第12章 波乱の武闘大会

第151話 ボワール到着

 

 ボワール王国。


 デルフがまだ騎士団副団長の任に就いていたときはあまり良い噂を聞くことがなかった。


 国外からの商人や旅人を厳しく取り締まり少しでも怪しければ即座に捕らえられるため近寄る者は数少なかったほどだ。

 そう考えると冤罪で捕まった者もいたのかもしれない。


 そのため国外からの危険は完全に排除できていた。


 しかし、だからといって自国の民たちも快適な暮らしができたかと言えばできていない。

 ボワールはデストリーネへの挙兵前も各国で争っていた。

 その度重なる徴兵に加え税も重くなり民たちの負荷は増える一方で逆らえば反逆罪と見なされ弁解の余地も与えずに厳重に処される。


 それとは正反対に一部の貴族並びに王族は民から搾り取った税で贅沢の限りの生活を送っていた。


 しかし、それに待ったの声を掛けたのがボワールの英雄ジャンハイブだ。


 紋章の力を使いこなし英雄と呼ばれるまでのし上がったジャンハイブ。


 そんな人物が地位を全て捨て、それどころか反逆者としての汚名を被ってまで革命を起こした。


 王派閥の貴族は先のデストリーネとの戦いで壊滅しており王家を守ろうとする貴族は皆無だった。

 その結果、革命は容易に成功と終わった。


 そして、ジャンハイブはその王座に座り今に至る。


 ここまでが事前に調達した情報だ。


 この情報だけでもボワールという国がどんな国だったのか理解できる。


 ここまで徹底した悪政をしいた国なのだ。

 王が変わったとは言えまだ数年しか経過しておらずまだまだ改革の初期段階だろうとデルフは考え身構えていた。


 しかし、ボワールに到着したデルフは拍子抜けする。


 まず検問は少しだけ用を聞く程度で無いに等しかった。

 来る者は拒まずという姿勢が見て取れる。


 だが、それはまだ飲み込むことができた。


 一番の驚きは城下街の人の活気溢れる様を目にしたときだ。


「とても数年前に革命があったとは思えませんね……」


 ウラノがポツリと呟く。


 行き交う民たちの瞳にはこれからの希望や期待が目に見て分かるほど輝いている。


 それが普通に歩いているだけなのに見て取れた。


「それで、あれが闘技場か」


 大通りの奥には円形の大きな闘技場があった。


 革命直後にジャンハイブが建設を命じたとここまでの旅路で小耳に挟んだ


 恐らくジャンハイブの目的は血の気の多い者をそこで戦わせて発散させる狙いがあるのだろう。


 それに加え腕自慢の者たちもボワールに集まり比例して観客の数も増える。

 つまり、更なる発展が期待できる。


 この闘技場は最近に完成したらしくまだ一度も使用されたことはないらしい。


「確か、祭りがあるとか言っていたな。恐らく、いや間違いなくあれが関係するだろう」


 つまり完成祝いのお祭りと言ったところだろう。


 しかし、デルフたちはお祭りにうつつを抜かしている場合ではない。


 時間をかければかけるほど今のデストリーネを増長させることになる。


 この一瞬でも数ある小国を虱潰しに攻略している最中だろう。


 デルフ側も一刻も早く目的を達成しなければならない。


 このボワールに来た目的はもちろん同盟の申し入れもそうだがジャンハイブの紋章の力をデストリーネに奪われないようにするためでもあった。


(同盟関係を得ることができたならただでさえ力を持つ大国に加え紋章を持つジャンハイブもいる。相当な戦力になるだろう)

『……もし断られたらどうするつもりじゃ?』


 デルフとしては極力ジャンハイブとは敵対行動を取りたくないのが本音だ。

 しかし、断られて放置するつもりなど毛頭ない。


 並大抵の相手ではジャンハイブが遅れを取ることはないと思うがもし相手が天騎十聖の誰かであるならば話が別だ。

 一人ならまだ勝機はあるだろうが二人が相手ならばジャンハイブにまず勝ち目はないだろう。


 デルフが最も危惧しているのはその紋章がウェルムたちの手に渡ることだ。


 デルフの右手をウェルムは自身の右手と取り替えることで紋章術を自分の物としていた。


 それがウェルムだけの特権だとは到底思えない。


 そう考えると天騎十聖の一人が紋章持ちになる可能性が大いにある。


 今でも厄介な天騎十世に更に力を与えるわけにはいかない。


 断固としても放置という選択肢はない。


 いざとなればデルフはジャンハイブとの敵対を選び紋章を消滅させるつもりだ。


(……全ては同盟関係が成り立たなかったときの話だ。しかし、ジャンハイブが王になってくれていたのは僥倖だった)

『どうしてじゃ?』

(ボワール王のままだったら敵国の王女であるフレイシア様の話など突っぱねるだろう。先の戦いではボワールも相当に疲弊しただろうからな。もしかすれば問答無用で命を狙われた恐れもある。まぁ俺も前王のままであったならば同盟関係を結ぼうとは思わなかった。できることは精々敵はデストリーネだと誘導するぐらいか)

『なるほどのう。あやつならば話を聞かずに追い返されることはないじゃろ』

(ん? まるで会ったかのような口振りだな)

『お前は寝ておったからのう』

(……とにかくいつも通りまずは情報収拾からだな。そこからジャンハイブがどういう人物か割り出す。王になって性格が変わっているかも知れないからな)

『相変わらず慎重じゃのう』

(ここは陛下にとって今はまだ敵地。当然だ)


 そして、デルフはリラルスとの会話を終わらせウラノに目を向ける。


「ウラノ、いつも通り物資の調達を任せていいか?」

「ハッ。ボワールは小生たちが持っている通貨が使えないらしいのでまずは両替をしてから向かいます」

「頼む」


 次にフレイシアに近づき小声で話しかける。


「陛下。一先ず宿で休息を取っていてください」


 フレイシアが街を徘徊するのはデルフが安全と判断してからだ。

 過保護かもしれないがフレイシアは象徴であり決して死なせてはならない。


 ウェルムたちもいつフレイシアの持つ紋章を狙ってくるかわからないため油断はできないのだ。


 フレイシアはデストリーネの王都にいたときみたいに文句は言わずこくりと頷く。


「くれぐれも気をつけてください」


 デルフは視線で返答して隣にいるグランフォルに目を向ける。


「グラン。お前には陛下の護衛を任せる」


 それを聞いたフレイシアたちが驚くが当人はもっと驚いていた。


「えっ? 俺が?」


 まさか自分が任されるとは思っていなかったらしくかなり狼狽えている。


「宿を取ってお前の幻覚魔法で部屋を認識阻害でもすればそこより安全な場所なんてないだろ。お前が一番適任だ」

「ああー確かに」

「お前の力だろ……」


 そして、もう一つ理由がある。


 グランフォルは確かに魔道書を手に入れて強くなった。


 しかし、それは身体能力が跳ね上がったというわけではない。


 つまりデルフの速度に付いて来られるかと言えば絶対に無理だ。


 以上の点からグランフォルにはフレイシアの護衛が一番打って付けなのだ。


「それでアリルは……そうだな。俺に付いてきてくれ」


 アリルもフレイシアの護衛に残そうかと考えたがそのとき以前からウラノに一人で出歩くなと言われていたことを思い出した。


 いくらデルフが強いとはいえ主が無防備に出歩くのはウラノも快く思わないらしい。

 なので、デルフは気軽にそう口にする。


「良いのですか!?」


 思っていた返答と違い少し戸惑うがそれを顔に出すデルフではない。


「情報収集だからな。その場で誰かの意見も聞き考慮したい」

「分かりました!! 誠心誠意お供させて頂きます!!」


 アリルは嬉しそうに目を輝かせている。


「殿! 小生は反対です! 絶対に殿の邪魔になるに違いありません! それなら小生が……」

「黙ってなさいチビ! デルフ様が決めたことに異議を唱えるなんて思い上がるな!」


 今にも二人は喧嘩をし始めそうなはち切れそうな空気が充満する。


(なんでこうなるんだよ……)


 デルフは溜め息を交えつつ二人の間に割って入りウラノに耳打ちする。


「ウラノ、お前が俺に付いてきたとして誰がお前に任せたことをやらせるんだ?」

「そ、それはアリルに……」

「できると思うか?」

「……分かりました」


 ウラノが折れて一歩退く。


「アリル、決して殿の邪魔をしないように」

「そんなこと言われなくても分かっています」


 妙に自信満々のアリルを見て不安を隠せないウラノ。


「本当に、大丈夫ですか?」

「うるさいですよ。早く行きなさい!」


 ウラノがデルフに目を向けて来たのでこくりと頷くとそれでどうにか納得したらしく姿を消した。


「グラン。任せたぞ」

「ああ、任された。命に代えても守り抜くぜ」


 グランフォルは魔道書を握りしめてやる気を見せる。


「グラン、そんなに気を張らなくても良いのですよ。ただゆっくりと休むだけですから。あ、お茶でも入れて差し上げますよ」

「なんだって!? それは楽しみだ」


 デルフは二人の会話が終わるのを見計らって話かける。


「では、少々行って参ります。その間、旅の疲れでも癒やしてください」

「はい。では、お言葉に甘えそうさせて貰います。無理だけはしないように」


 デルフは微笑み踵を返す。


「アリル。行くぞ」


 そして、デルフとアリルも姿を消し情報収拾に向かった。

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