第164話 フレッドの実力(1)

 

 いよいよ決勝戦が始まろうとしていた。


 この試合に勝てばジャンハイブとフレイシアの同盟関係は成立することになる。

 ジャンハイブが約束を守れば、の話だが性格からして反故にすることはまずないだろう。


 そしてこの戦いの後、ジャンハイブとの対決に事を運べることになる。


 それをも勝利することができればの話だが。


(……それが難しいのだけどな)


 既に両者、舞台に上がった状態で目の前にフレッドが立っている。


 赤の髪に執事服ととても戦う格好に見えないがそれはデルフも黒コートと長髪なので言えた義理ではない。


「お久しぶりです。ジョーカー殿。待機場では運悪く顔を合わすことができませんでしたが結局出場なされたのですね」

「ああ、少しやむを得ない事情があってな」


 そして、デルフは口元を釣り上げる。


「やはり実力を隠していたな」

「いえ、まだまだ非才の身です」

「謙遜するな。非才でウラノに勝つことはできない」

「……あの方も実力を出し切れていない節がありました。もしも、全力ならば勝敗は変わっていたでしょう」

「どうせ、お前もまだ全力じゃなかったんだろ」


 フレッドはふふっと笑う。


「……ですがあなた相手では嘗めてかかると全力を出す前に終わってしまいそうです。それはお嬢様の顔に泥を塗るに等しい行為。確実に避けねばなりません。ですので、初めから全開で挑ませて頂きます!」


 そして、試合開始のゴングが鳴り響く。


 フレッドは瞬く間にデルフとの距離を詰めて拳を放ってきた。

 それをデルフは受け止めカウンターとして拳を繰り出す。

 さらにフレッドはそれを躱し次は蹴りを繰り出してきた。


 そんな一連のやり取りが数分間続き開始のゴングと共に鳴り響いていた歓声は完全に沈黙と化し観客たちは固唾を飲んで見守っていた。


(体術では互角か……)


 そして、お互いの拳がぶつかりようやくフレッドが後ろに下がる。


(仕切り直し……違う!)


 いつの間にかフレッドの両手には合計十本の短刀が握りしめられていた。


(お前と同じ魔法だな……)

『じゃが、物を一から精製できたのはこの身体になってからじゃ。この執事やはり只者ではないぞ』

(ああ、分かってる)


 そして、フレッドはその短刀を着地と同時にデルフに向かって投げつけてきた。


 デルフもそれに対抗して同じ数の短刀を両手に作りだし放つ。

 だが、予想外のことが起きた。


 デルフが放った短刀は飛んでいく最中、急に黒く染まりだし数秒もしないうちに灰となって消え去ってしまったのだ。


「なっ!」


 しかし、動揺している暇などない。

 そうしているうちにデルフに十本もの短刀が襲いかかる。


 身を防ぐのが遅れ三本が身体に突き刺さった。

 その箇所は右肩と脇腹と左足だ。


「……どういうことだ?」


 デルフは身体に短刀が突き刺さったことよりも先程の不可解な現象の方で頭がいっぱいだった。


『恐らく、“くろいざない”の力が強まってきているのじゃろう』

(思ったより早いな。力を多用しすぎたか)


 デルフは試しに再び短剣を作りだしてすぐに手放してみると先程と同様に黒く染まり灰と消えてしまった。


(なるほど、俺から離れたら灰になってしまうようだな。このコートのように触れていれば灰になることはないか)

『少し使いどころが難しくなってしまったのう』

(これも代償だ。仕方がない。むしろ、この場で気が付いて良かった)


 そして、デルフは意識を戻してフレッドに振り向く。


 一歩進もうとすると足に刺さった短剣による違和感が煩わしく刺さっている三本の短剣に魔力を纏わせる。


 すると、それらの短剣は瞬く間に黒く染まり灰となって消え去ってしまった。

 さらに残った傷口もみるみると塞がっていく。


 それを見てフレッドは目を見開いて驚いていた。


「恐ろしい力と回復力ですね。さすがです」

「本来であればこの大会でこの力は使わないつもりでいたが」

「それは光栄ですね」


 そう言った後、フレッドはウラノのとの試合のときに見せた戦槌を右手に作り出した。

 そして地面を蹴った。


 横に振り抜かれた戦槌がデルフの横腹に向かってくる。


 デルフはそれをすんなりと躱し体勢が崩れているフレッドの顔に蹴りを入れる。

 だが、その瞬間にデルフの頭に衝撃が走った。


 舞台を転がっていき何が起きたか分からないまま起き上がる。


 しかし、フレッドもデルフの蹴りを躱したわけではなく首が限界まで曲がっていた。

 もう少し曲がれば骨が折れていてもおかしくないほどだ。


「いったい何が起きた。……確実に躱したはずだ」


 全く見当がつかなかったがデルフには優秀な同居人がいる。


『お前の初歩的なミスじゃ。あれは作り出された物じゃ。躱されたならもう一度作り直せばいい』


 その言葉でデルフは全て理解した。


 つまり、フレッドは戦槌を躱された瞬間にそれを手放した。

 そして、再び戦槌を作りだしてデルフに目掛けて振り抜いたということだろう。


「それは盲点だった。しかし、咄嗟にその判断をするとは。俺の蹴りも効いた様子はないと……」


 平然と視線を戻すフレッドを見て溜め息がでそうになる。

 しかし、それはフレッドも同様で苦笑いをしていた。


「まさか、頭に直撃して倒れないとは……。まだあなたを侮っていたようです。ですが、これはどうでしょう」


 フレッドは持っていた戦槌を大きく振りかぶった。

 そして、横に大きく振り抜く。


 先程と全く同じの動作だが戦槌の長さからしてデルフまで確実に届かない。


「なにを……!!」


 デルフは咄嗟に身をかがめる。

 それと同時にデルフの真上に戦槌が通り過ぎた。


「伸びた?」


 しかし、それだけではなかった。


 戦槌は急にぐにゃっと金属では考えられない方向に曲がり出し速度を絶やさずにデルフの方向に向かってきた。


 その動きに虚を突かれたがなんとか両手を交差させて寸前で防ぐ。


 だが、戦槌に隠されていた力はそれだけではなかった。


 戦槌を防いでいる腕から熱せられるような音が広がってきたのだ。

 そして、それが比喩ではないとすぐに悟る。


 吹っ飛ばされたデルフはすぐに立ち上がり腕を見てみると黒コートが溶けて穴が空き皮膚も爛れていた。


「武器を作るだけが力ではないのか」

「効果を付加しただけですよ」

(効果を付加? ……どうやらリラの魔法とは似ているようでかなり違うようだ)


 しかし、デルフの驚きとは逆にフレッドは芳しくない表情をしていた。


「やはりこれでも対処しますか。仕方がありません。とっておきを使います」


 フレッドは用済みというように戦槌を手放した。


 地面に落ちる前にその戦槌は粒子となって消え去り代わりにデルフが見たこともない武器を右手に持っていた。


 何やら筒状の細くて小さな金属の物体だ。


(なんだ?)


 その用途が全く分からないデルフは警戒こそするが動けないでいた。

 分かることはフレッドがその先端を向けて狙いを定めていることだ。


「あなたなら大丈夫でしょうが、どうか死なないでください」


 そして、フレッドは引き金を引いた。


「!?」


 デルフはそれと同時に途轍もない悪寒が襲い地面を蹴って後ろに下がる。

 すると、その筒状の物体から豪速に光の球が飛んできた。


 後ろに飛んでしまったデルフは躱す手立てはなく直撃し弾き飛ばされてしまう。


「がはっ……」


 弾き飛ばされるデルフ。

 すぐさま立ち上がろうとするが身体が動かなかった。


「ッ……あ、ぐあ……」


 言葉を出そうとするが口も上手く動かない。


 そして、気が付いた。

 自分の身体が小刻みに震えていることに。


(痺れている!?)

「これは魔道銃まどうじゅうと言って魔力を弾として効率よく打ち出す小道具です。そしてその魔力に麻痺を付加した“麻痺弾パラライズブレット”。これを少しでも触れればその者の自由を完全に奪います。……勝負ありです」


 わざわざ答え合わせをしてくれたがデルフはこのまま終わるつもりなど毛頭ない。


 先程も言ったがデルフが動けないとしてもその身体の中にはまだ優秀な同居人がいるのだ。


(……身体が動かない。リラ頼む)

『任せるのじゃ』


 リラルスの魔力操作によりデルフの身体から黒の瘴気が滲み出てきた。


 その魔力の危険性を察知したのかフレッドは警戒して後ろに下がってくれた。


 それはデルフにとって好都合だ。

 何も魔力で攻撃しようとはしていない。


(間違って触れようものならいくらあいつでも無事では済まないからな)


 そして、出現した瘴気はデルフの全身を包み込んだ。


 すると何もなかったかのように突然身体が軽くなりデルフは立ち上がる。


 それを見てフレッドは苦笑いをしていた。


「まさか、これも対処されるとは……」

「行くぞ」


 デルフは決着を付けるべく走り出す。


「いざ!」


 フレッドは持っている銃を構えデルフを迎え撃つ。

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