第163話 形だけの勝利

 

 舞台にてロールドと向かい合うデルフ。


「ふぉっふぉっふぉ。滾るのう」


 既に開始のゴングは鳴り終わっており試合が始まっている。

 だが、お互いに動けないでいた。


 さしものこの国において武術の祖と呼ばれるロールドとはいえデルフを警戒しているようだ。


 デルフももちろんロールドの攻撃を危険視している。

 しかし、一向に進まない戦況にデルフが痺れを切らす。


(埒があかないな……)


 試合開始から数分が経過しようとしたときついにデルフが動いた。


 デルフは小手調べとして裏が何一つない真っ直ぐの拳を振りかぶって放つ。

 しかし、デルフが気が付いた時には既に宙を浮いていた。


「なっ」


 そして、地面に叩きつけられる。


「ぐっ……」


 一体全体、拳を振ってから何が起きたか頭が定まらない。


 その答えをリラルスがすぐにくれた。


『拳を受け流された後、その勢いを利用され投げ飛ばされたのじゃ』

「……まさか俺の目でも見えないとはな」


 自分の目に自信があったデルフは驚きを隠せずに苦笑いをする。

 これが魔法によるものであればまだすんなりと納得ができたのだが。


 だが、一瞬にして顔を引き締めた。


 なぜなら、目を向けた先にロールドの姿がなかったからだ。


「ここじゃ」


 その声がした方向はデルフの懐からだった。


 デルフが下を向くと同時にロールドは技を放つ。


「“七対しっついくさび”」


 両手から高速に放たれる計十四発もの拳による打撃が反応の遅れたデルフに襲いかかる。


 緩やかに流れる手の動きだがその一発一発は途轍もなく重い。


 その衝撃を受け流すことができずデルフは後ろに引きずっていく。


 受けた箇所にまるで何かを打ち込まれたように芯が残っているように感じる。


「ふむ、これを直撃して立ったままか」


 ロールドの初めて驚いた顔を見せる。


「さらには楔も大して効いているようには見えぬな」


 その言葉から先程の技には途轍もない威力の打撃の猛攻だけではなくまだ力を隠して持っていたらしい。


 しかし、デルフが何かしたわけではない。


 だとすれば考えられるのは一つしかない。


『ぎくっ……。じゃ、じゃがのうデルフよ! 攻撃には使っておらぬのじゃ! なら問題あるまい』


 どうやらロールドの技の本領が発揮する前に“くろいざない”で消してしまったらしい。


 しかし、デルフのことを思ってなので怒りづらいのも確かだ。

 そもそも、この大会では魔法の使用はありで相手にも危険がないよう配慮している。


 デルフに怒る理由はなかった。


 むしろ逆だ。


(助かる)

『な、なんじゃ怒らぬのか。一周回って拍子抜けじゃの』

(そんな甘いこと言って勝てる相手ではないからな)


 そう会話している間にもロールドの更なる猛攻が続いていた。


 一つ一つが軽く見える攻撃だが実際に受けてみてその威力がまさに身に染みて分かる。

 その技術からロールドに備わる武術の祖という二つ名が伊達ではないと思い知らされた。


 反撃しようにもデルフの先手を取って防がれてしまい、それならば防ごうともするがそれも掻い潜って的確に当ててくる。


 はっきり言ってデルフは武術に翻弄され、たこ殴り状態にあった。


 観客たちには顔や身体に永遠と見紛うほどの拳と蹴りの雨が降り注がれていくデルフの姿が映っているだろう。


 しかし、威力は凄まじいと言ったがデルフにとって耐えられないほどではなかった。


 ダメージ自体は蓄積されていくが考える余裕はある。


(今だ!)


 デルフは攻撃を受けながら拳を繰り出す。


 さすがのロールドでも攻撃の最中に、それも当てている最中には油断の一つもしているだろうと考えた。


 しかし、ロールドは抜け目がなかった。


「“開花かいか”」


 ロールドは大きく目を見開くとまるでそこだけが時間の流れが遅くなったようにロールドの動きが加速した。


 そして、デルフの攻撃を受け止め反撃を繰り出してくる。


「“百軌無双ひゃっきむそう”」


 ロールドの手の動きが残像を残しながら次々とデルフの身体に衝撃を加えていく。

 その数は名前の通り百。


 攻撃の後半になると腕の残像でロールドの身体を埋め尽くしていた。


「ぐっ……」


 デルフはまたもその衝撃によって距離を離されてしまう。


 思い通りに戦況を運ぶことができなく苛つきが募る。


(一発でも当たりさえすれば調子を崩せるが、近づけない!)

『これは経験の差が出ておるのう』


 まだデルフはロールドに対して一発も攻撃を与えることができていない。

 デルフの殆どの攻撃を先読みされている。


 リラルスの言う通り経験の差だろう。

 デルフもそれなりの場数を踏んできたがロールドはそれを越えていたというだけだ。


 それだけ聞けばデルフが追い詰められていると考えてしまうだろう。


 しかし、実際に見ている観客たちにはそうは見えていなかった。




 ロールドは息を整える。


 全力の攻撃をどれくらい続けたかどうかもう分からない。


 だが、その必死の攻撃も空しく攻撃を受け続けているデルフは平然としておりロールドの方が疲労困憊になっていた。


 やはり、効いている様子は全くなく普通に睨み付けてくるデルフに空笑いをするしかない。


「まさか、“百軌無双”までも効かぬとは……」


 ロールドは頭が痛くなる。


 今まで自分が築き上げてきた洗練された技が何一つ通用していなかったから無理もない。


(ふぉっふぉっふぉ。蓋を開けてみれば武術の心得を何一つ持たぬ素人じゃった。がタフさはピカイチじゃの……)


 既に何千発もその身に直撃しているはずなのだが全く怯んでいる様子のないデルフにロールドは溜め息がでそうになる。


 デルフの方もロールドの攻撃は大して効かないと理解し捨て身の攻撃を何度も続けていた。


 それがロールドにとっては厄介極まりなかった。


 今まで捨て身の攻撃をしてくるものなど皆無で、してきたとしても真っ直ぐで単純な攻撃ばかりだったから防ぐのは造作もない。


 しかし、デルフは捨て身の攻撃とはいえ確実に与えようと防ぐのが難しいところを狙ってきている。


 そう考えている内にデルフが再び動いた。


「む!」


 一目見ただけで先程と動きが明らかに違うことが分かった。


 先程までは勢いに任せて距離を詰めていたが今は僅かな力で地面を蹴り緩やかな水流のようにふんわりと詰めてきたのだ。


 しかし、ロールドはそれに惑わされることなく今まで通り迎え撃つ構えを作る。


 デルフが拳を放つ前にその動きを阻み代わりに自分の拳をデルフに放つ。


(なんじゃと……)


 ロールドの驚きも無理はなかった。


 なぜなら今まで防ぐことができていなかったロールドの反撃をデルフはいなして見せたからだ。


 しかし、驚いている暇はない。


 そんな暇をデルフが許すはずがない。


 気付くと拳が飛んできていた。


(まさか、こやつ……)


 ロールドは力を絞り出して拳が直撃する前にデルフを吹っ飛ばす。


 全力を越えた攻撃でさらに息を切らすロールド。


(この戦いにおいても成長、儂の動きを取り入れておるのか……)


 だが、そう簡単に負けるわけにはいかないとロールドは己が誇る最大の技を繰り出すことを決める。


「“天地てんち”」


 デルフの身体に掌を押し当て衝撃波を放つ。


「がっ……」


 この技は待機場にてデルフに実演して見せたものだ。


 空打ちでさえ相当な風圧と轟音を発生させる強力な技でそれをゼロ距離で放つとどうなるか。


 デルフの身体に備わる水分が振動し内側から破壊を招く。


 ロールドとしてもこの技をこの大会において全力で放つつもりなどなかった。

 常人ならば耐えきれずに死んでしまう。


 一回戦において若者の兵士に対しては半分の力も出していない。


 だが、ロールドは確信していた。


「中々効いたぞ」

「……やはり倒れぬか」


 デルフは口元から禍々しい黒みが強い血が垂れている。


 だが、逆にロールドの自慢の大技がたったそれだけのダメージにしかなっていない。


 殺す気で掛かって初めてデルフにダメージを与えられるのだ。


(ジャンハイブより固くはないが……生身でこれほどとはのう。本当に人間か?)


 ロールドももはや体力の限界が近かった。


(この程度で根を上げるとは歳じゃのう)


 手が震え足も震えている。


 次の技が最後だと直感した。




 デルフはロールドの気配が鋭くなったことを感じ取った。


(来る!)


 そして、ロールドが動いた。


 デルフとしてもただで攻撃を受けるつもりはない。


 即座に拳を迫ってくるロールドに振り抜く。

 と見せかけて本命は右足による蹴りだ。


 だが、それも見抜かれ右足に掌をぶつけられた。

 その動作には見覚えがある。


(これはさっきと同じ……)


 衝突してすぐに足がはち切れるかと錯覚するほどの衝撃が襲いかかる。


 それによりデルフは体勢を崩され宙を舞う。


 宙に漂いながらロールドと目が合い悪戯な笑みを浮かべてきた。


(まずっ!)

「“天地九蓮てんちきゅうれん”」


 デルフに凄まじい衝撃が次々と合計九カ所に襲いかかってきた。


 衝撃を逃がす場を失ったデルフにそれをいなす術はなく全てを身体に受け止めるしかない。

 宙に浮いているため尚更だ。


 デルフは空中で豪速に何回転もしてその度に舞台に黒の液体を撒き散らす。


 やがて、舞台に衝突するがまだその回転力は収まらず地面を抉っていく。


 深く大きな穴を作りようやく回転が収まった。


 しばらく沈黙が続いておりロールドも息を整えていたがついに限界が訪れたのか腰を地面に落とした。


 ただ、その間もデルフが埋まっているであろう穴から目が離せずにいる。


 そして、穴から黒い人影が飛び出した。


 デルフは着地するが足に思うように力が入らなく思わず片膝を突く。

 だが、それも一瞬ですぐに立ち上がった。


 着ている黒スーツなどの衣服は所々破け去っていたが徐々に塞がっていく。


 左手で口元に垂れた血を拭い座っているロールドに目を向ける。


「ご老人、いやロールド殿。今のは随分と効いたぞ」

「ふぉっふぉっふぉ。ピンピンしたまま言われても傷付くだけじゃ」

「……では、次は俺から行かしてもらう」


 デルフは至って大真面目にまだ戦うつもりでいたがそれをロールドは一笑に付す。


「まだ老人に動けと言うのか。儂の技が何一つ通用しない以上、もはや儂に勝ちはない。それに身体がもう思うように動かないしのう。……負けじゃ負けじゃ」

「え?」


 デルフがその言葉に戸惑っているうちに試合終了のゴングが鳴り響く。


 観客席からは歓声が轟かず森閑としていた。


 それもそのはずある事実がありえないという一言で埋め尽くしていたからだ。


「まさか、攻撃を一つも貰わず負けを認めることになるとはのう……」


 そして、ロールドは大笑いする。


「手も足もでないと同じじゃ」


 そして、ロールドは弟子と思われる兵士に肩を預けて去って行った。


(……勝利を得た気になれないな。むしろ勝ち逃げされた気分だ。技量では完全に俺が負けていた)

『そうじゃの。じゃが、勝ちは勝ちじゃぞ』


 リラルスはそう言ってくれるがデルフは複雑な気分になりながら戻っていく。


 やるだけやって帰って行ったロールドと勝利に素直に喜べないデルフ。


 形だけの勝利を得ただけである意味、勝負には負けていたとしか考えられなかった。

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