第152話 不意打ち

 

 アリルと探索を始めたデルフだが一つ問題があった。


(良く思えばアリルとあまり会話の類いをしてこなかったな)


 いや、実際はアリルと会話する努力をしていた。

 しかし、アリルはデルフの言葉に頷くことしかせず会話が弾むことがなかったのだ。


 フレイシアやウラノとは気軽に会話をしているのだがデルフだけが成り立つことがない。


 どう切り出そうか頭を悩ますデルフはちらりとアリルの顔を覗いてみるとなぜか今まで一番と言っても過言ではないほどの笑顔になっていた。


「デルフ様と二人きりで散歩なんて……。ここは天国ですか? ふふ、ふふふ」


 その瞳の色は慣れたと思っていたはずのデルフでも身をよじらせてしまうほどだ。


(……一応、情報収集なんだけどな)

『良いではないか。たまには休息も必要じゃぞ』


 そのとき勝手にデルフの魔力が収束しすぐ隣に飛び出てリラルスの姿が浮き出た。

 リラルスはふわふわと宙に漂いデルフに近づく。


「ここまで長旅だったのじゃ。ソフラノ以降、何事もなくここまで到着できたが野宿では疲れは少ししかとれんぞ」

(まぁ、そうか。そうだな。リーダーとしてそこも管理しないとな)

「そうじゃぞ。こやつがいくらお前を崇高しているとはいえ無理はさせてはならん」

(……隊長や副団長としての経験でそういうことに目が回っているつもりだったんだけどな)

「お前もずっと気を張り続けているのじゃ。余裕を少しは持った方が良い」


 デルフは殆どの時間をデストリーネのことしか考えていない。


 まだ大人しく見えるがそれは嵐の前の静けさみたいなものだ。

 いつ本格的に動き始めるかデルフも気が気でなかった。


 リラルスにはデルフが考えること全てが筒抜けなのだ。

 一心同体となったリラルスに嘘や誤魔化しは通じない。


(善処するよ。力が入りすぎて空回りするのも馬鹿馬鹿しいからな)


 デルフはリラルスの言葉を真摯に受け止め本音の言葉を出す。

 リラルスはふっと笑う。


「私よりもアリルに言葉をかけてやるのじゃ。アリルならお前の言葉はさぞ効果があるじゃろ。休息がいらなくなるぐらいにな」

(ぜ、善処するよ)


 リラルスは微笑んだ後、ふらっと宙を泳いで何処かに行ってしまった。

 それに続いてデルフの懐に隠れていたルーも地面を駆けて追いかけていく。


「デルフ様!」

「ど、どうした?」


 デルフがどう声を掛けようかと思案していたときアリルの方から声がかかったため驚いてしまう。


「あちらを」


 アリルが指さす方向をデルフは目を向けてみると人集りができていた。


 商売が繁盛しているのとは少し違うためデルフは少し気になった。


「騒がしいな。何かあるのか」


 近寄ってみるとそれは歓喜の声だと分かった。


 騒いでいる民たちの声を聞くとどうやら王であるジャンハイブが配下を引き連れて城下街を徘徊しているらしい。


「いずれジャンハイブと話したいと思っていたが……配下を引き連れているのか。ジャンハイブに護衛は必要ないと思うが。まぁ……王ならば仕方ないか」


 それよりもとデルフは再び民たちの顔に目を向ける。


「凄い人気だな。とても革命の首謀者だとは思えない」

「それだけ前の王政が酷かったのでしょう。民たちからは救世主、いえまさに英雄に見えたに違いありません」

「……詳しいな」

「同じような経験がありますから」


 妙に照れながら答えるアリルだがデルフはそれに気がつかない。


「そうだな。今のうちに一目だけでも顔を見ておくか」

「はい」


 デルフたちは裏道を通ることで人集りを避ける。


「あれは、ジャンハイブ!」


 裏道から出ようとしたデルフはすぐに顔を引っ込める。


 そして再び恐る恐る顔を覗かせて前を見るとそこに配下と話し合っているジャンハイブの姿があった。

 背中には英雄の象徴である聖剣ファフニールを携えている。


 先の戦いのときよりも髪を伸ばしており髭も生やしていて見違えたがデルフはすぐに気が付いた。


(王になったとはいえ剣を持ち歩くか。戦士として魂を捨てきれていないな。いや、捨てるつもりがないかもしれないか)


 気配を殺しながらデルフは少し諦めの溜め息を吐く。


「隙があれば話しかけようかと思っていたがあれでは不可能だな。一対一ならまだしもあれだけ人がいると俺の姿は悪目立ちしすぎてしまう」


 それにフテイルのときと違ってデルフとジャンハイブは敵同士だ。

 気軽に話すことができる仲ではない。


(ジャンハイブならば気にしないと思うが、周りの配下たちは問答無用で襲いかかってくるかもしれない)


 この場は無理としてどう接近するか思案しているとアリルがデルフの下から同様に顔を覗かせた。


「あれがジャンハイブですか」


 少し強張った声でアリルはジャンハイブを睨み付ける。


「ば、馬鹿!」


 デルフは急いでアリルの顔を掴み引き戻す。

 しかし、遅かった。


 隠す気が一切ないアリルの殺気に常人はいざ知らずジャンハイブが気付かないはずがない。


 デルフは慌てて気配を探ると豪速で迫ってくるジャンハイブを感じた。


(どうする!?)


 デルフは焦る。


 ジャンハイブはデルフの顔を知っている。

 同化により見た目が大分変わったとはいえジャンハイブはすぐに気が付くはずだ。


 ジャンハイブたちからすればまだデルフは敵だ。


 今ここで対面するわけにはいかない。


 そもそも表立って会談を行うのはフレイシアでなければならない。

 デルフが行いたいのは一対一での密談だ。


 そのためジャンハイブの配下の目には付きたくなかった。


 それにアリルが放ったのは殺気であることから警戒が大きくなっている。

 ジャンハイブには敵だと認識されているだろう。


 どうにかしてジャンハイブたちに視認させずにこの場を凌がなければならない。


 まず隠れるという選択肢はない。

 警戒されてから隠れるのは更なる警戒が生まれ探されでもすればすぐに見つかってしまう。


(この場を離れるしか……間に合わない!)


 既にジャンハイブはとんでもない速度ですぐ近くまで迫っておりもう数秒もしないうちにデルフたちの姿を発見するだろう。


 デルフは頭をフル回転させ考える。


(隠れるはなし。退くのは間に合わない。何か方法はないか!? この際、正体がばれなければ良い。……これしか!)


 デルフはアリルの肩を左手で押さえて顔を右手で支える。


「へっ?」


 素っ頓狂な声を出して戸惑うアリル。


「アリル。すまない」


 そして、デルフは自分の顔を近づけ唇を重ねた。


「ん〜〜!!」


 アリルは最初は何が何だか分からない様子だがすぐに気が付いたようで赤面し狼狽えている。


 デルフはそれを必死に押さえて身体を揺らさないようにする。

 さらに長い髪で自身の顔を隠す。


 そして、ついにジャンハイブがデルフの横に現われた。

 聖剣を既に抜刀しており臨戦態勢が完璧にできている。


 ジャンハイブはキョロキョロと周囲を伺っている。


「……あれ? おかしいな? 確かに凄い殺気が……ん?」


 ようやくデルフたちに気が付いたようでジャンハイブは少し間抜けな顔をする。


「真っ昼間からお暑いことで……」


 気不味い空気に耐えることができなくなったジャンハイブはようやくお邪魔しましたーと言ってそそくさと立ち去っていった。


「陛下! いきなりどうしたんですか!」

「ワッハッハ。すまんすまん。俺の勘違いだったようだ」

「全くまだ王であるという自覚がないようですね。勝手に動かないでください」

「そう言うな。ブエル。それよりも例の件はどうなっている?」

「順調ですよ。近日中には開催できる予定です。なにもこんな世界が荒れているときに開かなくても」

「何言ってんだ。今だからだろ。盛大にしよーぜ」


 そして、段々と声が遠くなっていき完全に声が聞こえなくなったところでデルフは顔をあげる。


「行ったか……。なんとかばれずに……」


 デルフはちらりとアリルを見ると完全に心ここにあらずといった感じで放心していた。

 そして、へたりとその場に座り込んでしまった。


「……すまないな。アリル。俺にはこれしか思いつかなかーー」

「そそそそそ、そんなことはありません!! 大丈夫です! いえ、むしろ嬉しいです! はい!!」

「お、落ち着け」


 赤面してもの凄く興奮しているアリルをデルフは宥める。

 アリルは乱れた呼吸を整えてようやく冷静になる。


「デルフ様が気を病む必要はございません。第一、僕の失態ですし」


 アリルはしょぼんと落ち込んでしまう。

 デルフはなんと声をかけていいか戸惑っているとアリルはさらにこう呟く。


「フレイシア様になんと言えば……」


 デルフはさらに戸惑ってしまう。


(なんで陛下が出てくるんだ?)


 気になったがそれよりもデルフは先程ジャンハイブがブエルと呼ぶ配下との話の内容が気になっていた。


「恐らく、グランのやつが言っていた祭りとやらか。まだ時間はあるな。もう少し調べてみるか」


 そして、デルフたちはその祭りの情報を得るために城下街の探索を再開する。

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