第174話 静かな生活

 

 ここに来てから数週間が経ったが未だにデルフの記憶は戻っていなかった。


(あれから分かったことはなぜか僕に魔力が宿っていること)


 デルフは義手になっている右手を動かして魔力があることに、そしてそれを自然と操れていることに疑問を抱く。


(元々、僕には魔力がなかったはずだ。あれから一体なにがあったと言うんだ)


 そんな中、現在も洋館にての生活が続いている。


 デルフの服装は寝間着を脱ぎ洋館にあるできる限り派手でない服を拝借した。


(サードも似合っていると言っていたし……大丈夫だよな)


 派手ではないと言っても暗めの色にしただけでそこから滲み出る存在感は無視できない。


(着ているって言うより着せられていると言った感じなんだけど……)


 日々、デルフとサードはともに掃除、洗濯、食材の調達、料理などに取り組んでいた。


 始めの内、サードはどう手を付ければいいか分からずにデルフの動かす手を見ていたが飲み込みが早く今では自分で率先して行うようにまでなっている。


 しかし、デルフがそれよりも驚いたことはサードの力だ。


 自分の身体よりも倍はあるだろう岩を邪魔だからと言う理由でひょいと持ち上げてしまい移動させた見たときは唖然としてしまった。


 とてもじゃないが子どもが持つ力を遙かに上回っている。

 いや、大人をも遙かに上回っているだろう。


 疑問が積もり、ふと料理を作っている最中にデルフはサードに尋ねてみることにした。


「サード、ここは本当にお前の家なのか?」

「ここだれも、いなかった。だから、つかってる」


 この洋館は森の奥深くにあり人はあまり立ち入らない場所だ。

 こんな希有な場所に家があり暮らしている人物がいるなど誰も思わないだろう。


 森深くという文字でデルフは挑戦の森を思い出す。


 しかし、その記憶は薬草を採りにいったと言うものだけでその後の記憶はまだ戻っていない。


「やっぱりそうか。どこから来たんだ? 家出か?」


 自分ではそう言ってみたもののデルフはそうは考えていない。


 こんな小さな子どもが家出でこんな奥深くの森にまで入ろうとはとてもじゃないが思わない。

 そもそも親はいないと言っていたため家出という線は消えている。


 案の定、サードは首を振った。


「くらい、へや……にげて、きた」

「逃げてきた?」

「できた。たべ、て」


 デルフはさらに追求しようとしたがそれを遮るように作っていた料理を皿に盛り付け渡してきたため言葉が止まってしまった。


 それ以前にサードの瞳の色は暗くなりそれを尋ねることは憚られたことも理由の一つだ。

 平静を装っているが怯えや恐怖といった感情が見て取れたためこの場はこれまでにすることにした。


 その日の夜、デルフは今となっては自室となっている最初の部屋にて眠っていたがふと自身の違和感に目を覚ました。


 その理由は身体が痺れていたからだ。

 始めは噂に聞く金縛りか何かだと考えていたが身体は自然と動く。


(ならばこの痺れは一体……)


 そこでデルフはようやく気が付いた。

 その痺れは全体ではなくある一部分にあることに。


 (一体何が……!?)


 デルフは痺れのある左腕に目を向けるとそこにはサードがデルフの腕にしがみつき丸まって眠っていたのだ。


 一瞬、寝ぼけた目が見せた幻覚かとデルフは右手で目を擦るが目の前の自体は変わっていない。


 ようやく事態を把握したデルフは微笑み緊張を解く。


(そうか、平然そうにしていたがこんな年端もいかない少女が親や頼れる人すらもいない状態で孤独や不安を感じないはずがない)


 デルフはそう考えながらも左手の痺れが限界にまで達しており取り敢えず引っ付いている手を離そうとする。


 だが、そのときサードの寝顔に曇りが生じた。

 さらには冷や汗が額に浮かび上がり寝息が荒くなっている。


うなされている?)


 デルフの腕を掴む手の力が強くなる。


 馬鹿力であるサードの握力だがデルフは我慢をして右手でサードの頭を数回撫でる。


 すると、しがみつく手の力が緩まり寝息も穏やかになった。


(悪夢を見ていたようだな)


 偶然見てしまったものかもしくは過去の出来事からのものか。


(今までの様子を見ていると後者だと思うけど……。しかし、ここまで気を許してくれるとは)


 そこでデルフは前にサードが言っていた言葉をふと思い出した。


(ジョーカー……僕のことだよな……!?)


 そのときまたも激しい頭痛と耳鳴りが襲ってきた。

 すぐに止むと考えていたが今までと違いその長さは桁違いだ。


『……ルフ! しっ……す……のじゃ!』


 デルフに幻聴のようなものが聞こえるがそれに反応できないほど頭痛と耳鳴りが酷い。


 やがて、それらは目眩いへと変わりデルフはバタンと再びベッドに沈み込んだ。

 しかしそれ以降、頭痛や耳鳴りは一切なくなった。


 これをデルフは本調子に身体が回復しつつあると実感した。


 しかし、問題はまだ残っている。

 それはサードは自然と毎晩のようにデルフの隣で就寝していることだ。


 いや、それは問題ではない。


 その最中に毎回悪夢に魘されていることをデルフは問題視していた。


(悪夢はそう簡単に断ち切れない。何か心の支えになるきっかけがあれば……なんで僕はそれを知っているんだ? まるで経験したかのような……)




 ある朝、デルフは早くに起床し屋敷にあった布と綿を裁縫道具を持ち何かをいそいそと作っていた。


「難しいな。……ずっと前に母さんから教えて貰ったきりでそれ以来触れてなかったから上手くいかないのも当然か」


 デルフは針を義手である右手で持ち巧みに動かしていると少しずれて左手の指を突いてしまった。


「ちっ……っ〜」


 デルフは突き刺してしまった指を見詰めるとそこから小さな血の球が浮き上がっていた。

 しかし、それを見てデルフは目を見開いた。


「……黒?」


 自分の血の色が赤ではなく黒色だったのだ。


 しかし、驚きはしたものの不思議とそれ以上は驚くことがなかった。


(なんだ? 初めてみたとは思えない。これは……抜け落ちた記憶の一つか)


 そのとき、扉の近くから気配が近づいてきていた。

 デルフは指を即座に拭き扉に目を向ける。


 すると、そこからサードが眠たそうな目を擦りながら小さな歩幅で歩いてきた。

 相変わらず長い前髪が片目を隠している。


 うつらうつらしていたサードだがデルフの持っている手に目を向けた途端、眠気さが漂っている瞳から一転して輝きが灯った。


「なに、している……の?」

「これか? ちょっと待ってくれ。もう少しだ」


 デルフは手を早めて仕上げを的確に行っていく。


 そして、出来上がった熊のぬいぐるみを少女に手渡した。


「これは……なに?」

「見ての通り熊の人形だ。これがあれば少しは寂しさが紛れると思ってな」


 少女はじっとデルフを睨み付けるように見詰めてくる。


 デルフは一瞬子ども扱いして怒ってしまったのではないかと危惧したがサードはぬいぐるみに顔を埋めた。


「うれ、しい」


 言葉には感情の起伏はなかったがぬいぐるみに顔を埋めながら嬉しそうにくねくねと動いている。


 それを見てデルフはほっと胸をなで下ろす。


(どうやら上手くいったようだな)


 顔をあげたときに垣間見えたサードの微笑んでいる顔に思わずデルフも顔を微笑んでしまう。


 それ以来、サードはずっとぬいぐるみを抱き続けている。


 しかし、悪夢を見ることはすっかりとなくなったこともあるので少々複雑な気分になってしまった。




 ここに流されてから数ヶ月が経ったあるときデルフの身体の調子は一段と悪くなってしまった。


 思うように力が出せず気分も悪い。

 それでもデルフはいつも通り洗濯や食事などの家事をしようと動き始める。


 しかし、デルフの前にぬいぐるみを片手に持ったサードが立ち塞がった。


「どうした?」


 サードの表情は険しく見ただけでも怒っていることが目で見て分かった。


「やすむ」


 サードは寝室に指さす。


「大丈夫。それほど悪くない」


 そう言ってデルフは歩を進めようとするが途中でいくら足を動かしても前に進まないことに気が付いた。


 そして、自分の足下を見てみると宙に浮いていた。


「なん……だ」


 デルフはすぐにこれはサードが行っていることに気が付いた。


「やすむ」

「うわぁぁ!!」


 そう言ってデルフは抵抗できずにベッドに投げ込まれたのだった。


 次の日の朝、調子はあまり戻らなかったがそれでもサード一人に全てを任せることに気が引けサードに無理言って何とか家事の手伝いをすることを許して貰った。


(立場が逆転しているような気がする)


 デルフはこの自分の不調は怪我や病気では無く記憶が戻りかけているとなぜか確信を持てていた。


 それと同時に何か不気味な予感が朝から止まないのも理由の一つだ。


 とにもかくにもサードを一人にするのは不味いという警鐘が鳴り響いている。

 洋館の外に設置した物干し竿に濡れた衣服を二人で掛けていると遠くから足音が聞こえてきた。


(?)


 デルフがサードよりいち早くそれに気が付き目を向けると白色の派手なローブを身に纏った青年が近づいてきていた。


 腰には三本の剣が携えておりその並々ならない気迫はまだ距離があるのにもかかわらず伝わってくる。


 デルフの足は固まってしまい動けないでいた。


 そして、目の前まで来た青年は笑顔を向けて口を開く。


「ようやく見つけたよ。サード」


 言葉を掛けられたサードは酷く怯えており手が震えていた。

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