第162話 ウラノの根気

 

「殿、お疲れ様です」


 デルフは軽く頷くが自分の手を見て何処か上の空だった。


「どうかしましたか?」

「どうすればあの技を再現できるか……をな」

「ふぉっふぉっふぉ」


 突如、すぐ隣から掠れた笑い声が聞こえてきてウラノは咄嗟に身構える。


 すると、そこには三回戦において年老いていながら巧みな武術を披露して見せたロールドと呼ばれる老人がいた。


 デルフは気が付いていたのかさほど驚いた様子もなく横目でロールドを睨み付けている。


「ご老人、何か用か?」


 デルフが警戒を込めた細く重い声で殺気を飛ばすがロールドは怯むどころか微笑み続けている。


「なに、次の相手となる人物を知ろうと思っただけじゃ。それを怠るほど老いてはないぞ」


 そう言ってロールドはデルフを舐め回すように視線を移動させていく。

 ウラノはその対象になっていないので分からないがされている本人は愉快ではないだろう。


 現にデルフは顔をしかめている。


「ふむ。なかなか……。まさか先が短い儂にこのような強敵が現われるとはのう。長生きはしてみるものじゃ」


 そう言い残してロールドはゆっくりと歩いて去って行く。

 と思ったらすぐに振り向きデルフに掌を豪速で突き出した。


 すると、ある程度離れているのにもかかわらずデルフとウラノに途轍もない風圧が襲いかかってきた。


 ウラノとデルフの髪は靡きウラノは目を開けるのが困難になり思わず両手で飛ばされないように堪える。


「ふぉっふぉっふぉ。こうじゃ」


 朗らかに笑うロールド。

 どうやら、先程舞台で見せた技を披露してくれたようだ。


「いいのか? 敵にヒントなんて与えて」

「……そうじゃった。ついつい若者を見ると癖でのう」


 すっとぼけたようにロールドは目を上に向ける。


 そして、今度こそ本当に老人は頭を掻きながら去って行った。


「凄いな……」


 デルフは老人の姿が見えなくなると同時にポツリと呟く。


「はい。それほど力を入れたように感じませんでしたが、かなりの衝撃波です。どこからあのような力が出ているのか……」

「だが、あの老人が行ったのは手に僅かな魔力を纏わせただけだ」


 それを聞いてウラノは耳を疑う。


「それであの威力ですか……」

「魔力量だけが全てではないということだな。……俺も色々と苦戦しそうだ」


 勝てないと言わないあたりデルフもまだ余裕があるのだろう。


「それでウラノ、身体は大丈夫か? あの技、相当な負担がかかるだろう?」

「やはりお気づきでしたか」


 先の試合でウラノが使った“感覚加速センスアクセラレート”は強力な魔法だけあって自分に返ってくる反動が大きい。


 自分の攻撃の反動ですら激痛となって返ってくるのもあるが魔法を切ったからと言ってそれがすぐなくなるわけではない。


 感じていた激痛はマシになるがそもそも感覚を無理やり研ぎ澄ませているのだ。

 魔法の発動自体でも身体に負担がかかってしまう。


 現に今もそれらの蓄積により身体に違和感を覚えていた。


「ですが、戦えないほどではありません」

「くれぐれも無理はするな。こんな余興でお前に倒れられては困るからな」


 デルフがそう懸念するのも次のウラノの相手はずっと目を付けていたフレッドだからだ。


 その試合ももうすぐ始まる。


「はい。ですがせっかくなのでやれるだけやってみます」


 そして、ウラノは舞台に上がる。




 ウラノが舞台に上がると既にフレッドが待っていた。


「申し訳ありません。遅くなりました」


 ウラノは軽く会釈する。


「いえ、時間通りなので気になさらなくても結構ですよ」


 フレッドは親しみやすい笑顔を向けてくる。


「……一つ申しておきます」

「何か?」

「初戦のときのような手加減は小生に無用ですので全力で戦って頂きたい」


 その真剣な表情にフレッドは少し渋っていたがウラノの秘めている力を見抜いたのか重々しく頷いた。


「……分かりました」


 そして、二人は戦闘態勢に入る。


 ウラノはそんなことを言ったが実際にフレッドが本気で来られたら負ける未来しか見えてこなかった。

 だが、手加減されたままでも結果は同じであるとも考えた。


 ウラノが戦った兵士とフレッドが戦った兵士は技の種類が違えど実力に差はないようにみえた。


 兵士を一瞬で伸してしまったフレッドと苦戦を強いられ奥の手を出すことでようやく勝利を得たウラノ。


 それを考えるとウラノとフレッドの実力の差が如実に浮き上がってくる。


 正直、戦う前から決着は付いている。


(小生が武器を持ったとしても勝てるかどうか怪しいところ)


 いや、勝てるかどうかではなく武器を持ってようやくウラノはフレッドと同じ土台に上がることができるのだ。


 それでもウラノは戦いもせずに諦めたりはしない。


 たとえ、負けが分かっていたとしても。


(戦いもせず負けを認めるのは武士の名折れです。それにこの負けは次に繋がる。できる限り手の内を明かして貰います!)


 そして、開始のゴングが鳴った。


 それと同時にウラノが飛び出す。


 高速に迫ってくるウラノにフレッドは驚きもせず迎え撃つ構えを見せる。


 ウラノが拳を放とうとしたとき、逆にフレッドがカウンターで拳を放ってきた。


 しかし、ウラノはその拳をまるで初めから来ると分かっていたようにするりと自然に躱しフレッドの首元に蹴りを放つ。


 突然の攻撃にフレッドは反応できなくその攻撃が直撃する。


(!?)


 しかし、ウラノの思うような結果にはならなかった。


 ウラノは彼方まで吹っ飛ばす勢いで蹴ったが転がりもせずそのまま踏ん張り僅かに元いた場所から後ろに下がらせただけだった。


 そして、全く効いた様子のない真顔のフレッドの顔が目に入り苦笑してしまう。


(予想はしていましたが……まともに受けてそう平然とされるのは自信をなくしますね)


 すると次はお返しだと言わんばかりにフレッドから動いた。


 瞬く間にウラノとの距離を詰め流れるような体術を次々と繰り出してくる。


 拳を放ってきたと思ったらすぐに蹴りが飛んできてそれに意識を向けていると更に迫ってきている拳に対処が難しい。


 それもその拳や足に魔力を纏わせて強化を行っているためまともに受ければ骨の一本や二本折れてもおかしくない。


 だが、ウラノはその攻撃を的確にしのいでいた。


 躱せるところは躱し無理なところはいなして受け流す。

 しかし、躱すはまだしも受け流すとき僅かに歯を食いしばっている。


 ウラノは初めから全開で勝負に挑んでいた。


 その意味は無理して“感覚加速”を使い続けているということだ。

 だからずっとフレッドの虚を突くことを可能にしていた。


 しかし、自分の攻撃でも激痛なのにもかかわらずフレッドの強烈な攻撃も防いでいる。


 骨が砕けるに等しいほどの痛みが襲いかかってくる。

 感覚を鋭敏にする魔法のはずが徐々に痛みの感覚が分からなくなってきたほどだ。


 だが、ウラノもただ防いでいるだけではない。


 所々に反撃を加えようと狙っている。


 ただ、驚くことにフレッドはウラノの反射速度と同等の速度で反応し全てを防いできたのだ。


(魔法を使っている様子はありません。ということはこの者の単なる身体能力?)


 ウラノは更に攻撃しようと拳を動かすがついにフレッドの反撃をもろに受けてしまった。


「がっ……」


 舞台を背中から跳ねて転がるウラノ。


 転がっている最中に我慢の限界を超え“感覚加速”が解除される。


 今まで耐えてきた痛みが突然に消えなんとか立ち上がることができたがその疲労感は絶大で足がふらついてしまう。


「ここまでです。降参してください」


 ウラノの前にフレッドは立つ。


「言ったはずです手加減は無用と」


 息を切らして視界も朧気になっているがウラノは決して諦めない。


「見たところあなたは本気を出せていない。それなのに私だけが……」

「戦いに同情など必要ありません!」


 その言葉と同時にウラノは飛び出した。


「分かりました」


 そのときウラノの目の前に短刀が何本も現われた。


 それは腕や足と致命傷にはならない場所を狙ってくる。


 普段のウラノなら簡単に避けられただろうが疲労困憊な状態ではそれも叶わない。

 その内の一本がウラノの右足に突き刺さった。


「ぐっ……」


 ウラノはフレッドの行動をよく見ていた。


(何もない空間から作りだした? リラ様と同様の魔法?)


 だが、フレッドの方が作り出すまでの時間が一段と速い。


「やはり、厄介な技を隠していましたね」


 フレッドは右手に細長い戦槌を持っていた。


「終わりです」


 そして、機動力の失ったウラノに対して戦槌を大きく振りかぶり横に振った。

 だが、ウラノはその一瞬の油断を待っていた。


「“感覚鈍化センススロー”!!」


 名前の通り僅かな間だけ感覚を鈍らせ自分を騙す魔法だ。


 加速が使えて鈍化が使えないはずがない。


「そして、“死角しかく”!」


 ウラノは負傷した右足で思い切り踏み込み即座にフレッドの背後に回った。


「!!」


 突如、ウラノの姿が消え去り空振ってしまったフレッドは大きく体勢を崩す。


 フレッドの背後の宙に浮いた状態で回ったウラノは大きく一回転する。

 そして、フレッドの脳天に最高に加速した踵を振り下ろした。


 そのウラノの最大のカウンターは見事に直撃しそのままフレッドを顔から地面に叩きつけた。


 今度こそ限界が訪れたウラノは尻餅を着く。


「はぁはぁはぁ……どうですか」


 しかし、ウラノの願いは空しく散りフレッドはむくっと何事もなかったかのように起き上がったのだ。


 目立つ外傷は何一つなく血の一滴すらも垂らしていなかった。


「無傷ですか。ふふ、複雑な気分です」

「いえ、中々効きましたよ。エネルギーの四分の一を持って行かれました」

「お世辞は結構ですよ」


 ウラノは苦笑いを返す。


「それで続けますか?」

「それを聞きますか。……もう小生の策は尽きました。降参です」


 それを聞いたフレッドはようやくほっと力を抜いた。


 そして、終了のゴングの音が鳴り響く。


 それにも負けない勢いで観客席から一際目立つ声が聞こえてきた。


「フレッド!! 良くやったわ!! その調子よ!!」

「お嬢様……」


 サフィーの笑顔を見てフレッドは思わず微笑んだ。




 ウラノがデルフの下に戻るとデルフは賞賛してくれた。


「ウラノ、良い戦いだったぞ」

「ありがとうございます。ですが負けてしまいました」

「なに、ここで負けても俺たちに何の損害もない。むしろお前の経験を考えると得だ」

「……勿体ないお言葉」


 ウラノは心から頭を下げる。

 主からの賞賛の言葉はウラノにとって最高の褒美に他ならない。


「さて、俺も行ってくるか。ひょろひょろしている爺さんだが、力は本物だ。何か掴めると良いが……。お前は少し身体を休めておけ」

「はい。お気を付けて」


 そして、デルフは舞台に上がっていった。

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