第153話 路上の喧嘩
裏道を歩いている最中、デルフは現状の雰囲気を気不味く感じていた。
(どうしたらいいんだ)
そう思う原因はすぐ横にある。
ちらりとばれないように目を動かすとアリルはまた放心していた。
『お前の軽率な行動のせいじゃ』
(あれしか思いつかなかったんだよ)
他人があの状況を目にすればすぐにあの場を立ち去ってくれる確信があった。
案の定、あのジャンハイブでさえすぐに立ち去ったほどだ。
その代償としてアリルに申し訳ないことをした気持ちが多く残った。
今のアリルの様子を見れば尚更だ。
深く考えればまだ手はあったかもしれないがデルフはこれしか思いつかなかった。
(……どこかに行っていたんじゃないのか?)
デルフは動揺を隠すために声色を低くして平然そうに尋ねる。
リラルスについて行っていたルーもいつの間にかデルフの懐に戻っていた。
『お前の所の方が面白そうじゃと思っての。そしたら思った通りなことが起きていたのう。……そんなことよりも』
すぐ隣で漂っているリラルスは横目で放心しているアリルを見る。
『どうするつもりじゃ?』
少し笑いを含んだ言い方でリラルスは尋ねてくる。
(どうするもなにも……)
デルフはあの場を凌ぐ方法しか考えていなかった。
アリルの安易な行動が発端とはいえもう少しマシな方法がなかったのかと自分に叱責する。
(……もう一度謝るしかないか)
デルフは今のままでは今後の行動に支障をきたすと考えすぐさま行動に移そうとする。
隣から呆れを含んだ溜め息が聞こえてきたがデルフは気付いていない。
「アリル。さっきはすまなかったな」
口下手なデルフはこの言葉しか思いつかなかった。
「い、いえ、僕が悪いんですから何も気にしていません!ましてデルフ様が悪いなどとは……」
この言葉を何度聞いただろうか。
そして、また沈黙が訪れる。
デルフの頭では何を言えば調子が戻るのか皆目見当がつかない。
言葉の材料が全く存在しないことをデルフは悔しく感じる。
アリルは片手で唇を撫でて嬉しそうに顔を赤らめているがデルフが気付くはずもない。
『ん? なんじゃ?』
最初に気が付いたのはリラルスだ。
その言葉と同時に進行方向の先から子どもの笑い声が複数聞こえてきた。
「なんでしょうか?」
「子どもが遊んでいるんだろう」
通り道であるためしばらくするとその様子が見えてきた。
一見すると大勢の子どもたちが遊んでいるように見える。
しかし、よくよく見てみると全然違った。
大勢の子どもたちの前には金の長髪の少女が一人で対立していたのだ。
他の子どもたちと違い鮮やかで高価に見えるドレスを身に纏っているがよく見ると所々が破けたり黒く汚れたりしている。
少女の瞳から怒気が含んでおり子どものグループと衝突していることが容易に理解できる。
少女の足下には買い物したであろう紙袋が中身を撒き散らして横たわっていることからも明らかだ。
「喧嘩か。少女一人に対して過剰戦力だな」
「全くですね」
アリルは呆れの籠もった溜め息を吐く。
「この没落貴族のクズのくせに俺に刃向かうなんてな。これに懲りたら大人しくしていることだな」
子どものグループのリーダー格であろう少年が侮蔑を含んだ目で少女を睨み付ける。
「あなたから仕掛けてきたじゃない! 撤回しなさい! 私のフレッドを馬鹿にしたこと!」
「はん! 本当の事だろ。そもそもあんなダメ執事の悪口なんか皆言っているぜ。なぁ?」
リーダーの少年が後ろにいる仲間に目配せするとクスクスと笑い声が聞こえてくる。
少女は狼狽えて怯えた顔で後退りする。
「お前の家が没落してもお前に仕え続けているなんて馬鹿だってな。どうせ、何か遺産でも残していてそれ目当てなんだろ」
「そんなわけないでしょ! フレッドは私のことを一番に考えてくれて守ってくれるの! そんなフレッドのことを悪く言うあなたこそ馬鹿よ!」
そう必死に少女が捲し立てるが返ってきたのは笑い声だった。
少女は顔を真っ赤にして怒りを耐えている。
「ふん。それじゃ他に行く当てもないからお前みたいな元お嬢様の面倒でも見ているんだろ」
「なっ……そんなことないわ! フレッドは私に勿体ないほどの執事よ!」
「嘘つけ! 有能でお前みたいなやつの世話をし続ける物好きなんていないだろ。他の家に仕えればもっと大事にされるに決まっている!」
今にも泣き出しそうだったが内側は怒りが頂点になったらしく少女は身体を震わしてついに口を開く。
「そこまで言うならやってやろうじゃないの! もうすぐ開催する武闘大会にフレッドを出場させるわ!」
涙目で言い放つ少女。
それを聞いた子どもたちに再度笑いの渦が生まれる。
「アハハハハハ!! 嘘だろ! あんなひょろひょろの執事が武闘大会に出るだって? やめとけやめとけ死んじまうぞ!」
「ふん。フレッドの強さをしらないからそんなこと言えるんだわ! フレッドにかかればあなたなんて数秒も持たないわよ!」
「あんな執事ごとき俺でも勝てるさ! だがな武闘大会にはな俺の兄貴が出るんだぜ」
その言葉で周りは静まり返る。
「おい、お前の兄貴って軍に所属しているんだろ?」
リーダー格の少年の後ろにいた子どもの一人が笑いを堪えてそう尋ねる。
「ふっふっふ、まぁな。それに俺の兄貴はあのジャンハイブ様から直接褒めて貰ったほど強いんだぜ。怪我をしたくなかったらお前の今の言葉こそ撤回すべきだな」
胸を高らかに上げて自慢げにいうリーダーの少年。
しかし、もはや少女が矛を収めることはない。
それどころかさらに言葉で攻め続ける。
「あなたのお兄様こそ今のうちに出場を止めた方が良いくらいだわ! 私のフレッドなら誰が相手でも簡単にけちょんけちょんにしてしまうわ。恥を掻きたくないなら家で寝ていたって言って逃げた方がマシなくらいよ! あなたのお兄様に言っておいたほうがいいんじゃないかしら?」
「なんだと!?」
さらに少女の煽りはハンッと笑いながら続く。
「フレッドに比べたらあなたのお兄様なんて子犬よ子犬。殴りかかってきてもじゃれているくらいにしかフレッドは感じないわ。つまるところ雑魚よね。むしろ子犬が可哀想なくらいだわ。子犬はまだ可愛いもの。可愛くなくてむさ苦しい男、さらにはあなたのお兄様だと考えただけでも身体が痒くなっちゃうわ! ダニよダニ!」
まだまだよく動こうとする少女の口だがついに少年は我慢の限界を超えた。
「言わせておけば!!」
少年は少女を突き飛ばす。
「きゃっ!!」
受け身も知らない少女は地面を何回も転がっていく。
しかし、それだけでは少年の怒りは収まらなかったらしく走って拳を振るおうとする。
(これは不味いな)
デルフとしては何の関わりもなく通り抜けたかったがこれは見過ごせなかった。
このままでは子どもの喧嘩として笑って澄ます事ができない。
デルフは通り過ぎようとしていた身体を翻して放たれた少年の拳を受け止めた。
「少年、それぐらいにしろ。これ以上はいけない」
デルフは優しく言ったつもりだったが少年がデルフと目を会った瞬間に顔が怯えに染まった。
「う、うわぁぁ!!」
そして、少年はデルフの腕を払って一目散に逃げていく。
「お、おい」
デルフはその少年を目で追うと後ろにいた仲間の子どもたちともデルフに目があった。
途端、その子どもたちも叫びながら蜘蛛の子を散らすように逃げて行ってしまった。
「何だったんだ……」
『お前の目が怖いからじゃろ』
確かにデルフの瞳は蛇のように鋭い。
(だからといってあんなふうに逃げ出さなくても……。それに言っておくがリラ。この目は元はお前のだ)
そして、完全にあれだけいた子どもたちの群れはいなくなってしまった。
子どもの喧嘩の仲裁にきたデルフとしては少し傷付いてしまう。
「全くデルフ様のご尊顔を拝して逃げ出すとは不敬極まりないですね」
いつの間にか調子が戻っているアリルが不機嫌そうにしている。
さらにアリルの言葉は続く。
「デルフ様のこの鋭い瞳に貫かれればドキドキ、ゾクゾクするでしょうに。それを逃げ出すとはまだまだ子どもですね」
「ああ、うん」
デルフはアリルの調子が戻って良かったのだろうかと複雑な気分になる。
そして、放っとくわけにもいかないので未だに倒れている少女に近寄って言葉をかける。
「おい、大丈夫か?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます