第173話 サード
扉から顔を覗かせている少女。
身体を扉で隠していることからデルフのことを怯えているかのように見える。
しかし、その表情からそういった感情がないことはすぐに分かった。
どちらかといえば興味などの感情に近い。
「君、名前は?」
デルフが尋ねると少女は顔を引っ込めてしまった。
しかし、しばらくすると再び顔を覗かせる。
少女は黒色の洋服を着用し髪は黒く長い。
前髪は左目を完全に隠すように掛かっており雰囲気は不気味。
しかし、身長は低く一桁の年齢の子どもにしか見えない。
まるで人形のような少女だ。
「なまえ、しらな……い。だけど……サードってよばれて……た」
「知らない? サード?」
デルフの頭は「?」で埋め尽くされる。
「まぁいいか。僕はデルフ。取り敢えず、助けてくれてありがとう」
「……うん」
サードはこくりと頷く。
デルフは改めて部屋の中を眺める。
大きな一部屋にデルフが寝転んでいるベッドとその他の高価な家具が並んでいることからこの家が豪邸であることは容易に想像できた。
そう考えると子ども一人で暮らしているとは考えにくい。
そもそも、デルフをここまで連れてくることはサード一人では不可能だろう。
「ご両親は? お世話になったことをお礼を言いたいんだけど」
そう言って動こうとするが頭に身体が軋む音が響き、それに動きを阻まれベッドから転げ落ちてしまった。
(まともに動くことができない。しばらく養生が必要か……)
そのときサードが小走りで近づいてきてデルフの身体を支えた。
「なっ…」
少女とは思えない力にデルフは驚く。
そして、サードに引きずられてベッドに戻される。
「うごいたら……ダメ」
サードはそう一言呟いて扉に向かっていく。
その途中で振り向き円形の小さな机に指さす。
「おなか、すいたら……たべ、て」
デルフは目を向けるとそこには皿に山盛りの果物が置かれていた。
「何から何まで……ご両親にはお礼を伝えといてくれ」
そう言葉をかけるとサードはゆっくりと振り向いた。
片側しか見えない瞳を見てデルフは息を呑む。
その瞳にある感情は悲しみだった。
「おや……いない。ひとり」
デルフの言葉を待たずサードは出て行った。
(親がいない? ……サードを置いて失踪した、もしくは亡くなった?)
デルフはサードに掛ける言葉が思いつかなかった。
ある意味、サードが出て行ってくれて助かったとも言える。
(下手に言葉を掛けるのは逆効果だ。これは追々の課題だな。まずはこの怪我を治さないと……。それに記憶を取り戻さないうちはここを離れるのは危険か)
そのときまたも耳鳴りが頭の内側に鳴り響く。
しかし、今回は頭痛はなかった。
その代わりかその耳鳴りの大きさは尋常ではない。
鼓膜が破けそうな勢いで鳴り続けている。
「ぐっ……」
根本的から身体の調子がおかしい。
そのことからも自分が受けたダメージは相当なものだと思い知らされる。
激しい耳鳴りのせいで目の前が真っ白になった。
白い空間の中、誰かの後ろ姿が朧気に見える。
純白のドレスを着用している女性だ。
長く艶やかな白髪はこの空間に溶け込むことなくむしろ撥ねのけてその存在感を示している。
後ろ姿だけでもその女性が只者では無いことは嫌でも理解できた。
しかし、デルフはその女性を初めて見た気がしない。
(どこか……で、絶対忘れてはいけないことを忘れているような)
何かを思い出しそうになるがそこで鼓動が早まり息を切らし始める。
そのとき、その女性は後ろに立っているデルフに気が付いたのか振り向き始めた。
しかし、その女性の顔が明らかになる瞬間、この世界が黒く染まり掻き消えてしまった。
そして、デルフの意識は再び闇に沈む。
デルフは静かに目を開ける。
痛みは嘘のように無くなっておりすんなりと起き上がることができた。
そこでようやくデルフは着ている服が青い寝間着に替わっていることに気が付く。
(どうやら着替えさせてくれたようだな……)
続いて両手を動かし違和感が無いことを確かめる。
(動く……な。取り敢えず治ったか。……記憶の方はまだのようだ)
今の頭の中は何か大事な部分が抜け落ちてしまったような喪失感で一杯になっている。
そこでデルフは先程見た夢を思い出す。
顔をこそ見えなかったがあの女性の姿は確実に見覚えがあった。
それは抜けた記憶の核たる存在であることも確信している。
しかし、あと少しのところで頭痛と耳鳴りが邪魔をして思い出すことができない。
(前に見た夢はカルスト村が襲われているところだった……。あれが本当にあった出来事とすればあの後、村はどうなったんだ……)
今、記憶を戻す唯一の手掛かりはデルフが最初に見たカルスト村が襲われている夢だ。
デルフの今の記憶はカルスト村で開催される精霊祭の少し前でそこから先が空白になっている。
自身の見た目からそこから何年も時が過ぎていると言うことは理解できるが理解できるだけであり内容は全く思い出せない。
(これ以上、考えても記憶が戻る兆しが見えないな。それであの少女、サードはどこに)
デルフが目を向けると皿に乗っている果物の量がさらに増えていた。
「あの後も看病してくれたのか……」
デルフは立ち上がり部屋の外に出る。
すると左右に長い廊下が続いていた。
(……豪邸だな。こんな場所に少女が一人で暮らしているとは)
廊下には松明などの灯りはなく真っ暗だがデルフにとってはあまり関係なく昼間のように明るく見える。
デルフ自身もそれを不思議に思いながらも歩を進める。
「ん? ……開いている」
廊下を歩いている途中、扉が開いている部屋がありデルフは顔を覗かせる。
灯りは付いていなく真っ暗で複数のクローゼットしか置かれていない。
どうやら、衣装部屋のようだ。
それよりもデルフは下に散らばっている一枚の小さな布の服に目が行った。
小さいと言ってもあの少女の身体の膝までの大きさはある。
それをデルフは手に取ってみると暗くてよく分からなかったが黒い何かが付着している事に気が付いた。
「これは……ぐっ……」
またも頭痛がデルフを襲う。
デルフは布の服を手放してその部屋を後にする。
「どうやら、本当に一人で住んでいるようだな」
いくら歩いても人の気配は一切せず殆どの部屋は埃が溜まっているため最近使われていないことは推測できる。
「それで……サードはどこに」
しばらく歩いていると厨房と思わしきところからがちゃがちゃとした音が耳に入った。
デルフはゆっくりと扉を開けると鍋に向かい合っているサードの姿があった。
スプーンで鍋に入ったお粥らしき黒ずんだ物体を掬って口に入れた。
すると、苦虫を噛みつぶしたような顰め面をして流し台に放り投げる。
「もういちど……」
そして、またサードはいそいそと料理に取り掛かった。
(果物しか無かったのはそう言う理由か……)
デルフは扉をわざとサードに聞こえるように開ける。
「あっ……」
サードはデルフの姿を見るなり気不味そうに顔を引き攣らせる。
「これはこうするんだ」
デルフはサードの隣に立ち間違っている箇所を指摘し実演する。
しばらくぽかーんとデルフを見詰めていたサードだがやがてとことこと近づいてきた。
「これは僕のためにか?」
サードはこくりと頷く。
「げんき、なった?」
「ああ、おかげさまでな」
「いく……の?」
サードは少し残念そうな表情をデルフに向ける。
「怪我は治ったが…記憶はまだ戻っていないからな。良ければもう少しここに止まらせて欲しい」
「きおく?」
「ああ、何があったか全く覚えていないんだ」
「……そう。すきなだけ、いて。ジョーカー……」
すると、サードはピタリとデルフの足にくっついた。
少し顔を赤らめて一言呟く。
「おなじかんじ……やっとみつけ、た」
そこから数週間、記憶を戻すためこの森の中にある洋館にての暮らしが始まった。
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