第186話 真の大将

 

「しかしよぉ。どういうこったこれは」


 ザンドフは馬から降りて周囲を見渡す。


「思っていた光景と全く違うじゃねーか」


 ザンドフが思い描いていた光景とはこの集落が混乱に陥っている状況だった。


 しかし、そんな様子は微塵もなくむしろ静まり返っていて戸惑いを隠せないでいる。


 そして、動きが止まっている捕虜の男を見て動きが止まった。


「おい……ガエークン。これはどう言う状況だ?」


 捕虜の男改めガエークンは頭領の顔を見て申し訳なさそうな表情をする。


「すまねぇ……頭」

「まさか、お前がやられているなんてな」


 原因は分からないがザンドフはガエークンは身動きが取れない状態にあることは見ただけで分かった。


 しかし、ガエークンの状態はそれだけでなく片腕が折れている。


(こいつをこの短時間で……)


 ザンドフがガエークンに課した役目はあの村でノクサリオの隙を突いて仕留めることだ。


 取り損ねた場合についても抜かりはなく意図的に捕まり捕虜として村に潜り込めと言いつけていた。


 もちろん、村に辿り着く前に殺される可能性も思案したがザンドフはノクサリオたちが甘いことは知っている。


 十中八九、捕虜としてここまで連れてくると踏んでいた。


 そして、思惑通り捕虜としてガエークンは捕まり敵の拠点の場所を知らせてくれたまではいい。


 ここから先が誤算の始まりだった。


 ガエークンはザンドフ一味の中でザンドフに次ぐ実力者だ。


 この集落においてガエークンを止められる者はノクサリオ以外に存在しないとザンドフは考えていた。


 だが結果はどうだ。


「桃色髪のガキもそうだが……なんだあいつは……」


 ザンドフが目を向けたのは黒コートに身を包んだデルフだ。

 それだけではなくそれに隣にいる黒髪の少女にさえもザンドフは不気味に感じていた。


 まるで少女の外見をした何か。


「ど、どういうことだ。……ノクサリオだけじゃないのか」


 そこでザンドフは自分の策の誤算をひしひしと感じていた。


 ザンドフの誤算とはこの集落で要注意すべき人物はノクサリオ一人だと考えていたことだ。


「ヨソラ、もういいぞ」

「……うん」


 デルフがそう言うとヨソラは向けていた掌を落とす。


 すると、ガエークンの身体は蹌踉めき身体の自由を取り戻した。


 自由を取り戻すなりガエークンは一瞬にしてザンドフの隣にまで戻る。

 だが、強者に囲まれての緊張と疲労から肩で息をしている。


 腕が折れているとはいえそれでも命には別状なしだ。


「なぜ、助ける?」


 ガエークンを人質に取ることもできたはずだ。

 しかし、そうしなかった。


 疑問に感じ気付いたときにはザンドフは尋ねていた。


「それは俺じゃなくこいつに聞いてくれ」


 ピッとデルフは指を向けた先にいたのは妙なマスクを付けた女がいた。


 どこかで見覚えがあるが思い出せない。


「ハッハッハッハ! そんな奴、逃がしたところで何も変わらン」


 堂々とした物言いだった。


 確かに今のガエークンは戦力にはならない。


「くっ……」


 悔しさからかガエークンは歯ぎしりする。


 それは嘗められているということもあるがそもそもアクルガの物言いから人質にする考えははなからなさそうだったことにある。


 人質の価値なしと思ったのかそんな小細工しなくとも勝てると思ったのか。


 その答えは出ることはないが恐らくザンドフは後者だと考えた。


 今、断然に不利なのは攻めてきたはずのザンドフだ。

 ガエークンは戦闘不能であるが敵の主戦力は殆ど無傷ときた。


(どうすれば……)


 敵を侮っていた。

 ザンドフの頭にその一言が浮かび上がる。


 誤算の元凶はデルフたちの存在だ。


 先程からあの男に近づいてはならないと警鐘が鳴り響いて止まない。


 頭を高速回転させた結果、ザンドフは一つの答えに辿り着く。


 ザンドフが片手を上げると同時に後ろにいる部下たちが弓を構えた。

 それを見てデルフは目を細める。


 何故なら構えた弓に番えた矢の先端が燃え上がっていたからだ。


「……火矢か」


 だが、この程度ではノクサリオならまだしもデルフたちには到底通用しない。


 それはザンドフも重々承知している。

 要するに狙いはデルフたちを倒すことではない。


 火矢を目にしてノクサリオが狼狽えている姿がありザンドフはほくそ笑む。


 そこでデルフも気が付いたらしく笑みを浮かべていた。


 しかし、狙いがばれたとしてももう遅い。


 そして、ザンドフはノクサリオに向かって堂々と言い放つ。


「安心しろ、ノクサリオ。言っただろ決着をつけに来たって。大将同士、どちらかが死ぬまで一騎打ちといこう」


 その言葉でノクサリオは全て合点がいったらしく苦笑いを浮かべている。


「なるほど……断ればそういうことか。この拠点が所謂人質のような物なんだな。それにここがばれた以上、逃げ場なんてないか」


 始めは一騎打ちなどするつもりもなかったが今の状況で総力戦において勝てると思うほどザンドフは愚かではない。


(だが、ここでノクサリオを葬ることができればこいつらは烏合の衆となり散り散りになるだろう。結果的に長年の悲願だったこの地域を牛耳ることができる)


 ザンドフは自分が勝った後についての算段を考えている。

 はなから、ノクサリオに負けるという考えなんて持っていないのだ。


 何しろ、今までの戦闘はノクサリオの手札を全てを明かさせることを重点に置いていた。


 ザンドフは本気ではなかったのだ。


 つまり、全ての技を見せたノクサリオに勝機はない。


(唯一、煩わしかった毒の煙も拠点の中では自分よりも仲間が大切なあいつが使うことはない。……その甘さが命取りになる)


 だが、ザンドフにとって予想外の事が起きた。


 ノクサリオは苦い表情をしていたが諦めたように力を抜いて息を吐いたのだ。


 一瞬、実力差を悟って諦めたのかと思ったがどうやら違う。


 そして、口を開いた。


「仕方がないな。ここまで攻められてしまったら要件を飲むしかないな」


 どうやら、自分の提案を飲んでくれたようでザンドフは安心する。


(一騎打ちと公言している以上、黒のやつも動くことはないだろう)


 そう安心するも束の間。


 ノクサリオは言葉を続けていた。


「ところでさ、今お前大将同士だと言ったよな?」

「? ああ、そう言ったが……」


 そこでノクサリオは悪戯な笑みを浮かべた。


 それがザンドフにとって混乱の種となる。


「なら、俺はお呼びではなさそうだ」

「!? なんだと……どう言う意味だ! ノクサリオ!!」

「そのまんまの意味だ。俺は副頭領だ。頭領じゃない」

「頭領ではない?」


 確かに前もそう言っていた気がしたが大将と言っても種類がある。


 例えば数多の国の王がそうだ。


 たとえ頂点に君臨していても武力が秀でているとは限らない。

 殆どが統率力によって王の座に就いている。


 ザンドフが言った大将同士とは武に秀でた者同士の戦いだ。


 この集落においてその頂点がノクサリオだ。

 そもそもノクサリオよりも実力が上ならば今まで出てこなかった理由がない。


 一瞬、この黒コートの男かとも考えたがそれはないと結論する。


(こんな奴が元からいれば俺たちはもう生きていない。そうなると客分か何かだろう)


 つまり、ノクサリオの上の存在である頭領は武に秀でていない。


 この決戦において強いかも分からない者を相手にするなどザンドフは馬鹿にされている気分になり苛ついてしまう。


 少なからずザンドフはノクサリオのことを認めていた。

 だが、この後に及んで文官である頭領を差し出してまで命を取るのかと失望をしてしまう。


(待てよ……もしかするとこの男を大将に今したとか抜かすんじゃないだろうな!?)


 そうなればザンドフに勝ち目はない。

 しかし、幸いなことにそうはならなかった。


「ほら大将」とノクサリオに促され前に出たのは先程偉そうな物言いをしていた女性だ。


「ハッハッハ。今までノクサリオを十分可愛がってくれたようだナ。一騎打ちか快く受け入れようではないカ!!」


 口元につけたマスクから籠もった声が響く。


 そこでようやく思い出した。


「誰かと思ったら……前に俺にやられて逃げたやつじゃないか!!」

「ムッ? 何の話ダ?」


 アクルガは首を傾げる。


「あー、あのときお前が倒れたから俺が担いで逃げたんだよ」

「全く記憶にないガ……まぁいイ。どうやらあたしはお前に一回負けているようだナ。フフフ、リベンジマッチカ。初めての経験ダ」


 その言葉に反応したのはデルフだ。


「あいつが負けたのか?」

「まぁ、あの状態だったからな。まさに手も足も出てない。出していないと言ったほうが正しいか」

「……なるほどな」


 ザンドフにとってなにやら意味が分からない話を繰り広げている。


 それがさらにザンドフの癇に障る。


 アクルガを見たところ、知者とは到底思えない。

 つまりこいつは武に秀でているのだろう。


 それでノクサリオの上を行く。


 ザンドフはノクサリオにまだまともに勝ちを収めていない。

 しかし、自分が一回勝った相手が頭領でノクサリオの上だと言っている。


 ザンドフが怒りに染まっても仕方がなかった。


「巫山戯るなよ……ノクサリオ!!」

「ごちゃごちゃ言ってないで戦ったらどうだ? それで全てが分かる」

「戦うまでもない。この女との戦いを俺はまるで覚えていない。その程度の相手だったと言うことだ!!」


 それを聞いたノクサリオは溜め息を吐いた。


「ザンドフ、お前。こいつが手も足も出なかった。いや、一度も手も足も出していないことを覚えていないのか?」

「……何だと!?」


 そのときポキポキと指を鳴らし準備体操をし始めたアクルガ。


「ある意味、病み上がりで身体が鈍っていてナ。フフ、久しぶりダ……。……ああ、もう弓は下ろして良いゾ。なに、そんなことをしなくても正義の味方の名にかけて約束は破らン」


 その堂々としている物言いにザンドフは嘘が何一つないと判断し手を上げてそれを見た部下たちは弓を下ろす。


(策が狂った……。だが、こいつを倒せばいい話だ!!)


 ザンドフはサーベルを構えアクルガは一歩前に出て堂々と仁王立ちをする。


「嘗めやがって」

「フッ、それでどちらかが死ぬまでだったカ? 勝った後の各々の処遇は自由に決め手良いのか?」

「ああ」

「了解しタ。あたしはお前たちの処遇はもう決めたゾ」

「何、もう勝った気になってんだ!!」


 そして、ザンドフはアクルガに向かって走り出した。

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