。


「何やら分からないが……お前のことダ。何か考えているのだろウ。了解しタ」


 そして、デルフたちはこの集落を後にした。


 その後、アクルガが率いる元三番隊は破竹の勢いでジャリムに昇りどんどんと勢力を拡大していった。


 勢いは止まることなく二月ふたつきとかからずにジャリムを平定しその旨をフテイルに届けられることになる。

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