第169話 謝罪

 

 武闘大会から数日後、フレイシアたちは王城に呼び出された。


 供回りはウラノとアリル。


 デルフは未だに眠ったままだが元々裏方であり正式な場に出るわけにはいかないのでその点は問題ない。

 それよりもフレイシアが骨が折れたのはデルフの護衛兼看病を誰がするかという一悶着がウラノとアリルの間であったことだ。


 何とかフレイシアはそれを諫めてその役目をグランフォルに任せた。


 喧嘩両成敗という目的もあるが何より防衛の面においてグランフォルは二人よりも秀でている。


(彼に任せておけば万が一もないでしょう)


 今回は正式な呼び出しと言うこともありフーレの格好ではなくデストリーネ王国王女フレイシアとして臨んでいた。


 ウラノは着物と袴を着用しておりアリルはいつも通りの黒のゆったりとしたドレスを身に纏っている。


 王城の前まで着くとアリルがぼそっと呟く。


「しかし、どうして僕たちの宿がばれているんでしょうね……」

「自国ですから情報網ぐらいは出来上がっていても不思議でありませんよ」


 ウラノがそう返答したときフレイシアは自分が着用している白のドレスの裾をちょんちょんと突かれていることに気付く。


「どうしたのですか? サフィー?」


 気不味そうなサフィーはフレイシアに頭を下げてくれと手招きしそれに従うと耳元に囁く。


「ど、どうしたじゃないわよ! なんで私まで行かないといけないの!?」


 サフィーの執事、保護者であるフレッドは闘技場で起きた事件の犠牲となってしまった。


 フレイシアとしては一人になったサフィーを見過ごすことができず自分たちの宿に連れてきていたのだ。


 しかし、今のフレイシアは常に危険が付きまとっているためいつサフィーに被害が及ぶか分からない。


 どこか安全な場所に引き渡すことも見当しているがそれはまだ追々に考えることにしている。


「そう言われましても……呼び出しにあなたも含まれていますから」

「そうそれよ。なんで今更……はっ! まさか、この機会に私を吊るし上げようと……フレッド!」


 サフィーは大声でフレッドを呼ぶが返事はない。


「あっ……」


 フレイシアは泣きそうになるサフィーを優しく撫でる。


「参りましょう」


 そして、衛兵に話を付けて王城に入って行く。


 案内され玉座の間に辿り着いたフレイシアたち。


 玉座の前には二つの椅子が並んで置いてありそこにフレイシアとサフィーが座る。


 アリルとウラノはフレイシアの後ろに立って控えた。


 しばらく経つとブエルを引き連れたジャンハイブが玉座の間に入ってきた。


「……」


 フレイシアはその姿を見て口籠もる。


 ジャンハイブの左腕の肘から下がなく袖が垂れていたからだ。


 しかし、その身体から発する覇気はいまだ健在だ。

 ジャンハイブが玉座の間に入ってからというものピリピリとした空気が周囲に漂っている。


「よく来てくれた」


 ジャンハイブは玉座を一瞥するが座らずそのままフレイシアたちの方まで歩いてくる。


 そして、地面に座った。


「陛下!?」


 ブエルは驚いてすぐに立たせようと動いたがその前にジャンハイブは頭を下げた。


 フレイシアは目を見開いてそのジャンハイブの姿を呆然と眺める。


「先の闘技大会の一件、このボワールを救って頂き感謝の言葉もない。本来ならば王たる俺の務めだったが情けないことにたった一撃の敵の攻撃で倒れてしまった」

「どうか頭を上げてください。ジャンハイブ殿。私は感謝されるほどのことはしていません」

「しかし、ジョー……」


 ジャンハイブが言葉を出そうとしたときフレイシアは笑みを浮かべて口元で指を一本立てる。


 その意味を理解したジャンハイブは押し黙ってくれた。


「今回、私は貴国との同盟を結びにきました。私たちの関係は対等でありたいと考えております。他国の者である私が言うのも変ですがどうかお掛けになってください」

「……フレイシア殿がそれを望まれるならば。ブエル」

「ハッ!」


 そして、ブエルは側に控えている兵に命令し椅子を持ってこさせる。


 それをフレイシアと対面する形に配置しジャンハイブは腰掛けた。


「本題に入る前にフレイシア殿、申し訳ないが少し待ってくれないか?」

「ええ、構いません」


 フレイシアの了承を得るとジャンハイブはサフィーに目を向ける。


「……モラーレンのご令嬢、サフィー殿であったか」

「は、はい!」


 妙に緊張しているサフィーは背筋を伸ばして大きい声で返事する。

 まさか自分が直接ジャンハイブと話しかけてくるとは思っていなかったのだろう。


 フレイシアをちらちら見て助けを求めていることからジャンハイブが何を言うのか怖いと見える。


 だが、ジャンハイブが発したことはサフィーの考える言葉ではなかった。


「……これは国王ではなく一介の戦士であるジャンハイブとして申し上げる。……父君並びに母君の件、さらには今までの貴公の扱い。心から謝罪する。すまなかった」


 サフィーは目を点にして驚いている。


「……私を罰するために呼び出したんじゃないの?」

「…まさか、革命は全て終えている。……そもそもモラーレン殿はあそこで死んでいいような人ではなかった。全ては……ん?」


 ジャンハイブはそのとき目を細めた。

 視線はサフィーから動いていない。


 何事かとフレイシアはサフィーに目を向けるとサフィーの身体が輝いていたのだ。


「なにこれ……」


 サフィーでさえ輝く自分の身体を見て驚いてしまっている。


 そして、その輝きはすっぽりと抜けサフィーの隣に降り立った。


 光は徐々に形を整えていき人の形にへと変化する。

 さらに色も浮かび上がり閉じていた目を開いた。


 誰もが知っている人物の思いがけない登場に驚きで固まってしまう。

 それもそのはず先の事件で死んだと思われていた人物だったからだ。


「フレッド?」


 フレッドは微笑みをサフィーに向ける。


「申し訳ありません。お嬢様、思いのほか時間が掛かりました」

「……嘘、なんで」


 涙を潤ませるサフィーにフレッドは優しく声をかける。


「しばらくお待ちください。少々、かの御仁に聞きたいことがありますので」


 そう言ってフレッドはジャンハイブに目を向ける。


「一つ聞きたいと思っていましたが……先程、あなたは旦那様が死んでいいような人物ではないと仰った。その言葉に偽りは?」


 ジャンハイブもフレッドの登場に驚いていた一人だがその問いかけから少し遅れるも堂々と頷く。


「もちろんない!」

「……ならばなぜ、あのとき攻め込んで来たのですか。言っていることと行動が矛盾しております。あなたであればモラーレン家を無視して王都に攻め込めたはず。……返答次第ではただではおきませんよ」


 フレッドの並々ならぬ気迫に付近にいる衛兵たちは怯んでしまうがジャンハイブは物怖じせずに全てを受け止めた。


「俺は……モラーレン殿に味方について欲しかった。あの御仁の力があればこのボワールは更なる発展を遂げる。前王のように宝の持ち腐れにはしない自信もあった。しかし、モラーレン殿には何度もこちらに降るようにと書状を送ったが芳しい返事はなかった」


 ジャンハイブは次の言葉を言い淀むがぐっと拳を握りしめて言葉を続ける。


「そのときだ。何度も誘いを撥ねのけたモラーレン殿に激怒した俺の配下たちが独断で侵攻を開始してしまったのだ」

「陛下! 暴走したのは革命の際に降った新参者ばかり。陛下に……」

「お前は黙っていろ!!」


 ブエルの助けの言葉をジャンハイブは撥ねのける。

 その間もフレッドから目を逸らしていない。


「全ては俺の力不足が招いたこと。許してほしいなどとは思っていない。納得がいかなければこの首を取って貰っても構わない」

「あなたの力不足ですか。そんなことで旦那様たちは……。いくら謝ったところで旦那様たちは戻ってきません」


 潔いジャンハイブの姿が逆にフレッドの怒りにくべる薪になったらしくその手に魔道銃が出現した。

 そして、撃とうとしたときサフィーの一声がかかる。


「フレッド、もういいわ」

「お嬢様……」

「先程、ジャンハイブ様から謝って頂いた。それで結構よ。それだけが聞きたかった言葉だから」

「……お嬢様がそう言うのでしたら」


 フレッドは作りだしていた魔道銃を霧散させ一礼する。

 そのとき一瞬だが怒っていた顔が嘘のようになくなっており微笑む顔が見えた。


 それはジャンハイブも気が付いたようだ。


「お前、撃つ気がなかったな」

「はて、何のことでしょう?」


 にこやかな笑顔を向けるフレッド。


(演技でしたか。この英雄王を見極めるための)


 そして、フレイシアは横に座っているサフィーに目を向ける。


「サフィー、良く耐えましたね」


 フレイシアは小声で囁く。


「私ももう子どもじゃないから。それにここでこの人が倒れればこの国はまたおかしくなっちゃうもの。そうなってしまうとお父様たちが命を賭けた意味がなくなっちゃうわ……」


 フレイシアは優しい視線を送った後、フレッドに目を向ける。


「フレッド様、それであなたは一体?」

「……当然の疑問でしょう。隠しているつもりはありませんでしたが、闘技場に現われた刺客の言葉を思い出してください」


 その言葉で何かに気が付いたウラノが呟く。


「二つ目……」


 その意味についてフレイシアは一つしか思いつかなかった。


「まさかあなたも紋章を?」

「正確にはお嬢様が持っています」

「どういうことです?」

「お嬢様がお持ちになっている紋章術は“創造そうぞう”。その効果は名前の通り物を作り出す」


 その紋章術と先程の光景、そして闘技場でのフレッドの身に起こった様々な疑問点が合わさり全て合点がいった。


「では、あなたは……」

「はい。ご想像の通り、私はお嬢様によって作り出された存在です。ですが。お嬢様は魔力の扱いを苦手とされております。なので全魔力、それこそ紋章術さえも込めて私を創造なされました。それも無意識で」


 無意識と言うことはサフィーも今ここで始めて知ったのであろう。

 案の定、口を開けてポカーンとしていた。


「フレッドを私が作りだした? 嘘……というか紋章?」


 サフィーは慌てて着ているドレスをまくし上げて自分の腹部に目を向ける。

 そこには確かに紋章が刻まれていた。


「ずっとただの痣だと思っていたわ」


 つまり、フレッドはサフィーの全魔力と引き換えに生まれた存在であるということだ。

 さらには紋章術もその身体に宿しておりフレッドが扱うときのみ能力にへと進化しているらしい。


 その代わりにサフィーに残る魔力は常時、空となり傍から見れば魔力なしの子どもだ。


 しかし、フレッドが言うにはなんど死のうが本体であるサフィーが生きている限り死ぬことはないのだと言う。


 実際は死ではなく活動限界による魔力の枯渇で形を維持できず光となって霧散するらしいが。


 それはフレイシアたちもその目で見たため容易に想像はできる。


(紋章は自分が扱えない力だった。だから無意識でそれを扱える人物を作りだした。その戦闘能力は闘技大会から明らか。……しかし、紋章ですか)


 ジャンハイブももの凄く驚いている。


「この国では俺だけと思っていた」


 ウラノとアリルもまじまじと見詰めている程だ。


「旦那様はお気づきになられていましたが」

「お父様が?」

「はい。全く、旦那様に隠し事はできません」


 そう話している間にジャンハイブは冷静を取り戻し再びサフィーに話しかける。


「サフィー殿。これを」


 ジャンハイブがサフィーに手渡したのは小さな紙切れだ。

 サフィーは訝しげにその紙を眺めるとそこには何やら文字が書いていた。


「これは……?」


 どうやらそこにはどこかの地名が書いてあるらしい。


「そこに父君と母君が眠っておられる」

「!!」

「丁重に葬り外装もできる限り手を尽くした。罪滅ぼしというわけでないが……これは革命を起こした張本人である俺の役目だ」

「いえ、感謝、します」


 涙を潤ませるサフィーは震える声で呟きその紙をぎゅっと握り胸の所に持って行く。


 そして、ついに涙が零れた。


 しかし、その表情は優しく微笑んだままだった。

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