第170話 白と英雄
サフィーとの話を終えたジャンハイブは改めてフレイシアに視線を向ける。
「すまない。フレイシア殿、時間を取らせてしまって」
その言葉にフレイシアは微笑みながら答える。
「謝罪の必要はありません。それでは、本題に参りましょうか」
「ああ。とはいえその答えは先日の武闘大会にて出ている。ジョーカーが優勝し貴公の申し出である同盟、承諾するつもりだ」
「感謝します」
フレイシアは花咲く笑顔を必死に抑えて隠すように頭を下げる。
「邪魔はされたが、あのまま試合を続けていれば負けていたのは俺だっただろう。それだけでも約束通りだが、それに加えてあんたたちはこの国を救って貰った恩人だ。この同盟の間、俺はあんたの指図にできる限り従うぜ。ただ、一番はこのボワールの存命を置くが」
「それで構いません。……感謝します」
フレイシアは一先ず目的を達成したことに内心で息を吐く。
だが、ジャンハイブは続けて予想にもしていない言葉を放ってきた。
「だが、この同盟にボワールが本当に加わってもいいのか?」
「どういうことです?」
フレイシアは目まぐるしい速度でその言葉の意味を考える。
しかし、何一つ思いつかなかった。
観念してジャンハイブの言葉を待つ。
ジャンハイブは少し躊躇した様子を見せていたがようやく口を開く。
「闘技大会の前と今じゃあんたにメリットがあるとは考えられないからだ」
そう言ってジャンハイブは無くなった自分の左腕の箇所を見る。
「見ての通り俺は左腕と紋章を失った。これは俺の力の大半が失ったに等しいことだ。もはや、俺は戦場に立っても荷物同然になるだろう。もしかすると、あんたの思う働きはできないかもしれない」
(分かっていながら……それを言いますか)
その意味を知らないジャンハイブではない。
ジャンハイブの腕は切断され紋章の力も失った。
力を失い自信が喪失している今のジャンハイブはフレイシア以上に同盟を結びたいはずなのだ。
それにもかかわらず自分に利とならないことを口にする理由など一つしかない。
言わずにいられなかったのだろう。
傍から見れば馬鹿正直に見えるかもしれないが少なからずフレイシアはジャンハイブの性格に好感を持てた。
ジャンハイブはもし断られたらという不安からか暗い表情を続けている。
フレイシアは安心させるように微笑みながら語りかける。
「ジャンハイブ殿、何か勘違いをしていませんか?」
「勘違い?」
「私は大国ボワールと同盟を結びに来たのです。もちろん、英雄と謳われるジャンハイブ殿の紋章の力も味方に付ければと考えていました。ですが、力をなくしたとしても私はあなたの人柄に好感を持てます。是非とも、むしろ出会う前以上にあなたに味方になって頂きたい」
ジャンハイブは目を見開いて呆然とフレイシアを見詰める。
「それとも……あなたが戦えなければ、力を失えば、兵たちの結束力は失せこの国は瓦解してしまうほど脆い物ですか?」
フレイシアの言葉に反応したのはジャンハイブではなく側に控えていたブエルだった。
それに合わせて幹部と思われる複数の兵士がブエルの後ろに移動した。
そして、集まった全員がその場に座り頭を下げる。
「陛下! たとえ陛下が戦えない身体となっても我らがいます! どうか我らをお頼りになってください!」
「……ブエル」
「自身の力よりも臣下と民たちの信頼を得てこそ王となります。ジャンハイブ殿、良い配下をお持ちですね。……改めて、我らと共に戦ってくださいますか?」
フレイシアが手を差し伸べるとジャンハイブは勢いよくそして強く握った。
「ああ、もちろんだ」
そのとき、外から足音が聞こえてきた。
しかし、兵士の足音と違い軽くフレイシアはそれほど警戒しなくてもよいと判断する。
そして、扉がゆっくりと開かれ顔を覗かせたのはまだ幼い子どもだった。
始めはキョロキョロと顔を動かしていたがジャンハイブの姿を見るなり顔が綻ばせる。
「ちちうえ!」
子どもはおぼつかない足でジャンハイブに向けて走り始める。
途中でこけそうになるがなんとか持ち堪えようやく辿り着いた。
「ファルン……」
「えっ?」
ジャンハイブが子どもの名前を呼ぶと同時に声を出したのは隣の椅子に座っているサフィーだ。
「ちちうえ、みてください。これ、ぼくがつくりました」
そう言って差し出すファルンの手には握り飯があった。
「そうか」
それをひょいっととって口に運びジャンハイブは笑みを向けた。
「うまい」
頭を撫で嬉しそうにするファルン。
「げんきでましたか?」
ファルンはジャンハイブの腕を見て心配そうに尋ねる。
「ハッハッハ!! もちろんだ」
ジャンハイブは右腕を曲げて力こぶを作ってみせるとファルンは安心したように笑顔を見せた。
「それでファルン、父は今大事な話をしているんだ。少し外してくれないか?」
ファルンは首を動かしフレイシアたちの存在に気が付いた。
「あっ……もうしわけありません」
幼い子どもとは思えないほど恭しく一礼するファルンにフレイシアは思わず顔を綻ばせてしまう。
「王子、こちらに」
そして、幹部の一人がファルンを連れて退室した。
「見苦しいところを見せてしまったな」
「いえ、今のはジャンハイブ殿のご子息ですか?」
ジャンハイブが頷くと隣でそわそわしているサフィーが目に入った。
「サフィー、どうかしましたか」
「え、いや、ファルンって……」
サフィーの混乱は激しく全く情報を得られなかったためフレイシアは分からないままだ。
しかし、そのサフィーの抜けている言葉を代弁するようにフレッドが口を開く。
「確か、前国王のご次男と同じ名前ですね」
それにジャンハイブは深く頷く。
「ああ、その通りだ。ファルンは養子に取った。……俺は革命を起こしこの通り王位に就くことができた。しかし、いずれは元ある場所、ファルンに返すつもりだ」
驚いたように見詰めるサフィーとフレッドの視線に気付きその意味を察したのかジャンハイブは笑う。
「別に俺は王になりたかったわけではない。この国をより良い国にへ変えたかっただけだ。しかし、その犠牲になった者は数知れず。もちろん、前王の命も奪った」
「それでは……」
「ああ、つまりファルンにとって俺は親の仇ということになる。今はまだ分かってないだろうが、いつかはファルンも気が付くだろう。そのとき、俺は全てを受け止めるつもりだ」
「それほどの覚悟を……」
フレッドはジャンハイブの覚悟を知り息を漏らした。
「これが革命を起こした俺の責任だ」
フレイシアはデルフの言葉を思い出していた。
(ジャンハイブを味方に付ければ心強いですか、デルフも話した回数は少ないはずですのに剣を交えれば全てが分かるとは本当のようですね。……私も剣術を嗜みましょうか。……無理ですね)
そう考えているとジャンハイブは再びフレイシアに目を向けた。
「一つ聞いていいか?」
「何なりとどうぞ」
ジャンハイブは一息置いて姿勢を正し重々しい声で尋ねる。
「デストリーネを倒した後、大同盟の盟主であるあなたはどう動かれる?」
「後のことですか……まだ考えられませんね。今はただ理不尽な侵攻を防ぐのみです」
「それは……本当か? どうにも俺の目には何か考えがあるように見えるが?」
「ふふ、私を買いかぶりすぎですよ。しかし、なぜそのようなことを?」
フレイシアが尋ねるとジャンハイブは苦笑いをする。
「数え切れない年数を五大国は争い続けた。俺はもう十分だと思う。やり方は断固として認めることはできないがデストリーネの平和を求める気持ちだけは俺も同感だ」
「平和、果たしてデストリーネは本当に平和を目指しているのでしょうか。……いいえ、本当の平和を目指しているのか」
フレイシアはポツリと呟く。
「俺には平和を導く方法は思いつかない。そんな者がいくら言おうとそれは夢物語に過ぎない。だが、平和のため尽力する者がいれば俺は協力を惜しまない。そのことは覚えておいてくれ」
ジャンハイブの迷いのない言葉にフレイシアはクスリと笑う。
(見透かされてますか。しかし、全てはこの戦いを勝利してから……)
フレイシアは取り敢えず笑ってはぐらかしておく。
その後、昼食をご馳走になった。
さすがにそこまでは厄介になれないとサフィーたちは王城を後にしたがフレイシアたちも会食を終えてすぐにボワールを発つことを決める。
王城を出るとき王であるジャンハイブ自ら見送りに出てきていた。
フレイシアは振り返り一礼する。
「今回、同盟を結んで頂いた恩は忘れはしません」
「それはこちらのセリフだ。このような力が削がれた国を同盟に加えて頂いて感謝する」
「では、これで。一刻も争うので。いずれ決戦の日に会いましょう。しかし、それほど遠くないでしょう。詳細は後日、書状にて連絡いたします」
「ああ、近いうちに」
これにて大同盟はフテイル、ソフラノに加えて大国ボワールも味方に付けた。
これによりボワールの周辺国家も靡くのは必定。
しかし、まだこれではデストリーネと決戦を行うのに心許ない。
(本来ならばこの後、ジャリムへ向かうつもりでしたが既に滅びてしまいました。ここはデルフの言っていた通りフテイルに一度戻りましょう)
次の交渉相手は大国シュールミットだ。
デストリーネの王女であるフレイシアとシュールミットとは何の接点もなくボワール以上に苦戦するのは目に見えている。
だが、フレイシアは自然と力が入っていた。
(以前の私ならば不安から手が震えていたはず。私も度胸が据わってきたようですね)
眠るデルフの顔を見て微笑むフレイシア。
「早く目を覚ましてくださいよ」
アリルとウラノは明日からの旅に向けて買い出しに行っておりグランフォルも今この場にはいない。
まじまじとデルフを見詰めるフレイシアはそっと顔を近づけた。
「ふふふ、心配を掛けた罰です。 続きはまた今度……ですよ」
そして翌日、フレイシアたちは眠ったデルフを連れてボワールを後にした。
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